彼女の話 2
怖い怖い。
私が死んだと言う男の声がやまない。
さっき、私が見た、私が血を流している光景が甦る。
教室にいたはずなのに、あたり一面灰色の靄で覆われ、
いたる所から黒い煙がゆらゆらと立ち上っている。
かすかに残る足元の、教室の床だったであろう場所だけが、
ゆっくりと回転している。
お父さん、お父さん。
怖くて、父親の顔を思い浮かべたその時、
足元の床はなくなり、はじかれて、高く宙に舞った。
高く高く上ったと思った途端、一気に落ちた。
無重力に私は目を閉じた。
そして目を開けた時、父親の背中が見えた。
さっきの声はもうしない。
しないどころか、父親の背中と、周りには見慣れた私の家のリビング。
私はソファに座る父親の背中を見ていた。
ゆっくりと近づき、隣に腰かける。
ほら、座れた。私はここにいる。
私は死んだと声が聞こえた。
恐怖を感じた。
しかし、あまりにも理解できない事が起きると、
私は、自分の事が信じられなくなるようだ。
あるいは、人間はみんなそうなのかもしれない。
これは普通だ。
日常。
なかったことにしたいのだ。
『お父さん』と呼びかければ、
いつものように、私を見るはずだ。
いつものように、そして、またテレビに目をやる。
そして、また夕方には買い物に出かけ、
今日は私が夕食を作る。
「ねぇ、お父さん。」
私は呼びかけた。
父は私を見なかった。