前編
あるところに、二人の旅人がいました。
彼らは船を使って旅をしています。
と言っても、海の上を進む船ではありません。宇宙船です。
二人は海を渡っていろいろな島を訪ねるように、宇宙を飛んでいろいろな星を訪ねまわっているのです。
二人が何故旅をしているのか、それは彼ら自身しか知りません。
あるいは、科学によって無限に等しくなった寿命のうちに、暇を持て余したのかもしれません。
二人はいい旅人か、もしくは悪い旅人か。
どちらかと言えばいい旅人でした。
二人の船には恐るべき威力の兵器がありましたが、彼らがそれを使うことはほとんどありませんでした。
たどり着いた星を侵略することもなく、ただあちこち見て回って、楽しむだけです。
その星に住んでいる生き物と仲良くできそうなときは、少しの間交流することもあります。
場合によっては、その星の生き物を助けてあげることさえありました。
ひどい病気が広がっていれば、それを全部治してあげます。
星の中で、あるいは別の星同士で戦争をしているときはそれを仲裁します。
大きな隕石が落ちて来た時は、それを消し飛ばしてあげます。
住んでいる星が寿命を迎えて爆発しそうなときは、その星の生き物全てを別の星に移住させてあげることだってありました。
二人はとても優しい心を持っていましたが、実はそれと同じくらいとても冷たい一面もありました。
時々、二人の持つ船や兵器を狙って、彼らを攻撃する生き物もいます。そんな時、二人は容赦なくやり返します。攻撃してきた生き物を滅ぼすこともあります。
彼らに直接攻撃しなくても、その星の他の生き物と共生することなく、迷惑ばかりかけている生き物がいれば、その生き物を殺して減らしたり、滅ぼしてしまうことだってありました。
まあ、そんなことは滅多にしませんが。
さて、そんな二人の旅人が乗った船が、新しい星に到着しました。
美しい星です。海は青く輝き、白い雲が様々な模様を描き出しています。
きっと生き物のたくさんいる、豊かな星でしょう。
二人は喜んでその星に降り立ちました。
宇宙船をこっそり着地させた二人の旅人は、予想以上に生き物がたくさんいて、美しい自然の光景を見て喜びました。
ところがあちこち見て回っているうちに、とてもたくさんの種類の生き物たちが、凄い早さで死んでいき、絶滅しているのに気が付きました。
どんな生き物もいつかは死に絶え、滅ぶ運命を持っていますが、これはいくらなんでも早すぎます。二人は調査を始めました。
原因はすぐに分かりました。この星のあちこちにいる、ある一種類の知的生命体です。
ニンゲンというその生き物には強い力も、鋭い牙も、危険な毒もなく、一匹ずつはとても弱いですが、なかなか発達した知能を持っていました。きっと互いに言葉を交わし、協力してここまで繁栄したのでしょう。
ところが今や、ニンゲンたちは様々な理由で互いに憎み合い、言葉を交わすことなく争ってばかりいます。せっかくの知能も兵器のことに使ってばかりで、他の科学技術は中途半端なままです。
ニンゲンたちは欲望のままに他の生き物の命を奪い取り、利用し、傷つけます。ニンゲンたちの行為によって星全体のバランスがくずれ、環境が急激に変わっていきます。その変化は多くの他の生き物たちを死に追いやり、ニンゲンたち自身も悪影響を及ぼされつつあります。
争うのをやめて助け合い、科学技術をさらに発展させれば十分に問題を解決できるはずなのに、ニンゲンたちはいがみ合ってばかりでちっとも状況は良くなりませんでした。
二人の旅人はあちこちでいろいろなニンゲンを見ました。
貧しいニンゲン。
豊かなニンゲン。
苦しむニンゲン。
それを見て見ぬふりをするニンゲン。
犯罪に走るニンゲン。
良くわからない理由で殺し合うニンゲン。
他にもたくさんのものを見ました。
破壊された森。
汚染された海。
干上がった湖。
広がる砂漠。
このままでは、この美しい星が変わってしまうのは明らかでした。
旅人の一人は言いました。
「これはひどい。ニンゲンという生き物はどうしようもないみたいだね。」
もう一人も言いました。
「そうだな。救いようがない。」
「何とかした方がいいね。」
「ニンゲンをどうにかするか?」
「とりあえず先に、他の生き物たちを調べて保護しようよ。こうしている間にも、どんどん死んでっているよ。」
そうして二人はいろんな生き物をサンプルとして一つずつ集めていきました。
たくさんいる生き物。ちょっとしかいない生き物。ニンゲンがまだ見つけてさえいない生き物。
あっというまに、ニンゲン以外のすべての生き物が一つずつ集まりました。
ここで二人はニンゲンのサンプルをどうするか悩みました。
二人はすっかりニンゲンを滅ぼしてしまうつもりでしたが、一つの種を滅ぼすのならば、せめてサンプルだけでも取っておくべきかどうか迷ったのです。
「ニンゲンのサンプルなんて必要ないだろう。」
一人は言いました。
「せめてサンプルだけは取っておこうよ。」
もう一人はこう主張しました。
二人が話し合った結果、意志疎通ができて、必要最低限の知識を持ち、なおかつ非力で扱いやすいニンゲンの個体を探すことにしました。
しばらくして二人が目をつけたニンゲンは、小さな女の子でした。
女の子はある難しい病気になって、一人で入院していました。
その晩、なんとなく眠れなかった女の子はやることもなく、病室のベットの上でぼんやりと窓の外を見ていると、病室のドアが音もなく開いてあの二人の旅人が入ってきました。
二人に気付いた女の子はとても驚きましたが、すぐに落ち着いてたずねました。
「あなたたちはだあれ?」
一人は答えました。
「私たちは、宇宙を旅しているものだ。」
もう一人も言いました。
「これから君に、ニンゲンのサンプルとして付いて来てもらうよ。」
もしここで女の子が大声をあげようとしたり、暴れようとしたりしても、二人の旅人は一瞬で女の子を連れていくことができたし、実際にそうしようとしていました。
ところが女の子は悲鳴をあげたり抵抗したりすることなく、二人に問いかけました。
「わたしを連れて行って、どうするの?」
「今は特にどうもしないよ。保護するだけさ。」
「どうしてわたしだけ保護するの?」
「他のニンゲンはみんな滅ぼすからだ。」
「えっ、どうして人間を滅ぼすの?」
「せっかくのこの星の貴重な生き物たちがニンゲンのせいでどんどん死んでいっているからさ。このままならニンゲンはたくさんの生き物を巻き込んで自滅する。だから、今のうちにやっつけてしまおうと思ってね。」
旅人たちがそう言うと、女の子はしばらく考えてから言葉を続けました。
「確かに私たち人間はたくさんの生き物を苦しめて、人間同士も傷つけあってる。でも、きっと人間は変われる。すべての人が分かりあって、他の生き物たちと共存できる日がいつか来ると私は思うの。」
旅人の一人が言います。
「だが、私たちが見てきたニンゲンは、そんな簡単に変われるとは思えなかった。」
「どんな人間を見てきたの?」
二人の旅人は、この星に来て自分たちが目にしたものを女の子に話しました。
女の子は二人の話を聞き終わると言いました。
「あなたたちが見たものは全部本当のこと。でも、あなたたちがまだ見ていないものもたくさんあるの。人間をどうするかは、それを見た後に決めて。」
「分かったよ。どこを見てきたらいい?」
「私が教えてあげる。付いて行ってもいい?」
「ああ、構わない。」
こうして旅人たちと女の子は、三人で船に乗り込みました。




