馬鹿な話2
「馬鹿な話」の続き
男が去ってから数ヶ月後。今日、また新しい旅人が訪れた。
旅人の緑の髪が風で柔らかそうに揺れている。
その旅人は、私がかつて一度会ったことのある人だった。
最初に会った時の髪はずいぶんと長かったが、今ではセミロングにまで切られていた。
私が久し振りだね、と挨拶すると彼女にずいぶんと驚いた顔をされた。
私はすこしばかり拍子抜けをした。
覚えていないのだろうか、あの日のことを。
彼女は私を疑いの眼差しで見る。
どうやら覚えていないらしい。
まぁ、あの時の彼女は気が動転していたし、覚えていないのも仕方ないだろう。と私は自分の中で納得づけた。
彼女は言う。
“あなたは誰ですか?…会ったことありましたっけ?”
と首を傾げる。
私は苦笑いをすると謝った。
“いや、勘違いしたらしい。すまない。”
すると彼女も納得したようだ。
私から向かい側の席に座ると、自己紹介してきた。
“初めまして、私、アイリーンと申します”
私は知ってるよ、と心の中で返した。
“今日はどうしてここに来たんだい?”
すると、彼女は途端に真剣な顔つきになった。
“・・・人を探しています”
私がどうして、と聞くと、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。
私、16歳以前の記憶がないんです。
気がついたら森の中にいたんです。
当時、私は何も考えず、森の中をフラフラと歩いていました。
そこで、あの人に会ったんです。
あの人はとても親切でした。
私のために何日もかけて名前を考えてくれたり、…まぁちょぴり恥ずかしいこともされましたが。でも、あの日々の中、私はとても幸せでした。
それは本当です。
でも何ででしょう。
あの人にプロポーズされた時です。
途端に頭が痛くなって、気がついたら走り出していたんです。
本当に痛くて、それで、私、確か、何か思い出した気がするんですけど・・・う〜ん。
今ではもう思い出せません。
そのあと、偶然にもある町に着いて、そこの老夫婦に面倒見てもらったんです。ふふ、図々しい女でしょ?そこで面倒見てもらっているうちに、私も冷静になって、あぁ、何で逃げ出してしまったんだろう。私、あの人の事あんなに大好きだったのにって・・・あっいや、別にノロケを話している訳じゃないんですからねっ!!ただ、本当に人を探しているだけですから!!
・・・本当に分かってます?
・・・・で、これからが本題で・・・本当ですよ!
本当に本題ですから!。
そして、私すぐに戻ろうとしたんですが、老夫婦に危険だ、と泣きつかれたのもあったし、私も道をよく覚えていなかったっていうか、ただ、がらむしゃに走ったから覚えていないのも当然ていうか・・・。
だから帰れなかったっていうか・・・・・・。
・・・・・・・・・そんな目で見ないでください。
分かってますよ、私がアホだったってくらい!。
まぁ、それで仕方なしに町に滞在し続けたんです。
もう!その、人をバカにしたような目は止めてください!
失礼ですよ!
・・・・・・・ゴホン。
そして、仕方なしにしばらく町に滞在したんです。
町のみんなも私に親切にしてくれて、でも、それでも私はあの人の事が忘れれませんでした。
実は、老夫婦に内緒で、何度も森に行こうとしたんです。
ですが、そのたび、私を心配してくれる老夫婦のことが頭に浮かんできちゃって、どうしても行けませんでした。
そして、そんなある日、町の青年からプロポーズされたんです。
その時は、不思議なことに頭が痛くなりませんでした。
でもそしたら、なんで私ここにいるんだろうって思い始めちゃって、早くあの人の所に行きたい、って。
その気持ちが一気に膨らんで、だからプロポーズは断りました。
そしてすぐ、私は旅の準備を始めたのです。
そして今、私はここにいます。
宛のない旅とはこういうことですね、ふふ。
え、老夫婦はどうしたって?
・・・それがその、実は家出当然に飛び出して来ちゃったので、・・・でも、置き手紙はちゃんとしてきましたよ。
それでも申し訳ないって思ってますけど・・・。
と言い、彼女は身を縮こまらせた。
彼女の話を聞くかぎり、ここにきた記憶はすっかり無くなってしまっている。
だとしたら、私が町までの道のりを教えたことなど覚えているはずもない。
私は茶をすすった。
そして聞く。
“君が探している男の名前は、フェリックスと言う名前じゃないかい?”
彼女は大層驚いた顔をした。
そして、彼女の口が動く前に、私は言う。
“彼なら半年ほど前にここを通ったよ。君の話をして行った。彼の後を追いたいなら、この道を通って行くがいい”と右手に延びる道を指差す。彼女は手早く荷物を手に持つと、私に軽く会釈し、すぐさま私が指差した道へと駆け出した。
私はその後ろ姿を静かに見送った。
二人の出会いが凶となるか吉となるかは、いつか、分かるだろう。
私はお茶を飲み干し、新しい旅人を迎える準備をし始めることにした。