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親はいつでも子を思う。

21話目に入りました。今迄のからくりが少し見えて来る回です。どこがどこと繋がるか。誰が何を仕組んだのか。少し分かります。

 クリスティーナは果たしてそうだろうかと思った。パトリスはなかなか食えない直付だと思ったのと眠るのとはどちらが早かったであろうか。

「危なかった。正体がバレるところだった」

 つい呟いてしまったパトリスは彼女がブルーの一番弟子だったと思い出した。多分、パトリスから知らずに出ていた気を読み取って本物の姿を見てしまったに違いなかった。

 首筋の脈と本人から出る気の状態から、クリスティーナは深く昏睡してしまったことを確認したパトリスはラピズに伝令を送った。

(補佐官殿は眠っておられます。ご確認願います)

(すぐに行きます)

 ラピズから間髪入れず伝令が飛んで来た。

「では、失礼致します。補佐官殿」

 恭しく敬礼してパトリスは貴賓ルームを後にした。


 翌日の王城会議は滞りなく行われ、国王はなんだかとても機嫌が良く、ガーシニアはほっとした。何が苦手と言って、上司の前でおとなしく借りて来た猫みたいに座っていることだ。

 その点、ジルギスはいつもとあまり変わらないどころか寧ろ堂々と振る舞っている。いつでも誰に対しても後ろ暗いことの無い彼女は、凛とした佇まいが如何にも将軍らしいと内心ガーシニアは感服している。

 他の将軍達もガーシニア同様、国王の前では静かに座っている。北の将軍ブレフトは肩幅も広いが身長も大きい大男で、東の将軍スヴァンテは笑顔が爽やかな男前の軍人である。

 会議後に4人の将軍と将軍補佐官で談話した時も和やかに終わった。ボスがいないとやはりブレフトは陽気だったし、スヴァンテも笑いが絶えなかった。ジルギスは皆に祝福され、ガーシニアは結婚が遅いと怒られていた。

 帰り道クリスティーナはギャンと共に南の拠点城へ一足先に帰ることになり、ガーシニアとジルギスはタクミ先生の元へ寄ってからジルギスの生家へ向かった。

 家ではブルーが待ちかねた様子で出迎えて来た。

「遅かったからどうしたのかと思っていたのよ。さあ、2人共入りなさい」

「ママったら何をそんなに慌てているの?アルと一緒だもの。大丈夫よ、何があっても」

「またご無沙汰してしまって。お邪魔します」

 ガーシニアとジルギスはブルーに急かされるように、門の中に招き入れられた。

「挨拶なんかいいから、さあ」

 将軍の格好のままのジルギスと、さっさと着替えてしまったガーシニアは、個人所有にしては広い庭園の中の道を通って邸宅へ入った。ブルーは笑顔を絶やさずにいながらもどんどん先へ進んでしまう。

 ガーシニアもジルギスも妙な胸騒ぎを覚えた。何でこんなにママは焦っているのだろう。

 リビングに見覚えのある人が笑って2人を出迎えた。

「こんにちは」

「パトリスっ!」

 ついガーシニアとジルギスは声を揃えて叫んだ。

「将軍閣下。お先にお邪魔しておりました」

 余裕の表情で立ち上がって2人を迎えると、パトリスは自分もふかふかのソファに沈み込んだ。

 そこへブルーが入って来た。

「話はヴィースから聞いていたけど、本物が来ちゃうとはねぇ」

 そう言いながら、お手製の薔薇茶を振る舞ってくれた。

「勤務はどうした?どうやって抜けたんだ?」

 ガーシニアはジルギスの腰に手を回しながらソファにもたれた。

「え?ああ。今日は非番です」

 そう言うとパトリスは舌を出した。非番と言いつつ、格好はいつもの軍服だったのでもしかして勤務の途中に抜けたのではないかと思ったのだ。

「まさか家に来ているだなんて。竜使いの家に来る竜がいる?」

 半ば呆れたような感じでジルギスが薔薇茶を啜った。それを横目で見ながら彼女の濡れた唇に惚れ惚れとしているのはさすがガーシニアだと言わざるを得ない。

 ガーシニアはジルギスの些細でなんでもない仕草が好きで、ふとした時に見せる表情や、体の稜線やその時にできる印影を絵画にしておきたいと思うくらいの芸術家でもあった。そしてまた、そういうシーンを決して見逃さない。ということは、見ていないようで、いつでもジルギスの表情や手の動き、座り方、マントの皺の寄り具合さえ見ているということになる。

 今は左手が彼女の腰の温もりを楽しんでいる。あんまりお触りが過ぎると怒られてしまうので軽く触れる程度にしているが、同席しているブルーもパトリスも実は分かっている。

「いい機会だと思ったんです。お2人は会議の後、必ずブルーの所へ行くだろうと思ったし、ダンにも会っておこうと思って」

「ちゃっかりしているな、パトリス」

 ガーシニアは右手で薔薇茶を飲みながら竜に感嘆した。

「ええ。だって、ヴィース。約束通り、あの晩きちんとクリスティーナを西の城に釘付けにしておきましたよ」

 パトリスも同じように薔薇茶を啜った。が、この言葉にガーシニアとブルーはきょとんとした。

「ん?」

 ジルギスはふっと小さく笑ってパトリスに言った。

「好きなだけお酒は飲めたかしら?」

 もし今のパトリスにしっぽが生えていたら嬉しくてぶんぶん振ったに違いなかった。

「ええ!ヴィース!飲み残しの酒を全部平らげた上に、新しく10瓶ばかり頂きました」

 ガーシニアが改めて隣に座っている伴侶を見た。

「ヴィース…。この間の飲み会のこと?」

「そうよ。お酒に強いクリスティーナのことだから、何か言い掛かりをつけて邸宅まで来られたら困ると思って。パトリスに監視を頼んでおいたの」

 このジルギスの言葉にブルーは苦笑し、ガーシニアはぽかんとしてジルギスを見つめていた。

「ヴィースはどうです?アルとうまくやりましたか?」

「ええ、お陰様で」

 実の親のいる前もありジルギスは言葉を濁しながら適当に答え、ガーシニアは全く会話に口を挟めずただ黙って茶を啜りながら聞いていた。

 いつもそうだ。ヴィースにしてやられてしまう。知らない内に網が張り巡らされ、真相を聞いた時にはすべて終わってしまっている。今迄にも何回もこんな事があった。参謀も務めたことのある自分がヴィースに裏をかかれていることが信じられない。しかも近くにいる人間ほど裏をかかれるのは、自分が信じ過ぎている所為なのか。そこら辺はガーシニア自身よくわからなかったし、自覚もなかった。

「いつもそんな風みたいね、ヴィース。だめよ、あんまりアルを追い詰めるようなことをしては。大体、オプサから聞いたわ」

 ブルーは娘を嗜め、銀板の美しいケーキスタンドに乗せた作り立ての月と星の形をしたチョコを皆に勧めた。

「パトリス、一体何をママに話したの?」

 ジルギスがちらっとパトリスを見るとオッドアイに戻した瞳のまま、えへへと誤魔化し笑いしながら答えた。

「別に大したことは言っていません。ただ人間界は難しいって話をしたまでです。いつもはアルの側仕えですから、あ、でもクリスティーナの話はしておきました。それが、さっき本人と出くわしそうになってしまいましたけど」

 パトリスは遠慮なく月形のチョコを摘まんで口に運んだ。

「出くわす?」

 ガーシニアが眉間に皺を寄せた。

 ブルーがその問いに答えた。

「ええ。あなた達が来る少し前に直付とクリスティーナがここを訪ねてきたわ。私と少し話してから南の拠点城へ帰ると言っていたけれど」

 ガーシニアとジルギスは顔を見合わせた。

「先に出たけど、ここに来ていたとは」

「挨拶だって言っていたけど、ヴィースには求婚しないって言っていたわ」

 ブルーは全員に新しく薔薇茶を淹れ直してくれた。

「本当に!!」

 思わずガーシニアはソファから立ち上がってしまい、全員がガーシニアを注目した。

「どうしたの、アル?それに求婚って…13回前の春が来る時に断ったけれど」

「あ、いや。その、クリスティーナが再婚相手に君を選ぶからって自信満々で言うもんだから焦ってしまって」

 ジルギスの言葉に、我を取り戻したガーシニアは再びジルギスの横に深く座り直し、彼女の腰にくっ付いた。年上の癖にこういう甘えた所がジルギスには正直堪らないのだが、そんな心中は悟られないように絶対に態度に出さないのがまた彼女特有でもある。

「それがね」

 ブルーは淹れ直した薔薇茶の温度や香りを自分で確認しながら自己満足していた。

「ヴィースの他に好きな人がやっとできたって言っていたのよ。竜使いとして私の下で仕事をしたいと改めてお願いに来たのもあったけれどね」

 ジルギスは星型のチョコを2つ摘まむと1つを隣の伴侶の口に押し込んでやり、もう1つを自分の口に放り込んだ。

「ヴィース、アルを甘やかさない方がいいですよ。それにそのクリスティーナの言っている好きな人って多分、私のことです」

 パトリスは人間の飲む薔薇茶がすっかり気に入ってしまったようで、さっきから何度もブルーに淹れてもらっていた。

「クリスティーナが竜を好きになったの?」

 ガーシニアは目を丸くした。ジルギスもブルーも俄かには信じられないという様子でパトリスを見ている。

「いえ。竜じゃなくて。人間に化身している私に、でしょう?」

「いつ?」

 ジルギスも話の続きを聞きたいようで、自分の腰回りをさするガーシニアの手をつまんで弄びながら真剣な表情になった。

「あの晩、クリスティーナと差しで飲んで彼女を潰したのです。介抱までしましたが、その時にそんなことを言っていました。竜だってバレそうになって。その時に酔いから醒めても好きだったらまた告白するとか何とか」

「ちゃんと聞いてなかったの?」

 ガーシニアが呆れた。

「聞いていましたよ。私、アル以外に興味無くて」

 これにはブルーは大笑い、ジルギスは失笑で、ガーシニアだけが複雑な表情のまま笑えなかった。

「オプサ。あなたねぇ。王城附属の洞を抜けだすだけでも大変なことなのに、本当に人間に化身してしまうなんて。驚いたわ。化身した竜の話は何度か聞いたことがあったけど、伝説だって信じていたもの。こんな近くにその見本がいるなんてねぇ。国王陛下に報告するのにひやひやしたのよ」

 ぶつぶつと言いながらブルーはチョコも追加した。話が長引きそうだったからである。

「私も化身に挑戦したのは初めてです。本当に出来るんだって、我ながら驚きました。竜から人、人から竜になるのはそんなに難しくは無い。でも化身したいって思ったことがないし、第一、竜使い以外の人間に興味なんて無かった」

 パトリスは嬉しそうにチョコをつまんで、茶を飲むと満足そうに頷いた。

「でもあれですよ。人間の世界ってのは知れば知る程、面白いものですね。自分の世界の事で手一杯だったなんて勿体なかった」

 それからガーシニアをマジマジと見つめて、

「それにですね、アルメリアほど面白い人間を見たことが無いんです。願わくば一緒になりたいくらいで」

 さらっと宣戦布告してしまうのがパトリスらしいとガーシニアは思った。嫌味なくこんなことを伴侶の前で言えるなんて。

 これを聞いても焦ることなくジルギスは黙ってチョコを食べ、またひとつガーシニアの口に入れた。ママお手製のチョコは甘過ぎず美味しかった。

「そう。残念だけど、竜と人間が一緒になれるわけがないでしょう?」

「そうなんですか。私、ほぼ人間の姿で過ごすこともできます」

 パトリスがにこっと笑った。ブルーがまあまあと間に入った。

「いい、オプサ。そこまでしてアルと結婚しなくてもいいでしょう?というか、アルはもう結婚しているし。直付として潜り込んだだけでも立派だと思うわ」

「ママったら、何褒めてるの?横取りよ!」

 明らかに機嫌が悪くなったジルギスがソファに深く座った。

「ヴィース。そんなに怒らないで。ね、今日だってタクミ先生から順調だって言われたばかりじゃないか。安定期までもうすぐだし。パトリスはいつも何も考えないで話しているだけだって。私は実際に君と結婚しているんだから」

 ガーシニアの方が慌てているのはちょっとおかしいくらいだった。

 当のパトリスはただ黙って微笑んで2人のやり取りを見ているだけだった。


 夕暮れに近くなり出掛けていたステアが戻って来た。ブルーはガーシニアを自分の部屋へ呼んだ。

「オプサと話ができるなんて夢の様よ。彼女とはうちの家系のずっとずっと昔からの付き合いなの」

 バルコニーに面した窓辺で森から光の帯状に金色の夕陽がきらきらと庭中の木々の枝や葉に零れるのを眺めるブルーの背中がなぜかガーシニアには大きく見えた。

 ガーシニアは年齢に似合わず色っぽい背中に何と言おうか考えた。

「御礼を言った方がいいかしら、アル」

「いえ、そんな」

 ブルーが振り返って、ガーシニアに座るように勧めた。

「それでクリスティーナのことだけど」

 2つのグラスを持って竜の鱗で作った頑丈で薄く透けた緑色のテーブルにとっておきのベリー酒を持って来た。

「ママ、まだ食事前です」

 ガーシニアは困ったようにブルーを見た。

「食前酒よ。付け合わせは漬けたいちごでも?」

「それでは全部アルコールになってしまいます。あ、そうだ。さっきのチョコがあれば」

 ブルーはそれでは、とチョコの残りを出して来た。

「聞いていると思うけど、彼女は私の弟子の中ではトップクラス。後に一番弟子になったの。まだ16だったあの子とも付き合っていた。本人にプロポーズするよりも早く結婚の許可を求めて私の所へ挨拶に来たの。その頃、ヴィースはなんだかあんまりいい感じではなくて。反抗期真っ盛りで私にもステアにも自分の恋愛については話してくれなかったけれどね」

 グラスの氷が澄んだ音が響く程、ガーシニアはブルーの話に聞き入っていた。

「ヴィースはクリスティーナがブルーに認められる為の手段だったって言っていました」

 ベリー酒の芳醇な香りがアルコールに混ざり、ガーシニアの鼻腔をついた。

「それはある意味本当だったのかもしれないわ。クリスティーナは自分の為なら手段を問わない所があるから。ヴィースは最初の恋愛でとても傷付いたけれど、その分何かを得たのではないかしら」

 ブルーは構わずグラスの酒を少しずつ喉に流し込みながら話している。

「あの子、結婚には慎重だったわ。クリスティーナの後も、何人か付き合っていたみたいね。あ、これはアルには耳に毒かしら」

 ガーシニアは思わずグラスの酒を全部飲み干してしまった。

「いえ、ヴィースほどの女性が放って置かれないでしょう。寧ろあの時、つきあっている相手がいない方が不思議でしたよ」

「そうね。クリスティーナはヴィースにフラれたけど、その翌年には男性と結婚して確か子供が1人いた筈よ。でもその後に行方をくらませてしまって。私も手を尽くして探したけれど見つからなかった。それがふらっと現れて、仕事の為に子供は自分の親に預けて国を出て来たみたいね。ヴィースが子供を産むのに将軍職はやはり他に居た方がアルの為にも良かったでしょう?」

 ガーシニアは、はいと小さく返事をした。

「ステアがあなたを心配してね。あの子に振り回されているんじゃないかって。私はそれがいいんじゃない?って言ったんだけど、いつの間にかフレデリックに相談していて。おかしいでしょう?それで臨時職に将軍補佐役があるって知ったらしいのよ。フレデリックから目ぼしい人間はいないかって聞かれたのと、クリスティーナが挨拶に来たのがほぼ同時。これは丁度良かったわなんて思ってしまって。さすがにもうヴィースを追いかけ回さないと思ったし、あの子は結婚しているからどうにもならないと思ったのよ。でも結婚を内緒にしなければならないのはちょっと困ったけど」

 ブルーが饒舌に語る内容に相槌を打つことも忘れて、ガーシニアはただただ聞いていた。

(お母様が私を心配して、か。そう言えばあの晩も夜の庭に待ち伏せて話したっけ。でもなんでお母様はフレデリックに相談?王城に出入りしているからかな。それにしてもクリスティーナも運が強いな。そんなタイミングで急に師匠の元に現れるなんて)

 頭の中でブルーの話を整理するのに夢中でなかなか言葉にならないガーシニアを見て、ブルーはグラスに酒を足した。

「ちょっと、大丈夫なの?アルったらぼんやりしているけど」

 はっと我に返ったガーシニアは慌てて手を振った。

「はい、はい、大丈夫です!ママ。フレデリックとお母様は仲良しなんですか?」

「そうよ。私とフレデリックが従兄弟同士で仲良く育ったこともあって、ステアと交際している時からステアも仲良しだったわ。フレデリックにいろいろ植物のことを教わっているようね」

「ああ、なるほど」

 ヴィースの家系はなんだかんだ結束力もあり、仲も良い。それはガーシニアには少しばかり羨ましかった。自分は故郷を後にして点々と放浪して歩き、ついにここまで来てしまった。そのことは後悔していなかったが、たまに故郷を思い返すこともあった。特に親との関係はそれほど芳しく無く、妹や弟に後を任せてきたこともあった。

 その時、ドアをノックする音が響いてジルギスが迎えに来た。

「ママ、もういいかしら?お母さんがもうすぐ夕食だからって。アル、食事よ」

 部屋に入って来たジルギスはとっくに将軍服を着替えてラフなワンピース姿で現れた。

「うん、分かった」

 ジルギスは部屋に入ってすぐにベリー酒の独特な甘い香りに気付いていた。

「アルにお酒を飲ませていたの?まだ食事前よ、ママ」

 テーブルの上のグラスを横目で見ながらジルギスはママに苦言を呈した。

「あら、いいじゃない。別に。アルはお酒強いし、食前酒にベリー酒は最適でしょ?」

 2人に同時に見つめられて、ガーシニアは慌てて立ち上がった。

「あ、そう、そう、酔ってないよ、ヴィース。さあ、もう食堂へ行こう。迎えに来てくれたんだろう?」

 ジルギスの肩を軽く押しやりながら、ガーシニアは歩き出し、ママに素早く頭を下げた。

「ありがとうございました、ママ」

「いいえ、また今度ゆっくり飲みましょう、アル」

「はい」

 ジルギスが何か口を開く前にガーシニアはブルーの部屋から退散した。

 出て行く2人を見送って、グラスに残った一口をブルーは口に流し入れた。ヴィースがなんでガーシニアを選んだのか分かってしまった気がした。


 夕飯後、パトリスは屋敷の外に広がる野原で竜のオプサに戻るとのびのびとした様子でとぐろを巻いてすぐに寝た。

 ブルーとジルギスが一緒に確認しに付き添った。周りに何も無い所に眠る竜を初めて見たブルーは心底驚いてしまった。

「本当にここでいいの?」

 オプサに戻ってしまっても、竜は化身の経験があるので人語を伝令のように飛ばして来た。

「ここでいい。西の城でも裏庭で寝たりしているのだ。我々竜に外敵はいない。案ずるな。また明日に」

 そう言うと、オプサは深く息を吐き出し、髭をだらりと伸ばして瞼を閉じた。程なく寝息のように規則正しく体が上下に動きオプサは眠りについたようだった。

「ねぇ、ヴィース。あれ、本当なの?西の城でも裏庭で寝ているって。誰かに見つかっちゃうんじゃない?」

「そうね。でもアルに聞いたところによれば、それは面倒な時か疲れている時だけみたい。後はパトリスの姿で眠っているらしいわ」

 竜使いの親子は庭園に戻り、しっかりと門を閉めた。そこへガーシニアが2人を迎えにやって来て、邸宅全体に結界を貼った。

「これでいいでしょう。本当はパトリスに貼ってもらうと良かったけれど、逆に竜絡みじゃない結界の方が良さそうだからね」

 ガーシニアはそう言うと庭園を散歩してから戻ると言い残し、庭の奥へ消えて行った。

「相変わらずね」

 ブルーはくすくすと笑った。

「ママ、日暮れ頃、アルを部屋へ呼んで何を話していたの?」

 どうしてもジルギスは気になるようだった。

「ああ、あれは、クリスティーナのことよ。将軍補佐官にしたのはどうしてか、とかね」

「もう、クリスティーナを呼んだのならそう言ってよ!驚いたじゃない」

 初めて南の城で将軍補佐官が来ていると聞いて会った時の衝撃をジルギスは忘れられなかったのだ。

 結婚はしなかったものの、初めて好きになった相手には間違いない。あの頃の自分は相当浮かれていた。そう、思い返すだけでも恥ずかしいし、胸の奥が甘酸っぱいような何とも言えない気持ちになった。

 当時、師匠として見るクリスティーナはとても大人だったし、エスコートも様になっていて、竜使いとしてもママの次に尊敬していたのだ。それなのに、自分をブルーの娘という目で見ていたことを知った時のショックは隠しきれなかった。あんなに甘く囁かれた愛の言葉の数々も実際はママに取り入る為だったのかと思うと、普段は絶対に泣いたりしないヴィースも涙が溢れたものだ。

 クリスティーナとの初めての恋愛はヴィースをかなり臆病にさせたし、別れた直後は自棄になって適当に口説かれた相手と寝てしまったこともあったけれど、それは若気の至りというやつである。

 恋愛する度に、どうしても竜使いの家柄が邪魔をして普通に見られないことに気付いた。自分を本当に認めてくれる人と恋愛して一緒になりたい。いつしかヴィースはそう思うようになった。

「ごめんなさい、ヴィース。もし先に伝えたら、あなたのことだから将軍補佐を断ってしまうのではないかと思ったのよ」

「それで陛下直々の勅命にしたってこと?陛下にまで手を回すなんて」

 親には文句も言いたい放題である。

「まあ、そう言わないでよ。これはステアの希望もあったし、クリスティーナのことはフレデリックも賛成してくれていたんだから」

 この言葉を聞いて、ジルギスは更にむっとした。

「お母様はアルの心配でしょう?本当に2人ともアルに甘いったら」

 ブルーは玄関口まで怒っている娘をなだめすかしながら邸宅内に入った。

「アルに一番甘いのは誰なの?あなたでしょう?いつでも彼女の好きにさせているじゃない。あなたがそんな恋愛をするとは思わなかったわ」

 そう親に言われてしまい、言い返すことも出来ずにジルギスはママにおやすみを告げるとさっさと自分の寝室へ去って行った。


 部屋へ戻ったブルーの所へステアがやって来た。ステアの部屋とブルーの部屋は繋がっている。いつもステアがブルーの部屋で寝るのがお決まりであった。

「どうしたの?ヴィースを怒らせた?」

 玄関口でヴィースの怒ったような高い声が響いていたのがよく聞こえていた。

「ええ、まあね。今回のクリスティーナの件で。元はと言えば、あなたの発案なんだから私ばかり怒られるのもどうかと思うんだけど」

 納得いかない感じのブルーがステアを振り返る。肩までの金髪が揺れた。同じ金髪でも色の度合いが違う。より金色が濃いブロンドはステアの方。ブルーは少し青の入ったプラチナブロンドだ。

「私からも後でヴィースに謝っておくから」

 そう言うとステアはブルーに軽くキスをし、ウィンクをすると、もう休みましょうと言った。ステアのこんな所がヴィースにそっくりだった。ステアもベッドの中で愛しい人の体温を感じながら話をしているのが好きなのだ。

 しかしまさかブルーもステアも、ヴィースがアルとどんな風に寝るまでの時間を過ごしているのかなんてことは知らなかったから、もし知ってしまったらステアの遺伝子に苦笑してしまったことだろう。

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