知り合いかも
【夏のホラー2015】参加作品です。
「知っているか? アイツ死んだんだって。
しかも普通じゃない死に方で」
久しぶりに高校時代の友人と集まった飲み会の時に、そんなとんでもない話題が不意にのぼってテーブルは静まり返った。
※ ※ ※
Facebookとか、LINE は現在社会において便利なツール。程よいと思う距離感で人とつきあっていくのにいいようだ。でも俺が一番面白いと思っている機能は 【知り合いかも】という項目。
そこに並んでいるのは様々な名前、懐かしい同級生から、元彼女のような名前を見ると微妙な気持ちにさせる人から、なんだかの繋がりはあるらしい「誰?」という見知らぬ人まで。その項目から思わぬやり取りが始まる事も多い。
この Facebookの書き込みに突然【いいね】のリアクションがやたらくるようになった。所謂【知り合いかも】にいた人達から。
【高校時代、君と色々話した事今でも良く覚えています。もうああやってお話できなくなってしまった事が寂しいです。
でも君と出会えた事は俺にとって素敵な思い出になっています。
佐藤宏くんありがとう!】
あげくにこんな書き込みまで。送ってきたのは高校時代のクラスメイトのようだ。
【鈴木、久しぶり! こちらこそ君と高校時代過ごせて楽しかったよ!】
そう無難な言葉を返しておく。
【え?! 佐藤!? お前生きてたの?】
そういう言葉が返ってきて俺は苦笑する。
【なんだよ、その言葉】
そこからは流石に鈴木は恥ずかしいのかメッセージでのやり取りになる。先日、高校時代の仲間と鈴木が飲んだ時、俺が死んだって話を聞いたようだ。旅行先の旅館で冷たくなっていて、しかも病死か自殺か他殺かも不明な不可解な死という話。
『ホントにゴメン! 恥ずかしいから。さっきのコメントのやり取り消していい? それにしても二ヶ月書き込みないから信じるよ』
そう謝ってくる鈴木の言葉が楽しすぎて笑ってしまう。しかしコイツも物好きである、そんな異様な死をした相手にコメントなんかを送るとは。面白すぎる。
『分かった、俺の返事も消しておくから。
まあ、俺もゴタゴタしていたから』
そう送ってからその間抜けなやり取りの俺の方の返信コメントも消しておく。
『よりにもよってあの書き込みが最後だからな』
鈴木の言葉にフフっと笑ってしまう。
その二ヶ月前の書き込みは、東北のとある場所を写真付きで紹介したもの。
【ただ苔むし単なる岩場とも思えるこの場は、昔この地に住む者たちによって敬らわれていた霊場であった。ダムで村が沈んだ事でこの霊場だけが今もここにあり続けている。
この「けあっちや」と呼ばれる此処が他の霊場と異なる所は、祈りの場ではなく、門であり境界線という認識で人から特別な場所とされたことである。
村人が不用意に連れていかれぬように、また向こうの世界から何かがやってこないように、昔は生贄を捧げるという行為も行われていたと伝承も残している。
葉佐馬村に住む人達はこの門の先にどんな世界を見て想いここを守り続けていたのだろうか?】
Vの字の形をした岩二つが楕円の石を挟んで上下に反転した形で積み上がっており、その絶妙なバランスは危ういようで、見た目とは異なり驚くほど安定している。自然のモノなのに何処か幾何学的で神秘的な美しさを持つ。そんな場所を映した写真だっただけに、俺が死んだという情報を得て来た人物にはかなりのインパクトがあったのだろう。
『ああ、あれは取材旅行の記録。でもあそこってなかなか面白い場所だろ?』
『怖いけど面白かったよ。怪しすぎるもの! 取材って? 何かオカルト研究とか?』
その言葉にヤレヤレと思う。
『確かに最近はああいった霊場を回っている事が多かったけど、オカルトな興味で回っていた訳ではないよ、民俗学的な見地で民間宗教との関わりについて調べていたんだ。まあオカルトな要素に接したときの人の心理とかには興味あるけどね。未知なるモノを前に人は何を感じどう行動するのか?』
『でも、ああいう場所って色々呼びやすいから危ないって!!
知っているか? 《けあっちゃ》って東北の方言で《裏返し》って意味なんだよ。お前も書いていたように神様がいる場所ではなく、異世界への入り口。そう考えると本当に面白いよな! あそこを境に裏返した世界が何なのか興味ないか? 俺は―― 』
なるほど、コイツが死んだとされる人間に連絡を取ってきた理由がなんか分かった気がした。熱く異世界とかの話を語り出す鈴木の言葉、普通のヤツなら気持ち悪がるだろうが俺は楽しく会話する。
『そんなに興味あるなら行ってみたら? 教えてあげるよ! あの場所への行き方!』
俺はそう声かけてみる。
『いいの? 是非!』
鈴木は本当に喰い付いてきた。隠す事もないので『けあっちゃ』への行き方を鈴木に教えてやりその会話は終えた。
するとまた、メッセージが来たというお知らせがくる。俺は首を傾げる。
それは鈴木ではなく、先程消したやり取りを見ていたヤツだったようで『俺が生きていて良かった』という内容の言葉をかけていた。
フフ
俺は笑いつつ、ソイツへも返事をする事にした。
※ ※ ※
「死んだ? 普通じゃない死に方って?」
まだまだ二十代の俺達にとって、同級生の死というのは衝撃的である。
「四か月程前の事になるんだけど。部屋に体中の血を撒き散らした状態で亡くなっていたらしい。変死であるものの病死か他殺か自殺かも警察は決めかねているとか」
どういう死に方なんだろうか? しかし病死や自殺でそんな状況がありえるのだろうか? 俺はゾクリとする。
「しかし、あの鈴木がなぁ」
友人の一人が呟きに俺はただ頷く。ふと隣をみると高橋が真っ青な顔をしており、大きく息を吐きビールを煽る
「大丈夫か高橋。飲みすぎたか?」
高橋は青い顔のまま、首を横にふる。
「実はさ、鈴木だけじゃないんだよ。佐藤も佐藤宏も似た感じで亡くなっているんだ。半年前、旅館で部屋中を血だらけにした状況で亡くなったらしい。佐藤の兄貴に偶然会ってそういう話を聞いたんだ」
「そう言えば最近二組の田中も死んだらしいって話を聞いたけど、いや詳しい状況しらないけど……」
楽しい筈の飲みの席が、お蔭でかなり微妙な空気となってしまう。
『ま、偶然だよ』『お互い健康には気を付けないとな』という言葉で場を濁し、強引に話題を変えて明るく振る舞う事にした。
そんな飲み会も終わってから、Facebook等を見ているとどうしても気になってしまうモノがある。【知り合いかも】の項目にある【佐藤宏】と【鈴木孝司】と死んだという噂の【田中裕二】の名前と写真。本人が亡くなっても、こういうSNSからは消えないものなようだ。
それにしても、今の俺のショックは何なのか? 三人とも顔は知ってるし、話したこともある。とは言え学校を離れてまで、付き合う程は仲良くない。同じ教室で同じ授業を受け同じ思い出を共有しているので赤の他人と言う程遠くはない。その死を悲しんでいるものの、涙を流す程でもない。むしろ変な好奇心もあり、その死がどうしようもなく気になるのだ。
同時に三人の死は噂だけで生きているかもしれないとも思う。
もし亡くなっているなら、何故死んだのか? 死の前にどういう生活をしていたのかが知りたい。俺はカーソルを動かしその一人の名前をクリックした……。
佐藤のマイページは別に変わったところはなく俺はホッとする。しかし最新の書き込みが十ヶ月前という事から彼の止まってしまった時間を、嫌をなしに感じさせる。その最後の書き込みが、別の世界を繋ぐ門という霊場の紹介である事に何とも言えない切なさを覚える。佐藤もこの後、死を経て天国へと旅経った。なんて皮肉な符号なのだろうか?
何かそこに書き込むほど感傷的でもない俺は、ただ【いいね】のボタンだけ押すことで哀悼の意を示し、他の二人にも同様の作業をして、俺の中でこの問題を終える事にした。死んだ相手に【いいね】を送るのは変な気もするけど、それが今の俺に出来る数少ない手向けの行動だったから。態々墓にいって線香あげるまではしたくない、家族に連絡をとって墓を探す手間も考えるだに面倒臭い。
そのままお風呂に入り寝て次の日を迎える。朝、通勤電車の中でスマフォを見て首を傾げる。俺の書き込みに異様な数の【いいね】がついている。その相手を見てゾッとする。佐藤と鈴木と田中が争うようにして俺の書き込みに最新から逆登って【いいね】をつけてきている。確認したわけではないが、俺の全ての書き込みに【いいね】をつけているくらいの勢いである。
ザワ
ザワザワ
ザワザワザワ
ザワザワザワザワザワザワ
ザワザワザワザワザワザワザワザワザワ
ザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワ……
なんか耳障りな音が聞こえてくる。電車内の雑踏が作りだしている音? いや通勤電車は人数の割に喋っている人は少ない。
コレは人の声ではない。俺の身体の中から聞こえてきている。俺の血管が、筋肉がジワジワと細胞レベルで動いているような限度を超えたムズ痒さと、妙に強く冴え渡る五感。いつもよりクリアーに見えて視界もクッキリしたままグニャリと歪みだして気持ち悪い。俺は次の駅でフラつきながら降りる。気分は悪いのに、心はどうしようもなく昂揚していく。そのまま歩き出しトイレの個室に入る。便器に座り蹲り、気分を落ち着かせようとするが、身体から聞こえてくる音はドンドン大きくなってく。それに伴いテンションを上がっていく。俺は声を上げて、腕を上げて周囲の壁を連打する。
ズシャァァァァア
何かが弾けるような音と共に、身体が腹から裂けて裏返り、俺から外れて崩れ落ちる。同時に周囲の空間は真っ赤に染まった。