幽霊と少女
幽霊に唆された少女の話です。
自己責任な話。
冬の訪れを告げる冷たい風が背後から吹いてきた。
それは少女の長い髪を乱し、冷えた頬を更に冷たくしていく。
痛みをも覚える冷たさは、心に閉塞感さえ覚えさせた。
11月上旬。
葉がすっかり落ち、落ち葉で埋め尽くされた並木道を一人の少女が歩いていた。
広い並木道を一人で歩いている光景は寂しく、ひどく不安定な存在に感じさせる。
これからどうしようかなぁ。
そう思いながら落ち葉を軽く蹴り上げてみる。
今はコートから出ている手がひどく冷たくなっているのが気になる。
しかし、それもただ気になっただけで暖めようとせず、力なくぶら下げているだけだった。
ふと、気配がした。
「しほこ、あんたなかなかやるじゃないっ」
興奮で弾んだ、でも遠くから聞こえているような薄い声が頭の上から聞こえてくる。
しほこと呼ばれた少女は、立ち止まると声が聞こえてきた方へ振り向いた。
そこにはあまり年の変わらない、もう一人の少女がいた。
その少女はこの息も凍る寒さの中、平然とセーラー服だけを着用している。
彼女は人懐っこく笑っていた。
「まさか、しほこにこの計画が実行できるだなんて思わなかったわ」
そう、どこか猫にも似た顔で笑い、ショートボブの髪を傾けた。
しほこはそれを聞くと、少女から目線をそらし、少し周りを伺ってから自分の足を見、そして再び歩き出した。
「やるって言ったし」
だから、やった。
そう心の中で呟いて答える。
少女はその横顔を見つめながら、先ほどとは違う、歪んだ笑みを作る。
「もう戻れないね」
「元々帰るような家じゃなかった」
淡々と言い返すしほこに変化はない。
後悔はしない。
この先どんな道でも。
呪文のように何度も心の中で繰り返される言葉。
少女は何を思ったのか、しほこの前に出ると、腕を広げ立ちふさがった。
相変わらず笑う彼女が何をやりたいか、今まで一度も分かったことはない。
しほこはそこを誰もいないかのように通り抜けた。
「ちょっとぉ、無視ぃ?」
少女は頬を膨らませ、しほこの背中をにらみつける。
当の本人は相変わらず、前を向いたまま歩き続けていた。
そして、幾分か歩くと木の影から猫が出てきた。
か細い鳴き声が静かな並木道に悲しく響く。
しほこは猫に気づくと、今までまっすぐ歩いていた足を猫の方へ向け、音を立てないよう気をつけて歩いていく。少女もしほこの後をついていく。
人慣れしているのか、意外にも猫からも近寄ってきた。
そして立ち止まると猫がしほこの足にその体を擦り付けてくる。
その感触とぬくもりを楽しみながら、座り込む。
すると、足の周りを回っていた猫はすっとしほこの前に出て、頭をなでられるのを待つ体勢になる。
しほこは、そんな猫の仕草がかわいくて、そっと、猫の頭へ手を伸ばした。
しかしその途端、猫はビクッと震えると一目散に逃げ出した。
あ、と声が零れ、伸ばした手が空しく宙に漂う。
そしてゆっくりと手のひらを裏返した。
こびりつく血。
真っ黒に酸化した血。
冷たい手のそこだけが、あの時の生ぬるさが残っているように感じ、あの時の記憶が繰り返される。
血。
壁にこびりつき、床に広がっていく血。
その中心にはよく見知った男が倒れていた。
これらの血はかつて、その男の物だった。
男の体の中心には一本の包丁が立ち、この腐臭にも似た臭いからは逃げられないように思えた。
男の高級そうなスーツは見るも無惨に穴だらけだ。
そして自分の体もあの男の血で、スーツに劣らないほどひどく、汚れていた。
後ろから少女の声がした。
「だから言ったじゃん。もう戻れないねって」
軽そうで、心を一気に冷やしていく言葉。
後ろの少女は変わらずに笑っているに違いない。
少女はそれだけ言うと、霧散するように消えた。
そこにいるのはたった一人、血に濡れた少女だけだった。