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本当のところは。

前回の種明かしです。時系列が前後しています。ご注意下さい。

(パトリス、明日の朝1番でヴィースの家に来てくれないか)

 ガーシニアが伝令を飛ばした。パトリスは2つ返事で快諾し、翌朝にはオプサとなってブルーの家に到着した。

「まあ、オプサ。おはよう。どう?薔薇茶を飲む?」

 ブルーが目の前でパトリスに変化したオプサに機嫌よく声を掛けた。

「はい!勿論、頂きますよ」

 彼女はすっかり薔薇茶が気に入ってしまったようだった。人間に変化している竜にブルーも慣れてしまい、パトリスの大好きな甘いクッキーやチョコを山盛りにして持って来た。

「今、ステアと娘達で話をしているけれど、その内に来るでしょう」

 ブルーがまじまじと竜であった筈のパトリスを見つめるが、やっぱりあのオプサだなんて信じられなかった。どう見ても美人な軍人なのだ。

 ステアは裸のまま自分の背中にもたれ掛かってきて鼻に掛けたような声で甘えて来た様子のアルをあの後何度も思い出してはくすぐったいような気持ちになっていた。あの子ったら、いつもヴィースに対してあんな風に甘えているのね。

 あの後ステアを見る度に一日アルは落ち着かない様子になった。何かを言いたそうなのに言えないという感じなのだ。見かねたステアはついさっき娘を2人、自室に呼んだのだ。

「アル、昨日の朝のことは気にしないで。ねぇ、ヴィースも怒ったりしていないでしょう?アルもこれからは気を付けて」

 ジルギスは黙って母親の言葉に頷き、隣で恐縮している配偶者を肘でつついた。

「は、はい!お母様!これからは、勿論、その、気を付けます」

 ガーシニアは途端に赤くなった。自分がしたことを思い出したのである。

「私とお母様を間違えるなんて」

 ジルギスはそんなガーシニアを横目で見た。

「ほら、あの、寝ぼけていたから。ごめんね、ヴィース。申し訳ありません、お母様」

 ガーシニアは深く頭を垂れた。これを見てジルギスはアルのことだから、泣いてしまうかもしれないと思った。

「別に責めているんじゃないのよ。でも一歩間違えたら、相手にもよるけどその気になってしまうかもしれないわ」

 ステアは母親らしく義理の娘を優しく諭した。こんな時、本当の娘では無いガーシニアのことをとても愛おしく感じるのだった。叱られた子供の典型的な格好で肩を落として項垂れているガーシニアはとても西の地方を治める将軍には見えなかった。

 将軍どころかその風貌が童顔であることも手伝って、下手をしたらヴィースと同じほどの歳に見えてしまう。

「もういいでしょう、お母様。アルには私からも注意しておくし。ね、アル、いいじゃない。それよりパトリスが来ているでしょう?彼女に聞きたいことがあるの」

 ジルギスはガーシニアの手を取った。

「泣かないで。アルはどうする?一緒にパトリスの話を聞く?多分、大変なことになると思うけど」

「ヴィース、私はそんなに泣き虫じゃない。泣いてはいないけど、泣くほど反省はしているよ。パトリスを呼んだのは私なのに、会ったらだめって?どういうこと?」

 ジルギスに手を握られながらガーシニアは不安そうに見つめ返した。青緑の瞳が美しい。今すぐキスしたい。そんなことを考えていると、急にジルギスは握っていた手を離し立ち上がった。

「じゃあ、私はリビングへ行くわ。時間が無いでしょう?」

 慌ててガーシニアも立ち上がる。

「待って、ヴィース!私も行くよ」

 2人はステアの部屋をけたたましく出て行った。

 その後ろ姿を見送ってステアは嬉しそうに微笑んだ。娘達の仲の良さを再確認できたことに心底満足したからだった。


「ヴィース、アル!お早うございます!」

 元気に挨拶をしたのはパトリスが先だった。

「おはよう、パトリス。伝令をありがとう。ラピズとティスはまだ神領地に?」

 もう3杯目になった薔薇茶を飲み干すと、パトリスは笑顔で頷いた。

「はい。一晩閉じ込めておきました」

「ええっ?閉じ込めた?」

 ガーシニアとの会話の途中なのに、咳払いをして間に入ったジルギスはガーシニアに目くばせしてからパトリスに向き直った。

「悪いけど。その話の前に聞きたいことがあるわ。パトリス、この間ウチに泊まった晩のこと覚えている?」

 パトリスはジルギスと目を合わせると2、3度パチパチ瞬きしてから、ああと思い出したようだった。

「覚えていますよ!」

「じゃあ、詳しく説明してくれるかしら?ウチの人、部屋に帰って来たのは闇夜の時間だったし、何にも覚えていなかったのよ。パトリスと遊んでいたんでしょう?」

 この台詞に驚いたのはガーシニアである。

「何だって?!いつ私がパトリスと遊んだんだ?」

 ははははっと高笑いが聞こえて、そちらを見るとパトリスが大口を開けて笑っている。

「ご明察!さすがはヴィース!」

「一体どこを引きずり回したって言うの?」

 ジルギスはみるからに不満そうで、ガーシニアは声を掛けにくい。

「ここの庭ですよ。でも景色は若干変えてデートにお借りしました」

「ヴィース…、まあ、あの、いいいいじゃないか!もう済んだことだし。別に私はパトリスと何かしたわけじゃないんだろう?」

 ジルギスの隣でガーシニアは傍目にみても可哀想なほどオロオロしだした。

「あら?そうなの?違うんじゃない?」

 ジルギスは落ち着こうと自ら薔薇茶を淹れた。もしアルの記憶が無い事をいいことにたぶらかしただけではなく、関係を持ったなどと言われたら自分で怒りと嫉妬を抑えられ無いような気がしたのだ。

 後から来たステアもブルーも黙ってパトリスと娘の様子を見ていたが、それは多大な好奇心からで面白くて仕方ないと言った様子だった。

「違うとは?」

 答えたパトリスはにやにやしているし、ガーシニアはまったくわけがわからない。

「じゃあ、パトリス。私が一体何をしたというんだ?」

 ガーシニアはお茶どころではない。ソファの隣で機嫌が悪いヴィースの顔色を窺いながらどうしたらいいのか皆目見当も付かない。

「アルに私がキスしたんです」

 ケロッとしているパトリス。

「え…キス?いつしたの?」

 パトリスの言葉に動揺を隠せないガーシニア。

「ほら!していたじゃない!」

 確信犯だったのね!と眉根を寄せて明らかにむっとしたジルギス。

 ここまで話が進んだのを確認してからステアはブルーの脇を突いて静かに部屋を出て行った。

「この後はあの子達に任せましょう。私達は私達で今日を楽しまないとね」

「あなたのそういう所が昔から好きだわ、私」

 ステアの後に続きながらブルーはこれから行く場所を考え始めたところだった。


 両親がそっと出て行った事に気付いていたが、この後も3人はなんやかんや言い争い、やがて誰ともなく飽きてしまい押し黙った。

 肝心のガーシニアは全く覚えていないし、パトリスはキス以上の事をしたかどうか教えてくれないし、ジルギスはずっと不機嫌だった。

「ヴィース、もういいだろう?多分、いや本当に。絶対にパトリスとそんなことしてないったら」

 ジルギスの隣で彼女のお腹を撫でながら何とか言い含めようと必死なガーシニアを見て微笑んでいるのはパトリスだった。

「まあまあ、アル。あなたって人は本当にヴィースに頭が上がらないんですね。私にヴィースしか好きじゃないってあれだけ強く断言したのは本心ということか」

 これを聞いて押し黙っていたジルギスがパトリスを見た。

「どういう意味よ?」

「少しの時間だけでもいいから、私のものになってくれたらなぁって思ったんです。でもアルはどんな女性であろうと恋はしないって笑ったんですよ。ヴィース以外に好きにはならないって」

 これを聞いてガーシニアは無性に恥ずかしくなってしまい、急に口の中が乾いてきて言葉が出て来なくなった。ジルギスはそんなガーシニアを見ておかしくなった。明らかに動揺している。

「ねぇ、どこでもそんな話でしている訳じゃないんでしょう?止めて頂戴」

「あ、あのヴィース、いや、違うんだ。好きなのは本当だよ。でもどこでもそんな話する訳ない…というか出来ないよ!」

 パトリスは笑い転げた。

「ははははっ、あああ、す、すみません!お2人共!ご心配なさらずに。ヴィース。あなたの大切な伴侶をちょっとお借りしただけですから。さあ、ラピズとティスを迎えに行きましょうよ」

 パトリスの言ったことはもっともだと思った。その為にパトリスを呼んだのではなかったか?

「今度から借りる前に声を掛けてくれない?違うわ。借りないでくれる?私の配偶者よ」

 ヴィースが自分のお腹を撫でるのを止めないガーシニアの手を掴み、腰に巻き付けた。

「ヴィース…」

 ガーシニアはジルギスがそれほど怒ってなかったことに安堵もしたし、腰を抱きながら体が熱くなってきた。と。そのいいところでジルギスは立ち上がった。

「じゃあ、パトリス!行きましょう、神領地へ」

「はい。あ、アルはどうします?馬で来ますか?」

 なんだ、せっかくいい具合に腰を抱いたと思ったのに。ガーシニアが不服そうに立ち上がったジルギスの尻を撫でていると、その手を掴まれた。

「もう、アルったら。いたずらは止めて」

 ジルギスに言われるとガーシニアは素直にジルギスの身体を触るのを止めた。

「はい、はい。あ、それから神領地へは馬で行くよ」

 パトリスとガーシニアも立ち上がり、支度を始めた。

「では、ヴィース、パトリス。私は先にここを発つ。きっと君たちの方が先に着くだろうから」

 部屋から出て素早く将軍服に着替え帯剣をして正装したガーシニアはさすがに将軍らしい。いつも城で見る閣下である。パトリスは惚れ惚れと見つめた。やはりアルを諦めるのはなかなか難しいかも。

 馬に跨ったガーシニアにパトリスは敬礼した。

「くれぐれもお気をつけて。閣下」

「現地で会いましょう、アル」

「ああ」

 ガーシニアは勢いよくアーノルドの腹を蹴ると瞬く間に砂煙を上げて消え去った。通常の馬では考えられない程のスピードである。

 ステアとブルーはとっくに二人で出掛けてしまったので家は留守であるが、守衛や使用人はいるので大丈夫である。全くの無人というわけでは無い。

「パトリス、頼むわよ」

「わかっています、ヴィース。長い付き合いですから」

 その言葉にジルギスは苦笑した。

「その長い付き合いの竜にまさか自分の配偶者を取られそうになるなんて。そんな竜使いの話は聞いたことが無いわ」

 目の前に巨大な美しい竜が現れた。虹色の鱗を持つ光り輝く竜は正しくオプサである。

(さあ、どうぞ、ヴィース。頭に乗って下さい)

 ゆっくりとオプサは髭にジルギスを巻き付けて自分のふさふさの鬣に埋もれさせるように注意深く下ろした。さすがに妊婦を扱う時には慎重である。

「ありがとう、オプサ。後はお願い」

「任せて下さい!」

 ジルギスは柔らかいオプサのたてがみを体にベルトの様に巻き付けふかふかのベッドに横になった。そんな体勢でも少しの問題も無いほど竜の頭部は広かった。

 オプサはとてもゆっくりと空へ浮かび上がりふわふわとした感じで西と南の間にある神領地へと向かった。青い空に虹色の鱗は煌めきまるで昼間見る星のようだった。

 ブルーとステアは森の外れまで散歩をしに来ていて、自宅の方角から何かが飛んでいくのを見掛けた。

「あれってオプサじゃないかしら」

 手をかざして太陽の眩しさを避けながらブルーが煌めく物体を見つめた。ステアも思わず同じ方角の空を見てすぐにそれに気づいた。真昼の空に星は瞬かない。でも何かが太陽の光を反射しているし、それはゆっくりと空を飛んでいた。

「では、あの子達は出掛けたのね」

 ブルーはステアを振り返り、ステアは微笑んでブルーの腕に更に絡み付いた。

「行きましょう、ブルー。私達は私達で楽しまなくちゃ。子供達ならきっと大丈夫よ」

「そうね。あなたの言う通りだわ」

 ジルギスの親達も昔はあんな頃があったと懐かしく思い返したのだ。でも子供達は子供達。同じ人生を歩むわけでは無い。ブルーにとってステアに告白して付き合い始めた時から今だって可愛くて仕方ないし、ステアもブルーに初めて会った時の頼もしさと可愛らしさの同居した姿は魅力的であった。

 それは歳を充分経た後の年齢になっても変わらないものだった。2人はもう少し散歩を楽しむことに決めた。ブルーもステアも娘であるヴィースと配偶者のアルメリアが自分達と同じようにずっと仲良く一緒に生きて欲しいと願いながら。


 ガーシニアは神領馬であるアーノルドを全力疾走させて神領地まで向かった。道は砂煙しか見えず、一体今何が走り去ったのかと皆が不思議に思うほどであった。黒い影のようなガーシニアとアーノルドは流れる景色など見られる余裕も無く走った。お陰で思ったよりは早く到着しそうだった。

(ランチには充分間に合うだろう)

 既に西の領土を過ぎ去ろうとし、森を抜けたら神領地だった。さすがはアーノルドとしか言いようが無い。こんな風に持てる力の全てを出し切って走るのは本当に久しぶりだったのでガーシニアは大層満足した。たまには全開で走らないと馬に乗る意味が無い。それは馬好きなガーシニアの信条でもあった。

(私とヴィース達とどちらが早いだろうか?)

 そんなことを考えるのも楽しく思えたのだった。

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