彼女の話
何がなんだかわからないまま、私は前から二番目の窓際の自分の席に目を移した。一枚の教科書サイズの紙が机の上にきれいに置いてあるのに気付いた。そこにはモノクロの女の子の写真が写っていた。
手を伸ばし、その写真を見る。と同時に、声が聞こえた。かわいらしい子供の声だった。
「その子を覚えて。その子を守って。その子になって。」
意味が分からない。
すると今度は大人の女性の声が聞こえた。
「その子を覚えて。その子を守って。その子になって。」
……一緒ではないか。しかし他に術もないのでとりあえずまた写真を見た。今度はじっくりと。
少しくせ毛の髪。邪気のない笑顔の口角の隣りには対象のえくぼ。モノクロでわからないはずではあるが、きっと頬は赤く染まり、周りの緑にきれいに映えているのだろう。
……。で?だからどうしたの。この子がなんなの。というか、私、さっきお父さんが叫んでいて、私が倒れていて、血が流れていて・・・・。そう、散歩をしていたのに、どうして教室にいるんだろう。そう思った時だった。
「覚えた?覚えた?」さっきの子供の声。
「覚えた?覚えた?」さっきの女性の声。
「覚えた?って・・・、聞かれても・・・。」
私はこの状況の割にかなり冷静な自分に驚いた。
「一体、なんなのよぅ。」
覚えた?覚えた?
覚えた?覚えた?
ねぇねぇ、覚えたの?
覚えた?覚えた?
もう一度写真を見る。
「覚えたよぅ!」
そう大声で、返事をした。誰にしているのかわからなかったけれど。
良かった
良かったね
うん良かった
良かった
あぁ良かった
良かった
良かった
良かった
そう声が聞こえて、眩暈がしていた。
「その子を 目を閉じて 思い浮かべて 逢えたら 守って」
また女性の声がした。
「僕がやりたかったんだ でも まだ だめだって だからおねえちゃん 絶対 守って 守って 守って そしたら また空を見られるから」
子供の声も聞こえた。
・・・・・・。空を見られるって何よ。いつでも見てるわよ。そう思って、教室の窓からいつも見ていた空を見た。
空を見た、はずなのに、そこにはコンクリートの壁のような、分厚い壁が覆いはだかい、私の周りの教室だと思っていた空間は、みるみる内に机も椅子も黒板も、ロッカーも、花瓶も、何もかも、砂になり、渦を巻き、そして崩れ、残ったものは、ブチブチと音を立てて灰になっていった。
「なんなの……。」
その子を
思い浮かべて
逢えたら
守って
「なんなの……。」
やっと少し恐怖を感じていた。
その時だった。
おまえ
しんだんだよ
おまえ
しんだんだよ
今度は、低い男の声だった。