後編
女の子に案内されて、二人の旅人は様々なニンゲンを見ました。
あるニンゲンは、家族と一緒にいました。
あるニンゲンは、恋人と一緒にいました。
あるニンゲンは、友人と一緒にいました。
みんな幸せそうに笑っています。
ニンゲンは憎み合い、苦しめ合うばかりだと思っていた二人は驚きました。
ニンゲンがあんな風に笑い合うことができるとはちっとも思わなかったのです。
女の子は言います。
「人間は、多かれ少なかれ必ず感情と言うものを持ってるの。そのせいで、人間は誰かを愛せずにはいられないし、反対に誰かを憎まずにもいられない。」
あるニンゲンは、絵を描いています。
あるニンゲンは、音楽を奏でています。
あるニンゲンは、本を書いています。
ニンゲンたちはその内容に感動したり、笑ったり泣いたりしています。
二人の旅人はこれまで芸術のようなものにはあまり関わってきませんでしたが、ニンゲンが生み出したそれはとても素晴らしいものであることは分かりました。
「芸術を生み出すのにもそれに共感するのにも、感受性が必要よ。人間は誰しも強い感受性を持っていて、それは感情と密接に繋がっている。そのせいで、わたしたちの感情はとても不安定でね。ほんの些細な出来事でも、人間は変わってしまうの。」
あるニンゲンは、理由もなく親を疎んでいます。
あるニンゲンは、ほんの少しの行き違いで恋人と喧嘩をしています。
あるニンゲンは、つまらない勘違いから友人と絶交してしまいました。
みんな、少し前まで相手のことを理解し、思い合っていたはずなのに。
「今日分かり合っていても、明日はいがみ合っているかもしれない。
今日愛し合っていても、明日は憎み合っているかもしれない。
それが人間なの。」
あるニンゲンは、久しぶりに親と再会しました。
あるニンゲンは、一度別れた恋人とよりを戻しました。
あるニンゲンは、昔の親友とまた付き合いだしました。
みんな、相手とちゃんと語り合って、再び分かり合えたのです。
「でも、私たち人間には言葉がある。
自分が何を見て、何を聞いて、何を感じて、何を思ったのか、相手に伝えることができる。
憎み合い、いがみ合っている人でも、本心から語り合えばきっと理解し合える。」
あるニンゲンは、反戦デモに参加しています。
あるニンゲンは、社会問題を解決しようと努力を続けています。
あるニンゲンは、伐採された森に植林しています。
みんな、このままではいけないと思った人たちです。
「人間同士で敵対してばかり、この星を破壊してばかり。
この状況を変えるために活動しているのは、今はまだほんの一握りの人だけ。
でも、本当はみんなが変わりたいと思っているはず。
だからわたしは、いつか人間がみんなで協力して行動できる日が来ると思ってる。
人間は変われると信じているの。」
二人の旅人は、女の子の話を静かに、そして真剣に聞いていました。
「最後に、行きたい場所があるの。別にあなたたちに見て欲しいところじゃなくて、単にわたしが行きたいだけ。でも、どうしても行きたいの。お願い、連れて行って。」
「うん、いいよ。」
女の子が行きたがった場所。それは小さな家の、小さな部屋でした。
中では一人の大人の女性が疲れ果てて寝ています。その隣には女の子よりもさらに小さな男の子が、女性にくっつくように寝ています。
女の子はそっと眠っている二人に近づき、泣きそうな表情でじっと顔を見ていました。
しばらくして、女の子は二人の顔にそっとキスをして、つぶやきました。
「いつも、本当にありがとう。」
起こさないように、女の子は静かに旅人の船に戻りました。
「連れて来てくれてありがとう。もう行こ。」
女の子は何も言わず、旅人たちも何も聞かずに、音もなく去りました。
そこは、女の子の母親と、幼い弟が住んでいる家でした。
さて、女の子に案内されて様々なニンゲンを見た二人の旅人は、ニンゲンをどうするか大いに悩みました。
「ニンゲンに手出しすべきではないのかもしれない。」
一人はこう考えました。
「数だけでも減らすべきじゃない?」
一人はそう主張しました。
長い議論の末に、二人は女の子の意見を聞いてみることにしました。
「わたしだって人間なんだから、公平な意見なんてだせないからね。」
そう断って、女の子は言いました。
「さっきも言ったけど、私は人間は変われるって信じてる。
出来れば、あなたたちには何もしないで欲しい。
今滅ぼされたり減らされたりすれば、わたしたちが変われる機会は失われてしまうもの。
でもあなたたちの、このままこの星を放っておけないっていう気持ちも分かる。
だから、こういうのはどう?
今はあなたたちは保護した生き物たちと一緒に旅に出て、あとでまたこの星に戻ってくるの。
その時人間が変われて、少しでも前に進めていたなら、放っておいてあげて。
その時までに人間が変われず、どうしようもなくなっていたら、滅ぼしてしまって。
もしできるのなら、保護した生き物たちをもとに、この星を人間が壊す前の環境に戻してあげて。」
旅人たちはしばらく考えて、女の子の意見を採用することにしました。
最後に旅人の一人は少女にたずねました。
「ボクたちはもう行くけど、君もよかったら一緒に来ないかい?
ボクたちなら君の病気も簡単に治せる。年も取らないようにできる。
いろんな星で、いろんなものを見られるよ。」
女の子は言いました。
「誘ってくれてありがとう、でも一緒には行かない。
家族を置いて旅になんて行けない。
それに、そんなことをしたらわたしだけこの星を見捨てるみたいでイヤ。」
もう一人は言いました。
「君はこの星に残るのか。
そうすると、次に私たちがこの星に来て、ニンゲンを滅ぼすことになってしまった時、もし君がまだ生きていたら、君も殺してしまうぞ。
それでもいいのか?」
女の子はきっぱり答えます。
「いい。
そんなことにはならないって信じているし、わたしがさせない。」
「それじゃあ、せめて病気だけでも治さないかい?
今のニンゲンの医学では、君の病気を治すのは難しいよ。」
女の子はしばらく考えて、答えました。
「確かにこのままだと私の病気は治るかどうか分からない。
わたしが病気のせいで、お母さんも弟も大変な思いをしてる。
それでも、あなたたちに治してもらうわけにはいかない。
わたしだけ治してもらうのは、同じ病気で苦しんでいる人たちのことを考えると、なんだかズルいもの。
これはわたしのワガママね。治してもらえば、お母さんたちはこれ以上苦しまなくていいもの。
でもわたしは、わたしたち自身でこの病気を乗り越えたいの。」
「…そうか、分かった。」
こうして二人は女の子をもとの病室へと送り届けた後、去っていきました。
まだ夜は明けておらず、女の子はベットで眠りにつきます。
次の日の朝、女の子は何事もなかったかのように目を覚ましました。
昨日の夜の出来事は、すべて夢だったのでしょうか?
いいえ、夢ではありません。女の子は、二人の旅人のことをはっきりと覚えていました。
さて、二人の旅人は女の子と別れた後、またあちこち見て回りました。
美しい景色に満足すると、二人はまた船で宇宙を旅しに行きました。
余談ですが、二人がその星にいる間、あちこちでUFOの目撃情報が相次いだとか。
今日も二人は、宇宙の果てを旅しています。
彼らがこの星に戻ってくるのは、何十年後か、あるいは何百年後か…。
人間はどうなったでしょう?変わることはできたのでしょうか?
残念ながら、それはまだ誰も知りません。
でも折角ですから、あの小さな女の子のように私も信じてみることにしましょう。
人間の未来を。
最後に、その女の子の話をしましょう。
彼女はやがて、自力で病気を克服します。
大きくなって、彼女はあの二人のように旅に出て、あちこちを見て回ります。
そして知るでしょう。
世界は彼女の想像よりはるかに醜く、はるかに美しいことを。
人間は彼女の想像よりはるかに残酷で、はるかに優しいことを。
彼女はいろんな人と出会い、絆を結び、恋をするでしょう。
いろんなことをして、いろんな経験をするでしょう。
彼女の人生のなかで、上手く行くことより上手く行かないことの方がずっと多いです。
楽しい思い出より、苦い思い出の方がたくさんあります。
それでも、彼女は自分を不幸だと思うことはありません。彼女はある宝物をもっているからです。
彼女の周りには、たくさん人がいるでしょう。
母や弟、友人や恋人。みんなを彼女は愛して、みんなも彼女を愛します。
人を愛することができる、それこそが何にも勝る宝であることを彼女は知っています。
たくさんの人に見守られながら穏やかな死を迎える最期の瞬間まで、彼女は幸せであり続けるでしょう。




