表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/40

竜の一族。

 ニルダがメイゴ将軍に呼ばれて姿を現した。短く刈り上げた栗毛色の髪型のせいでとても若く見える。

「初めまして、ガーシニア将軍閣下。私はメイゴ将軍直付のニルダです」

 背がすらっと高い彼女は普通に挨拶をした。何の問題もなかった。

 帯剣をし、直付の正装で将校服を一部の隙も無く身に纏った姿はまるで将軍のようでもあった。

「こちらこそ、初めまして。ガーシニア将軍だ」

 ガーシニアもごく普通に挨拶をした。

「アデーラから伝令がありました」

 ニルダは同じ栗色の瞳でガーシニアを見た。

「ジルギス将軍との交渉は決裂したとのことでした」

 ウィルは顎鬚をごしごししごいてガーシニアを仰ぎ見た。

「そうですか。それは残念でした」

 ガーシニアは冷え切った薔薇茶を一息に飲み干した。ニルダとメイゴ将軍は微動だにせずそんなガーシニアの次の言葉を待った。

「メイゴ将軍。お茶が冷めてしまった。熱い茶を淹れて貰えませんか」

 メイゴ将軍は一瞬びっくりした顔をしたが、すぐに破顔した。

「ああ、これはこれは!気が付きませんで、申し訳なかった。すぐに熱い茶を淹れ直そう!」

 その場の空気が一瞬、柔らいだのは気のせいではない。ガーシニアには狙っているのかいないのか、いつもそんな雰囲気があった。

 熱いお茶を淹れ直して貰ってガーシニアは満足気だった。

 ウィルはそんな自分の上司を見てやきもきしていた。一体全体、こんな非常事態にお茶が温いとはどういうことなのか。お茶なんてどうでもいいではないか。そう言えばこの間の会議の時もそうだった。お茶が苦いとかなんとかごねだした。

 そんなウィルの焦りなどどこ吹く風でガーシニアはゆっくりとお茶を飲み干した。

「時に、メイゴ将軍。同じ将軍職として提案がありますが、聞いて頂けますか?」

 メイゴ将軍は柔和な笑みを讃え黙って頷いた。

「私は戦争が嫌いです」

 そういうとガーシニアは静かに空になったカップを押しやった。

「無血開城して下さいませんか?この城から下ったらすぐに海でしょう?その海域にはウチの海軍1万軍が待機しています。そしてこの城の周囲は5千騎に包囲されています。今、無血開城に私とあなたのサインがあれば、地方戦はしなくて済みます。誰も傷付かない。いかがですか?お茶のお礼に」

 メイゴ将軍はすぐに口を開かなかった。

 側で聞いていたニルダがつり目を更に吊り上げて怒鳴った。

「勝手なことを!そんなことは許されない!第一、メイゴ将軍にそんな権限などない!」

 ガーシニアは冷ややかな目でニルダを見もせずに言った。

「そこの直付。ちょっと黙っていてくれないか。私は将軍として、将軍殿に話をしているのだ。あなたに用は無い。サインは公式の証書に入れるのだ。だから将軍のサインでなければ意味は無い」

 ウィルはガーシニアの視線を受けてニルダに部屋を出るように促した。

「そこの直付。私がお相手しよう。私も直付だからな」

「待て、私はここで話を…」

 ニルダが部屋を出るのを拒否しかけたが、ウィルが有無を言わさず先に剣をその喉元に突き付け部屋から出した。

「さて、メイゴ将軍。私と2人になりましたな。どうしますか?」

 メイゴ将軍はひどく落ち着き払っていた。

「証書を見せて頂けますか?」

 ガーシニアは懐から2枚のなめした山羊皮をぺろんと出した。

「これだ」

 メイゴ将軍は前髪をさらっと掻き上げると、その山羊皮紙に書かれた文言を黙読し始めた。

 その背後にいつの間にかマリが控えていてメイゴ将軍にペンを用意した。

「ガーシニア将軍よ。領土の3分の2で良いのか?3分の1は取らずに残してくれるのか?」

「ああ。この城を起点として境界線を引こうと思う。そうすれば丁度3分の1くらいにはなるだろう?この城だって残るし」

 さっと片手を先に差し出したのはメイゴ将軍だった。気圧されたガーシニアも咄嗟に右手を差し出した。

 2人は固い握手を交わした。

「では、サインしよう」

「ありがとう!メイゴ将軍!」

 メイゴ将軍はマリの用意してくれたペンで”メイゴの統治者であり将軍”の欄にサインをした。その隣に”ガーシニアの統治者であり将軍”の欄にガーシニアも自分のペンでサインをした。

「ガーシニア将軍。私は今回の件の責任を取り辞任しようと思う。彼女と王城へ戻ろう」

 その言葉にガーシニアは真意を測りかねた。

(王城?なぜ王城に行くのだろうか?)

「ああ、言っていなかったと思うが、私の父は44234王国の国王なんだ。将校でも無い戦歴も無い私が将軍職でいられたのは父のお陰だ。しかし、その結果、アデーラに好き放題にされてしまった。政治能力も無い、軍事能力も無い、こんな将軍じゃ当然であろう。マリとは王城へ帰ったら結婚する約束をしている。政界からは足を洗う」

 サインした山羊皮紙の内、1枚をガーシニアはメイゴ将軍へ渡すと、メイゴ将軍は言った。

「直付達に伝令を飛ばす。ガーシニア将軍。今から占拠して下さい」

「分かった。メイゴ将軍、最後の仕事を頼む」


 かくして、隣国のメイゴ地方の3分の2は境界線が引かれ77119王国の新規領土に加えられることになったのである。

 事後処理はちょっとしたトラブルもあって大変だったものの、ガーシニア将軍もジルギス将軍も国王からは領土拡大についていたく感謝された。

 77119国王は44234国王へ新領土境界についてと不戦争公約書を渡し手続きは無事完了した。

 新しい領土内には竜の巣窟3もその近くの4も、そして神領地も、すべて新しい領土内に収まったのは言うまでも無い。

「よく、あのアデーラを抑え込めたな」

 ガーシニアが感心してジルギスに言うと、ジルギスは嬉しそうに笑った。

「ああ、彼女の企みに先に気付いたの。だから神領地の竜にちょっと手伝ってもらっちゃった」

「竜を呼び出したのかい?」

「ええ」

 屈託のない笑顔でジルギスは返事をした。

 なるほどな。

 更にガーシニアは感心した。いつ、神領地の竜を呼び出せるほど仲良くなったんだろう?

 竜の扱いはまったくのガーシニアからすれば、ジルギスがやることは魔法のように思えるのだった。

 ジルギスがどのように戦ったのかはまた別の機会に紹介するとして、ガーシニアはひとまずラピズとティスに1万の軍を引かせ自分も居城へ帰ることにした。後はジルギスの軍が何日か逗留してくれるし、すぐに国王直属の軍が到着することが決まったからだ。

「ねぇ、アル。今日、帰るの?」

 南の拠点城に着いてすぐに帰り支度を始めたガーシニアにジルギスが声を掛けた。

「ああ。世話になったね、ヴィース。里帰りはどうする?現地集合でいい?」

 厩で愛馬に付ける馬具のチェックをしながら、背中でガーシニアが答えた。

 その背中に重みを感じてガーシニアは振り向いた。

「ん?ヴィース?」

 金髪とふわっと香るジルギスの香り。柔らかい感触。そのすべてに安心する。

 ガーシニアの背中にジルギスが抱き付いていた。と思ったが何か固い感触があった。ガーシニアは唾を飲み込んだ。

「…まさか…」

 背中越しにジルギスが見せてくれたものは飾り柄の投げナイフだった。銀色の柄、金色の刃、流れる滝に2つの頭の鷲の文様はガーシニアの紋章である。

「ちゃんと聞いているの?」

「き、聞いているよ!」

 ジルギスは抱き付いて半分ふざけてナイフを突きつけていたが、それはガーシニア本人から貰った愛用の投げナイフだった。

「仕事が終わったらさっさと帰るのね」

 不満げなジルギスに気付いてはいたものの、そこまでヘソを曲げているとも思わずにいたガーシニアは内心焦った。

「いや、別にそういう訳じゃないけど、でも、軍は引き返さないとだめだろ?」

 ジルギスに向き直ったガーシニアは優しくナイフを取り上げて鞘に納めて返した。

「知っているわ」

 ジルギスは返して貰ったナイフを懐に仕舞ってやはり面白くないという顔をしていた。

 困ったなぁ。

 ガーシニアは何と返事したら良いか迷って、馬具どころではなくなってしまった。

「そうだな、あの…なんだ、ヴィース、すぐに会えるじゃないか。ね?そりゃ、一緒に暮らしてないけど、気持ちはいつも君にあるよ」

 暫く何も言わずに俯いていたジルギスだったが、ガーシニアをきっと見据えた。その瞬間、ガーシニアはちょっとぎくっとしてジルギスの碧眼を見つめ返した。

「里帰りは現地集合でいいわ。時間に遅れないでね、あなたいつも遅いから」

「分かったよ」

 馬のおとがいを撫でながらガーシニアはやっと返事をした。

 またヴィースを怒らせたのかと思ってドキドキしてしまったのである。

「お休みの朝、城を出る前に必ず伝令を飛ばして」

 愛馬の陰にジルギスをそっと引き寄せるとガーシニアは彼女の耳元で返事をした。

「分かってるって。もちろん、そうするよ」

 それから軽く口づけた。キスの感じでジルギスはそれほど怒っていないと分かる。

「覚えておいてね」

「はい、了解しました」

 ガーシニアは嬉しそうに笑って返事をした。


 さて、軍を率いて西の拠点城へ戻ったガーシニアは早々に自分の居城に帰った。

「自分の家はいいなぁ」

 一番いいのは、ここにヴィースがいることなんだけど。そんなちょっとした気持ちもあったが何せ今は一緒に住めない。

 湯を浴びて私室のソファでひっくり返りながらぼんやりとヴィースのことを考えてみる。

 初めて会った時は少々気の強い女だとしか思わなかったが、あまりにも可愛くて戦場だというのに彼女のことばかり考えてしまっていた。

 どこが気に入ったんだっけ。

 ガーシニアはひっくり返ったまま出会った当初の彼女の幻影をぼんやり形にしてみる。

 そうだ。将軍でも直付でもないのに、やたら軍を動かすのは早かったし、統率力も抜群で足元を掬われたところか。

 あんなにやり手だと思わなかったもんなぁ。一騎打ちした時にはもう、ヴィースにベタ惚れだったから、隙だらけであっと言う間に捕まってしまったし、自分が率いて来た傭兵達の内、生きていた者達は逃げ出してしまっていた。

 そんなガーシニアの感傷に浸る時間を割くかのようにコンコンというノックの音が響いた。

「はーい」

 ガーシニアがソファから起き上がり開けっ放しの扉を見ると直立不動のラピズが敬礼していた。

「閣下。本日の業務はすべて遂行済です」

「ありがとう、ラピズ。手間をかけたなぁ」

「いえ」

 ラピズが私室のテーブル脇に立ったので座る様に勧め、ガーシニアはこれまでの経過報告を聞いた。

「最初にラピズが来た時はどんなだったけ?」

 仕事の報告をしている最中なのに、何の質問をされたのか分からず呆気に取られたラピズであったが、すぐにピンときた。

「私が最初にここに来た時は前ガーシニア閣下の時です」

「そうらしいな」

「はい、でも長続きしませんでした」

 ラピズはあの思い出したくない出来事をちょっと思い出した。

「将軍がいきなり後宮を作りだしたので、さすがに付いて行けずに後宮が出来上がる頃には辞めました」

 ガーシニアはふーんと聞いていた。

「それから、また公募に来たんだね」

「そうです。直付は責任ある仕事で自分も好きでしたし。あんなことで辞めるなんて、もう二度と雇われないかもと思ったんですが、ダメ元で臨みました」

 “ダメ元”、その言葉に思わず2人共、爆笑してしまった。

「ラピズは応募者の中で一番成績が良かったし、何と言っても可愛かったからなぁ」

「え?閣下、今何て…」

 ガーシニアは余程機嫌が良かったようで、ちょっと待ってと言うと何か取りに行ってしまった。

 2つのグラスと七色ソーダ水だった。ガーシニアは普段から子供のような華やかで甘い飲み物が大好きだった。

「閣下、ジルギス閣下には随分お世話になったようですね。後で何か贈りましょうか?」

 例えばこれが北や東の将軍ならそんなことも頭に浮かぶガーシニアだが、何せヴィースは配偶者である。世話になったからと言って当たり前のような感覚があり、今一つ実感が無かったがラピズの言う事はもっともであった。

「あ、ああ、そうだな。今なら何がいいかな?」

「こちらで見繕って送っておきます、閣下」

 ガーシニアはラピズの言葉に少し考え、何かを思い付いたようであった。

「ありがとう、ラピズ。いい物を思い付いたから大丈夫だ。自分で送る」

「閣下、自らで、ですか?」

「うん。おかしい?そんなことないよね?」

 将軍自らがそのような細かい雑務をするなどと聞いたことは無かったが、本人の好き好きということもあるので敢えてラピズは反対しなかった。

「かしこまりました。何か御用時の時は言い付けて下さい」

 この時もラピズは思ったのだった。

 相手がジルギス閣下となると、閣下はどうも様子が違う。これはこの間ティスが言っていたように親友とかライバルとかそういう特別な関係だからなのだろうか。

 でももっと違う絆が2人の間にあるような気がしてならない。

 こんなことを考える自分はジルギス閣下に嫉妬しているのだろうか。それはもっと嫌な感情だと思った。

 ガーシニア閣下もジルギス閣下もとても尊敬している将軍達なのだ。今の自分があるのはこの2人のお陰だと言える。それなのに自分の勝手な片想いでその2人に嫉妬するなどどうかしている。

「ラピズ、何だか顔色が悪いな。今日は早く寝なさい。添い寝はいいから」

 将軍が気遣って肩に置く手もやけに温かく感じた。

「いえ、閣下の方が疲れて居る筈です。湯浴みを済ませましたら寝室にお伺いします」

 そう言うと一礼してラピズは去って行った。

 そんな彼女の後ろ姿を見送りながら、今回は大変だったと内心ラピズの体調を心配するガーシニアだった。

 ラピズの恋心など知る由も無かった。


 城へ帰ってから4回めの朝を迎え、ガーシニアに約束の休みが来た。

「閣下、本日はお休みなのに王城へ出立されるというのは本当ですか?」

 ラピズが不思議そうな顔で尋ねて来た。

「この間、報告に行かれたばかりではありませんか」

 ガーシニアは苦笑した。

「そう、そうなんだけどね。王城というか、王城の近くに用事があるんだ。今日の供はティスを頼む。ラピズはずっと休みが無かっただろう?」

 ブラウンのぱっちりした二重とガーシニアの濃い紫の瞳が合う。

「分かりました。手配します。いつお帰りですか?」

 将軍服以外の服を必死で探しながら、ガーシニアは考えた。

「なぁ、ラピズ。服が見つからん」

「…お手伝いしましょうか?」

 見かねたラピズがガーシニアの私服を出した。

「この色の気分じゃない」

「だったら、こちらで」

「うーん、もっとこう、襟がこういう具合の方がいいんだが」

 これにはさすがのラピズも少々手を焼いた。何だか今日は出掛けるからなのか、いつも適当な格好の癖に、やたら固い感じの服を着たがった。

 ようやく着替え終わり、髪を緩く纏めるとティスがお供の為にやって来た。

「いつ帰るかは実はまだ決めてない。帰る時に伝令を飛ばす。多分、そんなに遅くならないとは思うが」

 それはガーシニアにも分からなかった。

「御意。行ってらっしゃいませ」

 一度、拠点城に顔を出してウィルやエスにも指示を出すと、後をラピズに委ねてガーシニアは出立した。

 目的地は勿論、ジルギス将軍の生家である。


 ジルギス将軍であるヴィースの生家は王城からほど近い所、目立たないように森に囲まれた屋敷であった。

 馬で森を抜けると大きな門と門扉が聳え建っており、ガーシニアはいつもここで少し緊張した。

 門と門扉は黒い鋼岩でできていて、竜の紋章が付いていた。それこそが竜使いの証でもあった。

(ヴィースには伝令飛ばしたのになぁ)

 まだ肝心のヴィースが来ていなかった。

 門の前で待ち合わせだった筈なのに。おかしい。

「アル、元気にしていたの?本当に暫くぶりね」

 大きな真っ黒い岩の扉が音も無く開き、ヴィースによく似た女性がにこやかにそこに立っていた。

「こ、こんにちは!お母様。これは本当に!あの、お久しぶりです!」

 そう言ってガーシニアは片膝を着いて挨拶をした。

「ふふふ、いいじゃない。固い挨拶はよして。さあ、お入りなさい。ヴィースなら今、王城付属の竜を世話しに行ったわ。ブルーと一緒にね」

「あああ、そうだったんですね!!じゃあ、先に上がらせて頂きます!」

 ティスは事情を知っているとは言え、ガーシニアの後からドギマギして付いて来た。自分がどうすれば良いかわからなかった。

「閣下、あの、私はどうすれば…」

「え?一緒に来れば良いじゃないか。それがティスの仕事だろ?」

「それはそうなのですが。いいんですかね?」

「大丈夫だよ」

 ガーシニアは慣れたように義理の母の後を付いて行く。

 屋敷の中は城とは比べものにはならなかったが、こじんまりとしている割に手入れがよく行き届いていた。

 玄関に続くまでの庭園は見事に花が咲き乱れていたし、玄関の中の賓客用ホールも大きな花瓶に花が活けられていた。

「お母様、この花は綺麗に活けてありますね」

「そうでしょう?でも全部庭の花なのよ」

「お見事です」

 ガーシニアとヴィースの母は花の話で盛り上がっていた。

 ヴィースが帰ってくるまでリビングルームで待つことになり、ガーシニアとティスはソファに腰掛けて寛いだ。

「ヴィースのところはさ、ご両親が同性だからヴィースと一緒に出掛けているブルーもママなんだ」

 慣れない場所で今一つ寛げないティスにガーシニアは暇だったこともあり説明してやった。


「ヴィースを実際に産んだのは、今案内してくれたお母さん。産みの親の方をお母さんと言っているんだ。でも竜の血を引いているのはブルーの方なんだよ。私はママって呼んでいるけどね」

「ヴィースはブルーから竜に纏わるいろいろなことを教わっている。今も修行しているんだ。彼女は一人っ子だから後継ぎとして大変なんだよなぁ」

 そこへお母さんが飲み物を差し入れに来た。

「そちらは直付ね。同じ国で将軍職に就くのだけは気を付けなさいってあれほど注意したでしょう?アル」

 内容とは裏腹に怒っている様子など微塵も無く、にこにこと笑いながらどうぞと七色ソーダを冷えたグラスに入れてくれた。

「お母さん、すみません。そんなつもりじゃなかったんです」

「この直付さんは?」

 そこへ帰って来たヴィースが素早く答えた。

「彼女はティスよ。私達の事を唯一知っている直付なの」

 肩までの金髪を揺らしたか細い女性が後から入って来た。

「アル!久し振りね!」

「ママ、ご無沙汰です!」

 ガーシニアより一回り背の高い竜使いは、自分の娘の伴侶を思いっきり抱き締めた。

「ブルー、もういいでしょ」

 ソファに腰掛けながらジルギスは眉根をしかめた。

「あら?妬いているの?」

 ガーシニアを離しながらブルーは笑って言った。

「ママに妬くわけないじゃない!」

 いくら親でもと言う奴だろうか。

 まあまあとガーシニアが間に入って2人をなだめる始末に、ティスはただ見守るしかなかった。

 どうなっているの?これは?

 ティスにガーシニアはウィンクして合図を送った。何も見ていないフリをしていてね。


 ガーシニアの隣にジルギスが仕事着で座り、向かい側にお母さんとブルーが座った。

「ねえ、もう少し里帰りしたら?確か、前に来た時は300日前だったでしょう?もう少しで季節が1巡してしまうかと思ったわ」

 ははははは。

 ガーシニアはジルギスから脇腹を思いっきりどつかれ、ブルーの皮肉った台詞に乾いた笑いしか出なかった。

「暫くゆっくりして行けるんでしょう?」

 お母さんが自分は薔薇茶を飲みながら聞いて来た。

「あ、ええ。問題も片付いたことですし、ヴィースさえ良かったら」

 なんだかやたら喉が乾く気がした。

「私の所為にするつもり?」

「あ、いや、そんなつもりじゃ」

「いいじゃない、ゆっくりして。ところで直付さんは?」

 竜使いの家である。中には護衛もいたから、実質的にはティスのお役目は無いに等しかった。

「ヴィースは誰を連れて来たの?」

 ガーシニアの疑問はもっともだった。

「今回はイーネスよ。彼女が勤務だったから」

 イーネスは騎馬が得意な直付だ。ティスもかつては一緒に働いた仲間である。

「イーネスが来ているのですか?」

 ティスの顔が安堵した。良かった1人じゃなくて。

「夕飯の後は2人共ゲストルームに泊まって」

 ジルギスは当然の様に言った。


 その晩はちょっとしたパーティのようだった。

 ティスもイーネスと顔を合わせた。

「おお、アル!元気にしていたかい?」

「あ!ジョス婆ちゃん!!」

 夕飯に杖をついてジョス婆が姿を現すと、ガーシニアは本物の孫のように喜んだ。

「隣にお座り。ここじゃ」

「はい!」

 ジルギスはそんな2人を見て微笑ましく思ってしまう。なんでジョス婆がアルメリアを可愛がっているのかは分からないけれど、来る度にこうなのだ。

 ちなみにジョス婆は産みの母親のお母さんである。

「お前はいつ見ても可愛いなぁ。どうだい。うちの孫とは?上手くやってるかい?」

 そう言いながらどんどん酒を注ぐ婆ちゃんを誰も止められない。

「上手く?…えーと、はい、仲良くしています!」

「子供はどうした?」

 その単語を聞いてガーシニアは思わず口の中の酒を噴き出してしまう所だった。

「ごほっごほ!」

(あ、危ない!鼻に酒がっ!)

「だってお前達。結婚してもう7巡ほど春が来ただろう?」

 ガーシニアはジョス婆にこそ逆らえない。

「仕事ばっかりしていないで、子供を作らんとな」

「ええ、その、私が原因でして。も、もう大丈夫じゃないかと」

 しどろもどろで酒を飲むどころではない。

 食事会場は少し広くなっており主賓室に家族だけが集まって食事していたので、子供の話題にしてもおかしくはなかった。

 というよりも、両親もそこは聞きたい所だった。

「聞いたわよ、アル。そろそろ子供作れるの?竜の血族を絶やせないからって。結婚を許可した時に条件を付けたでしょう?」

 ジョス婆とブルーに挟まれてガーシニアは逃げ場を失っていた。

「それは…その、もちろん、作りますよ!でも、その、どっちが産むかとかね」

 そこへ濃縮麦酒を持った配偶者が現れた。

「私が産むわ」

 ガーシニアは驚いてジルギスを見つめた。

「だ、だって!仕事は?どうするの?」

「産休の間、あなたが南の将軍もやればいいじゃない」

 このジルギスの台詞に皆、食事を止めた。

 両親、婆ちゃん、そしてガーシニアとジルギス。いきなり部屋は静かになった。

「ヴィース。あなた、本当にアルにそこまで仕事を押し付けるつもりなの?禁を破って将軍職に就いてしまったアルもアルだけど」

 沈黙を最初に破ったのはお母さんだった。

「だって。他に出来る人いないし。将軍職の代理募集は危険だから」

 ジルギスは手に持ったグラスの麦酒を一気飲みした。

 ママは静かに笑って大鶏の丸焼きをスライスして食べ始め、ジョス婆は良かった良かったとガーシニアの背中をばんばん叩いた。

 そしてガーシニアだけが目を丸くしてジルギスを見つめていた。

「それ…本気なの?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ