彼女の話 5
少しの間、泣いていた。
我に帰ったのは、さっきの女が玄関を出ていく気配がしたからだ。
必要もないのに、息をひそめた。
二人の会話を聞いていた。
「また、明日来るから。今度は何か作ってくるわ。」
「ありがとう。」
「何か、必要なものがあったら……。」
言い終わる前に、ドサッと音がして、
声が途切れた。
それから、何か、息とも声ともつかない、女の音がした。
泣いているのだと思った。
それなのに、嬉しいような声だった。
切ないような、悲しいような。
そんな声だった。
私の居場所が、なくなってしまった気がして、
私は気が遠くなった。
誰に、どこに、何を……。
考えがまとまらない。
……私はどうすればいいの。
私は死んだのなら、どうして、こんなに胸が鳴るの。
私は、どうして、ここにいるの。
何をすれば、いいの。
そんな事を思った時、ふと、さっきの出来事を思い出した。
確か、男の子が、『その子を探して』と言っていた。
続いて、女性の声がして、『その子を守って』、と言っていた。
その子って……。
すぐに思い出した。
教室の私の机の上に置かれた1枚の紙を。
そこに現れた、女の子の顔を。
「あの子を、探して、守ればいいわけ……?」
そう思ったのが先か後か、さっきの無重力状態を経て、
次に目を開けた時には、教室に戻っていた。
煙のような、靄のような黒いものはまだゆらゆらと揺れていて、
私の机以外はもう何もなかった。
その机の上に、さっきの女の子の紙と、机に削られたような文字が目に入った。
「コノコハ カワニ オチルノデ タスケテネ」
読み終わると同時に、文字は焦げ消え、
また別の文字が現れた。
「オチタラ オマエ マケ」
また文字は消えた。
「この子が、川に落ちるって……。」
そんなことを言われても、どうしたらいいのか。
そもそもマケって言われても、死んでいるのに、勝ちも負けもあるのだろうか。
意味がわからない。
わからないが、他に、何をすればいいのかもわからない私には、
それをする他ないように思えた。