【20】ご利用は、計画的に
一度仕上げたものを予告通り手直ししてます。
今回の話は微妙なうえ、暗めですみません。主人公の内面を少し進歩させる為でしたけど、ちょっと、ん?かもです。Σ(´Д`;)
次回からまた元の調子に戻していきます。
[お、シャルロードじゃねぇか。宿に戻ってたんだな。]
真っ白な巨体をのっそりと動かして、宿屋『太った猫』亭のザザが話しかけてきた。
見た目太っちょのただの白猫にしか見えないが、実は地竜のリュイよりも長生で『神猫』という種類に分類される珍しい生き物なザザ氏である。なので念通話可能で、こうして話しかけてくるわけだったりする。
「うん、ザザさん久しぶり。」
「『さん』は要らねぇって。つか、今から出かけんのか?あの剣士のにーちゃんはどうしたよ。一緒じゃねぇみたいだが。」
「あっ、うー・・・。」
そうなのである。
私ことシャルロードは今まさに宿屋の出口のドアノブに手を掛け、出ようとしている所だった。
傍にキュアンの姿は無い。
「ちょっとギルドまで御使いに行ってこようかなぁとー。」
[そのナリでか?]
現在の自分は寝間着姿だったりする。
だって仕方無いって!
転生してこの三日間替えの服無しで過ごしてたりしてるんだってば!
転生後、無一文の私が代えの服など持っている訳も無く。風呂は入れても洗濯をどうしたらいいか分からない。キュアンに聞いて「えー、コイツ今までどーしてたワケー?汚いまま?ヤダー。」みたいな微妙な顔されたりしたら立ち直れない。
と、いう訳で、風呂に入るついでに服を洗った後、ベッドの影にこっそり干してきた為、宿レンタルの寝間着着用中という訳だ。因みに下着も代えが無いので干している真っ最中だ。・・・下半身がちょっとスースーするが、背に腹は変えれんのだ。
宿屋の方々、寝間着ズボンの直履きゴメンナサイ。
「似たような恰好でたむろってるオジサン達も居たから別に変じゃないとは思ったんだけど・・・。」
あの後お城で昼食を摂って(すんごい豪勢だった!)、頭脳会議の追加をして、んでまたお城で夕食頂いて、報酬の前金貰ってこのクロロフィルンの町に戻って来た。もちろん、『ワープ』で人気の無い町の近くまで転移してから入ったわけだけど。
宿『太った猫』亭に戻る時、既に辺りは夕闇。
その道すがらパジャマみたいな恰好でワイワイやってるオッチャン達を見かけたから、この時間ともなるとラフな格好でもいけるんだとチェックしてたんだけど、ダメだったかなぁ。
[いや、確かに恰好自体に問題は無ぇだろぉが・・・お前は止めとけ。危ねぇ。]
「ほぇ!?あ、危ない???」
[あの剣士のにーちゃん連れてけ。無理ならせめて前着てた服着てけ。]
多分、こんな時間に子供一人でうろつくな的な事なんだろうけど。服は・・・風邪ひいちゃわないようにとか?ザザ氏ってば優しい!ってか、ヤンキー口調だけど意外と心配性?キュアンと気が合うかもしんないなぁ。
「いや、実は剣士のお兄ちゃんはギルドに呼ばれてて、服はお洗濯中で乾いてないから着れないんだ。」
キュアンは少し前にギルドに呼ばれてて不在だ。
もちろん、行く前に『絶対に一人で出歩くな』と釘を刺され済みである。そして、それを守れない悪いシャルロードなのである。
も、もちろん理由はありますとも!
昼間に約束した、ミーちゃんとの『契約』を行う為ですたい!
このイベントをやっておかないと『ミーちゃん×キュアン』ルートが発生しないかもしんない。BLワールド堪能の為にも、キュアンからのお小言や冷視線、そしてこめかみグリグリ・・・はちょっとヤだけど、それらを我慢してでもやり抜く所存です!
ミーちゃんから『儀式』自体は直ぐに終わるって言われてるし、ひょっとしたらキュアンが戻ってくるよりも早く帰って来れるかもしれない。できればそうであって欲しいとは思う。こめかみグリグリは勘弁だ。
ミーちゃんは『儀式』の準備があるので、ギルドから少し離れたギルド所有の倉庫辺りで待ち合わせしている。その場所に今から行く所でザザ氏に声を掛けられた次第だ。
[じゃ、急ぎでないんならにーちゃんが帰ってくんの待ってから・・・]
「あれ?シャルロードさん、どうしたんですか?」
ザザ氏が尚も言い募ろうとしていると、この宿の看板娘のミルルちゃんが一仕事終えたのかカウンター奥の作業部屋から顔を出して来た。
私フルカスタマイズの美形シャルロード(時々忘れる)の姿を見て顔をほんのり染めて嬉しそうに声をお掛けになっていらっしゃる。
「今からちょっと出て来ます。うちのお兄ちゃんが戻って来たら、直ぐに戻るって言ってたと伝えて貰えませんか?」
「は、はい!わかりました!ちゃんと伝えます!」
うひょわぉっ!
いつもより元気一杯ですね、ミルルちゃんや。
「い、いってきます。」
[お、おい!シャルロードっ!?話はまだ・・・]
「いってらっしゃいませっ!」
ザザ氏がまだ何か言っていたが、ここで答えたら確実に動物を相手に独り言を言う変人決定だ。ミルルちゃんの返事にかき消され気味なのをいいことに、申し訳ないがスルーさせて頂く事にした。
___リリン・・・
入ってきた時と同様、涼しげな音のドア鈴を響かせて私は『太った猫』亭を出る。
***
「えーと、ギルドはこっちだね。」
辺りは夕闇を通り越して宵闇になっている。
ゴチャゴチャと雑多に物が並べられて売られていた大通りも殆どの店が閉まっていて、人も疎らだった。
そーいや、この世界に転生したばっかり以来、久々に一人だ。
新鮮だがやっぱり一抹の寂しさは拭えない。
キュアンが隣に居ないのが不思議に感じているくらいだ。
元々はビバ一人っ!ってな性格だったんだけどなぁ。
人に合わせるのも話すのも得意じゃないし、寧ろ苦手だし。
こっちに来て、私自身ちょっと変わったのだろうか?
「うぅにゅ・・・。」
ってか、さっきから・・・視線が痛い。
思わず顔を顰めて呻いてしまった。
『太った猫』亭を出てからずっと周囲の視線が厳しい。キュアンに黙ってのこのこ外出しているのを責められている気分だ。内容までは分からないが、ヒソヒソ話す声も聞こえる。しかし、こっちから視線を向けると躱されるのだ。ちょっと気味が悪い。
・・・も、もしやマジでキュアン様の手回しとか?
ま、まさかね・・・。
なんだかあのハイスペック元騎士様なら遣りかねない気がして、周囲の視線から逃れる様にそそくさと近道の路地裏に入った。
ギルドの裏手を少し進んだ場所に、ミーちゃんと待ち合わせしている倉庫がある。
月明かりと、これもきっと魔具なんだろう数本の街灯に照らされた石造りの道をポテポテと進む。星が綺麗に瞬く空には半月が浮かんでいた。
「とーちゃーく。」
誰に言うでもなく、独りごちた。
だって人気ないし、少し不気味で恐い感じがし・・・
「おい、『嘘つき法術師』。」
「___っ!?」
私は驚きのあまり、ビクリと体を震わせて硬直した。
人間って本当に驚いた時、声出ないよね。
ってか、この呼び方久々だ。まだそんな風に呼びやがるふてぇ野郎はどいつだってーの!もう法術師だって事は証明済みっス!と、私は勢いよく振り返った。
「オイオイ、何そんなに驚いてんだぁ?」
何だか聞いた事がある声のような。
私が通って来た路地裏から三人のマッチョさんが出てきた。三人とも一様に白い布をマスクみたいにしている。こういっちゃあ何だが、・・・変だし怪しい。最近流行のファッションかなぁ?
ってか、誰?
「だ、誰ですか?」
「ヒデーなぁ?あんな事までして楽しんだ仲だろぉ?」
「???・・・あんな事?」
「おいおい。楽しんだのはズンヌだけだろーが。」
「そうだぜ?俺達ゃあのクソ弱ジジィにエライ目に遭わされ損なんだからよぉ。」
!?!?!?
あの時のワッチョトリオっ!?
ワッチョ三人に襲われた事とナイスミドルさんとの出来事が脳裏に蘇ってきた。
ヤバイヤバイヤバイ!ってか、ヤバイよ!
こうなったら三人とも『睡魔』で眠って貰っ・・・
___パシャッ
「うっ、冷たぁっ!」
術の構築に意識を傾けた一瞬で、ワッチョ達が距離を詰めてきた。そして何かの液体を引っかけられる。どうやら声を掛けられた時点でワッチョ達の間合いに入っていたようだ。
くっ、このワッチョ共、やっぱり実力ある!?
ってか、この液体なにっ!無臭なのに鼻の奥にツンと刺激が!
鼻粘膜をチクチク刺してくるような刺激に涙目になっている内に、ワッチョAに腕を捕られてしまった。ワッチョBがケツを掴んでくる。ワッチョCが・・・ちょっ、ソコは描写すんには際どいからねっ!?ってか触んなバカバカ!!
「おい、コイツ下履いて無ぇぞ?」
「へえぇ~?こうなる事を期待してたのか?」
「ち、違うっ!離せバカっ!」
洗濯後に干した下着の偉大さを今思い知る。今頃ベッド脇で半乾き辺りだろうか。
「それじゃあご期待に添えましょうかねぇ~。」
「違うって言ってる!っうひぁ!」
このワッチョ共、行動が徐々にエスカレートしてきておりやがるっ!
自分の紙腕力で防御してる場合じゃない!
ある程度のセクハラは覚悟で術の構築に集中しないと本気でヤバい!!
今更ながらに自分の甘さ加減に反吐が出そうになる。
ギルドが近いこの場所だし、脳裏にキュアンの顔が浮かんだが、首を振って無理やり消した。これは自分で招いた結果だ。忠告も聞かないでこんな時だけ都合よく頼ってはいけない。
「あっれぇ~?前とは違って随分反応いいな。」
「泣いてるしなぁ?」
「っ!?」
そのワッチョの言葉に初めて涙が零れているのに気が付いた。
ち、違う!これは鼻粘膜がやられたからでっ、反射的な生理現象な訳でっ・・・!
言い訳めいたように考えるも、自分の手も足も震えているのに気が付いて、恥ずかしくなった。結局、恐いんだ。暴力は、・・・怖いよ。
今更ながらに、BLワールドを目指しているにもかかわらず自分が男である事やチート転生者である事を過信していた自分を思い知った。自分がこんな目に遭うとは微塵も予想していなかったのだ。
そんな自分に愕然とする。
怯えた様子の私に気を良くしたのか、地面に引き倒したところでワッチョ達の攻撃の手が緩んできた。諦めの悪い私は反撃しようと術を構築しようとした。・・・じゃないと、合わせる顔が無い。
・・・って、アレ?
な、何?
「へへっ、やっと効いてきやがったな。瞬時に気化しちまうが、即効性で効き目バッチリな魔法薬だぜぇ?」
「法術師にも特殊な術があんだろ?あの弱オッサンに聞いたぜ?」
うげぇっ!ナイスミドルさん余計な情報をっ!!
「ズンヌが大分具合が良かったって言ってたからなぁ?俺達も味わっておかねぇと。」
「そ、それは、僕じゃ、な・・・」
___巻布だ。
ワッチョの腕を掴む、自分の手に、力が入らない。
思考が、拡散、する
視界、が、回る
マ ズ イ
無数の手が身体を弄っているのは理解した。何かが身体の上に圧し掛かってきているのも分かった。肌が外気に触れたのだって分かる。
でも、それ以上の事となると、濃い霧に覆われたような思考が回らない。
やっぱり、・・・・・怖いよぉ。
自分がバカでした。
・・・キュアン、ごめんなさい。
***
_________のっ
______ル殿っ
___シャル殿っ!!
視界が急速に上昇していく。
まだフワフワと漂っているような感覚と、鈍痛が頭に響いた。
「・・・・・・ミ、・・・ちゃん?」
目の前に紫紺色の髪と金色の瞳を持つ見知った美形魔族が。
___眼福でやんすっ!
更に意識がしっかりしてきたと思ったら、今度は胸元が焼けるように熱かった。
「___っ!?」
慌てて胸元を抑えると、見慣れない色が目に映った。
・・・これって、ミーちゃんが着てた上着?
って、自分なんとゆー恰好ですかぃ!?
現在私が羽織っているのはミーちゃんが着ていた筈の、和風な合わせを持つ上着だった。当然ブカブカなので体格差が一瞬で理解できて少し悲しい。その合わせ目から自分の肌が見えた。足も剥き出しだ。
「ぼ、僕何でこんなっ!?あれあれ?何がどうなって?」
「シャル殿、落ち着くのである。」
パニックを起こしていると、ミーちゃんに少し痛いくらいに抱きしめられた。
かなり、イヤ、もの凄く、驚いた。
___これ一体何んのご褒美っ!?
「一人にしてすまぬ。本当に、すまぬ。」
耳に心地よく響く低音美声と体温。
胸元の熱さもいつの間にか治まり、今は自分の鼓動とミーちゃんの鼓動が聞こえる。
「言い訳をさせて貰えば、シャル殿があの服を着て来ないなどとは露程にも想定していんかったのだ。」
「・・・ふ、く?」
あの今頃下着と共に半乾きだろう村人Aな服の事だろーか?
それが一体何だっていうんだろう。
「シャルから離れろ、ミーチュン。」
「!?」
もう何度も聞いた事のある、聞き慣れた声がした。同時に、とても安心する。
声がした方を向くと、暗がりからキュアンがこちらに歩いてくるのが見えた。
「キュアンっ!」
ホッとすると同時に嬉しくなって名前を呼ぶと、キュアンがそのまま真っ直ぐにこっちへと歩いて来た。私の目の前で止まり、ミーちゃんに視線を向ける。すると、ミーちゃんが私から離れた。その後に私に向けた視線は・・・・・・冷たかった。
私は喉の奥に氷をぶちこまれたような感じになった。なのに目頭は熱くなる。
泣くなバカ!悪いのは私、だ。
___キュアンは怒っている。確実に。
「キュアン・・・ごめっ、なさっ」
「こんの、・・・・・・アホシャルロードがっ!!!」
___グリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリ・・・
「うにょえわあああああぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」
宵のクロロフィルンに、私の悲鳴がこだました。
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