表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

僕は知らない

その人の大切なものが他の人にとって大切なものとは限らない話

昔、祖父の宝物に触ったことがある。

あれは、僕がまだ小学生になって間もない頃だった。

箪笥たんすの一番上に乗っていた小さな木箱が気になって、持ってきた椅子に立って、懸命に手を伸ばして掴み取った、変哲のない木箱。

ほこりを払うと箱から、まるで笑うかのように、からからと音がする。

不思議に思って、僕はそれを開けてみた。

けれど、中に入っていたのは、何の変哲のない石だった。

まるで子供が訳もなく詰め込んだ気まぐれの宝物のような、そんな感じだ。

手に取って目の前に持ってくる。石は見た目に反して、ずしりと少し重かった。

そのまま、いろんな角度から石を眺めてみるが、やはりただの石。


(なんだこれ)


「シズ」


「じーちゃん」


振り向けば、祖父がこちらを見ている。

いつからいたんだろう、と訳もなく罪悪感と緊張が襲った。

もしかしたら、大事な物だったかもしれない。

祖父は石に釘付けで、こちらに近づいてきたかと思うと、僕から石を取って、さっきまでの僕みたいに、珍しい物を見たかのように、石を眺め回す。


「これはまた、懐かしい」


そう感慨深くつぶやいて、僕が持ってきたイスを見るとそのまま顔を上げて、箱が置かれていた箪笥の上を見る。

そしていきなり笑い出した。


「ハッハッハッ。そんなところにあったのか。全く覚えとらんかった」


と言い、石を僕が持っている元の箱に納めた。

僕は呆気にとられたまま石を見て、祖父に尋ねた。


「じーちゃん、これ何?」


そう言って戻された石を差し示す。

見るからにただの石で、とても価値のある物に見えない。

箱の中の石は少し揺れて、乾いた音を立てた。

祖父は相変わらず懐かしそうに笑って、僕の知らない過去に耽っているように見えた。


「それはじーちゃんの、大切なものだよ」


僕にはそれが理解できなかった。

大切なものならきっと価値のある物だろうが、こんな石に価値があるのだろうか。

まじまじと見つめる僕に、祖父は笑う。


「価値はない。他人から見ればただの石ころだ。それは、じーちゃんにとって大切な石なんだ」


ますます訳が分からなかった。

顔をしかめている僕の頭を強くなでて、箱に蓋をすると、ひょいと僕の手から持って行ってしまった。

僕は思わず声を上げ、けれど祖父はかまわずに僕に背中を向けて、それを持って行ってしまった。


それ以来石を見ていない。








僕が高校に入って、祖父がとうとう死んだ。

前から体を悪くして病院にいたから、もうこの家に帰ってくることもないかもしれないと、生半可な覚悟はしていた。

だから祖父が死んでも、僕は淡々と作業をこなせるし、泣いたりもしない。

祖父の身辺整理が早々と始まる。

そこで、祖父が懐かしそうに見つめていたあの石を見つけた。

懐かしい変哲のない箱を見つけて、内心驚いた。

まだあったのか。

大切なものだと言っていたけれど、どうして大切なのかは聞かなかった。

きっと、聞いても話してくれなかったかもしれない。

そう思いながら蓋を開けてみる。

やはり、中には何の変哲のない、ただの石。

家の近くに転がっている石と一緒だ。

本当に、なぜこの石が大切なのか、取り出してあの時のように眺め回す。

こんな石が大切だというのだから、きっと深い理由があるのだろう。

しかし、それは誰も知らない。

父に聞けば何か知っているかもしれないが、祖父は死んでしまった。

この石は、誰にとっても大切なものではなくなった。

僕は箱を置いて、石だけ握りしめて、外へ行く。

外はまるで祖父の死を悼むような薄暗い雨模様だ。

僕は傘も差さず、外に出た。

激しい雨ではない、ただ悲しむように降る雨の中。


僕は握っていた祖父の石を投げ捨てた。


石は音を立てて少し飛び跳ねて、そして次第に周りの石と混じって分からなくなった。

僕は石を投げ捨てた方を見つめる。

似た石ばかりが敷き詰められて、雨に濡れて光っている。

雨は僕も濡らして、真っ黒な服がますます重みを増した気がした。

髪を濡らし、頬を濡らし、僕を伝っていく。

あの石はもう誰にとっても大切なものじゃない。

けれど、祖父にはあの石に大切な、誰も知らない何かがあった。

僕はそれを投げ捨てた。

祖父が知ったら、怒るだろうか。

でも、僕にとっては、ただの石なんだ。

そしたら途端に悲しくなって、冷えた頬に熱い物が流れていった。


じーちゃんは、もうこの世にいないんだよ。

もう意味はないんだ。

僕は何も、知らないんだ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ