蓋を開ければ
ロジーナの正体は誰だったのか、です。
話はロジーナを捕まえてからに遡る。
ガーシニアはロジーナを南の城に連行した。国王陛下の直属の兵達が既に到着していたが、ジルギスが少し時間をもらった。
ガーシニアとジルギス、ロジーナ、それにクリスティーナが会議室に揃った。
「こんな形で再会するとはねぇ」
クリスティーナが口火を切った。ロジーナは目を伏せたままで、ジルギスも浮かない顔である。そんな一同の顔を見回しているのはガーシニアだった。
会議室に昼を過ぎた太陽の光が差し込み、ピカピカに磨かれた木製のテーブルに反射していた。いつもならお茶が大好きなガーシニアの為に薔薇茶が運ばれてくるところだがそんな優雅な雰囲気は一掃され、重苦しい空気が漂っていた。
「ザムシグを操っていたのは本当に貴女なの?」
金髪を揺らしてジルギスがロジーナを見据えた。その翡翠の瞳は深く濃かった。
「そうよ。私はヴィースのように優秀ではなかったから。どうしても一流の竜使いになれなかった」
「だから蛟達を使ったと?呆れた言い訳ね」
「蛟は竜になる前の姿だろ?それなら操れたということなのかい?」
ガーシニアには竜使いのことはさっぱりわからないのだった。
「彼女も私の生徒だったわ」
「それに恋敵」
口を挟んだのはロジーナだ。今は先程のように目を伏せたりしていなかった。ブラウンの瞳に炎が見えたような気がガーシニアにはした。
「恋敵?」
「わたしはヴィースを好きだった。でもこの人は先生という立場を利用してヴィースを奪った」
「別に立場を利用したわけじゃないわ」
ここでなんとなくガーシニアにもそれぞれの関係が見えてきた。当のジルギスはただ黙って2人のやりとりを聞いていた。
「それでザムシグとどういう関係がある?」
まさか昔の恋敵を探していた訳ではあるまい。
「ヴィースを探していたのよ。どこかで将軍職に就いたという噂を聞いたから。派手に動けばまた会えると思った」
「もっと他の方法は考えなかったのかい?」
ガーシニアは単純に目を丸くしてロジーナを見た。彼女は薄ら笑いを浮かべて言った。
「この方が目立つし、手っ取り早い。それにね、ヴィースに捕まりたかった」
「この後が大変じゃないか。君はあらゆる王国に指名手配されてしまっているし、陛下にどうされるかわからんが、ただじゃすまないよ」
ガーシニアはその銀髪を掻き上げた。
「まさか、ヴィースが妊婦さんになっているとは思わなかったけれど」
この言葉に内心ぎくっとしたのはガーシニアだけではなかった。
ロジーナを国王の兵に引き渡した後、ガーシニアとジルギスはゆっくりとお茶を楽しんだ。
「彼女がヴィースを好きだったって知っていた?」
「ええ。知っていたわ。でもあの頃、もう私付き合っていた人がいたし、彼女と付き合う気は無かったのよ」
そう言いながら薔薇茶を口に含んだ。薔薇の香が漂い、その味も甘くて美味しい。
「ふーん」
ガーシニアも薔薇茶を啜った。
「ところで、どうやって戦場に現れたんだい?」
「ああ、あれはね」
くすくすとジルギスは可笑しそうに笑った。
「神領地が現れる闇の時間通路があるでしょう?あれを応用してもらったの」
「また竜を使って。誰に頼んだ?オプサか?」
「オプサは直付で忙しかったから、ダンにお願いしちゃった」
そういうことか。ガーシニアは残りの薔薇茶を飲み干した。
「でもさ、妊婦に影響は無いの?あれは土地だけを運ぶわけじゃないんだね?」
「詳しくは言えないんだけど、ちょっとだけなら人間も大丈夫よ。でもさすがに竜の使い手だけね。ロジーナは蛟を何十匹も使ってやっとあの小さな島を飛ばしていたようだけれど」
まるで夢物語だな、とガーシニアは思った。竜の力は神にも通じるとは本当だ。
それにしてもだ。今は伴侶であっても、ジルギスを巡った恋愛のもつれだったことに違いなく、そこはさすがにガーシニアもちょっと妬いた。
「ねぇ、怒ってる?」
ジルギスはガーシニアの様子に敏感である。すぐに彼女の気持ちを読み取った。
「怒ってないよ」
「妬いてるの?」
「妬いているよ」
「嬉しい!」
「嬉しいの?」
ガーシニアのこういうところがジルギスはたまらなく好きだった。なんて可愛いんだろうと思わず、ガーシニアの右の頬にキスをした。
「おいおい…」
ガーシニアは心臓が耳元までばくばくと音を立てているのが聞こえた。嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちがごちゃ混ぜになってしまっている。
「だって…。アルが妬いてくれるなんて、嬉しいもの。私にとってはもう何もかも過去のことだけど、こんな使い道もあったなんて」
「過ぎたこととは分かっているけど、なんだか悔しいもん」
「お腹に子供もいるのよ」
「わかっているよ」
ガーシニアはジルギスの胸に抱き締められて、その柔らかい乳房に顔を埋めた。ジルギスがあまりに可愛いことを言うガーシニアを堪らず自分の胸に抱いたのだった。
ガーシニアも素直にジルギスの背に手を回した。ああ、温かい。温かくて柔らかくてとてつもなく良い甘い香りがした。自分が大好きなジルギスの香りだった。
「もっと妬いてね」
ジルギスはまだうら若い乙女のような微笑みでウィンクした。ガーシニアにとってはこんな風にたまに甘えて来るジルギスが可愛くて仕方がないのだった。
「ロジーナはどうなると思う?」
猫みたいにジルギスにじゃれつきながらガーシニアは何気なく聞いた。
「そうねぇ」
ジルギスは少し考えていたが、暫くガーシニアの頭をいい子いい子しながら答えた。
「ブルーも探していたみたいだし、あちこちで略奪してしまったし、少しだけど人命も奪ってしまったと聞いているわ」
「そこまでしてしまうと、もう蛟をたぶらかしたというだけの罪では収まらないと思う。正式に判決を下されるのは、捕縛した国の国王に権限があるでしょ。だから陛下がどんな風に判決するかにかかってくる」
「陛下にねぇ…。私達じゃ想像もつかないことをあのお方はサラッと言ったりするからな」
ガーシニアはいつの間にか、ジルギスのお腹を優しくさすっていた。
「取り敢えずは、無理するなよ」
「うん」
2人は陽の差すうららかな午後で時間など存在しないようにずっとじゃれ合っているのだった。
「帰ったら皆をねぎらうことにするよ」
ガーシニアはジルギスの首筋に優しく唇を当てた。
「くすぐったいから、もう。あんまりお酒を飲まないでね。タクミ先生の所にも「行かなくてはならないのだから」
ジルギスはガーシニアの胸のしがみついてその匂いを胸一杯に吸い込んだ。忘れまいとするかのように。この香り。ガーシニアの体から出る清々しい香りはジルギスの自立神経を休める作用があるに違いなかった。この人に抱き付いていたらいつでもすぐに心地良く眠れる気がするのだった。
今回の様な殺生沙汰は当分関わりたくないとジルギスは思った。子供が産まれて幸せで普通の生活を送りたいと願うのだった。自分も、アルも将軍なんてちょっと野蛮な職業についているからこんなことになるのであって、もっと安全で安心な立場っていうのは無いのかしら。攻撃は最大の防御っていうからには、もしかして将軍だからこそ平和に貢献できるのかもしれない。
「酒はほどほどにしておくよ。ちゃんと約束する。タクミ先生のところにも一緒に行くから」
そう言ってガーシニアははにかむように笑った。心の隅にあったヤキモチをどこかに吹き飛ばしてしまうかのように笑ったのだった。




