淫魔2
家に帰って、僕はお姉ちゃんに相談をした。
「淫魔かぁ。厄介な相手だね」
「うん……」
保健室で会った女の子の名前は江島留美。一年C組の生徒だった。あれから直ぐ家に帰ってしまったみたいで、会えなくて。でも、彼女をこのまま放っておいたら、絶対に魔族堕ちしてしまう。
「まー、対処法はないこともないけど」
「え? あるの?!」
僕は顔をぱーっと明るくさせる。
「要は、たまってるのを解消すりゃーいいんだよ。リアルで彼氏作ってやればOK。もしくはセフレを作るとか」
「そっ、そんな非道徳的なこと薦められないよ!!」
「だって、その子はたまたま保健室で寝てたから発見できたけど、このまま学校こなきゃ会わないんだし、また保健室で寝るとも限らないしさ」
「そうなんだけど……」
「そんなに、その留美って子が気になるの?!」
あれ? お姉ちゃん、なんか怒ってる?!
「だ……だって、もしも魔族堕ちしたら……」
ふーっと深い溜息を吐かれる。
「そりゃー、そうだけど。淫魔の魔族堕ちなんて実際はそんなに件数ないんだよ。早々簡単に淫魔にはならないさ」
僕は自分の部屋に戻った。
カバンを開くと、広樹に無理やり持たされたエロ本が出てくる。
「あ……しまった。忘れてた」
ぺらっとめくると女の子の水着姿が……。
「うっ……」
思いっきり反応を示したので、ベッドに転がる。
「ふぅ……」
超久しぶりにすっきり。でも、女の子もたまる……のか。なんて、昼間の留美の声を思い出して、もう一回おっきくなる。
「ちょ……僕、よっぽど……」
すっきりして、部屋を出ると、隣のお姉ちゃんの部屋に『立入厳禁』の札が下がっており、嫌な予感がする。
「お姉ちゃん?!」
「ん? なぁに? もうちょっと待って……」
ぞくぞくっと悪寒がした。まさか。まさかとは思うが……。
バン! と勢いよく扉が開く。
「はーっ。すっきりした!」
「ぎゃー! もしかして、お姉ちゃん、また盗聴した?!」
「失礼だな。盗聴なんて生ぬるいことしないよ。3つのカメラで生中継だっ」
……。
「酷い! 酷いよお姉ちゃん!! 弟の部屋を盗撮するなんてあんまりだ!」
「手助けが欲しかったら言ってくれればいいのに」
「ちょ、人の話聞いてよ!」
「お姉ちゃん、上手いのヨー」
だめだ。もう僕の手には負えません。
「広樹、これどうも」
次の日、学校で広樹にエロ本を返した。
「おー、すっきりした顔してんじゃん」
「おかげさまで……」
広樹の制服のポケットから、ピンク色の封筒が顔を出している。
「またラブレターもらったの?」
「あー、なんか昨日の子から貰った」
「昨日の子って江島留美さん?!」
「そうそう。そんな名前の子」
広樹と付き合えば、淫魔は離れていくけど……。
「それ、返事どうする気?」
「どーするも何も、俺、もう雪花さん一筋にするって決めたし」
「ちょ、待って! お姉ちゃんはダメ! あんな大人と関わっちゃダメ!!」
必死に止めると、広樹がにこっと面々の笑みを浮かべた。
「裟霧はおこちゃまだから、あの人の良さが分からないんだよ」
いや、わかってないのは広樹だ。あの人の変態は筋金入りだ。まだ恐ろしさが分かってないんだ……。
広樹がガサゴソとラブレターを広げて読む。
「んー、放課後、校舎の裏で待ってるって書いてあるから、ちゃんと断ってくるわ」
「う、うん……」
そりゃー、留美に彼氏ができたら安心だけど、無理に広樹とくっつくのも危険だ。
遊んでポイってやりかねない。
つか、どうして僕の周りはこうなんだろ……。
放課後、気になった僕は広樹のあとをつけた。校舎の裏に行くと、もう留美が待っている。
「広樹先輩……」
「どうも。んで、てっとり早く言っちゃうと返事はノーだから」
ひ、広樹……いくらなんでも、それ可哀相だろってくらい、ドライな断り方だ。
「そうですか……」
留美が泣いている。でも、こればっかりは僕はどうすることもできないし……。
「ほらね、言ったでしょ」
げっ。あれは!!
広樹と瓜二つの姿。間違いない、昨日の淫魔が現れた。
「こういうリア充って、ほんとムカつくよねぇ、留美ちゃん」
留美の背中にピタっと張り付く。
「江島さん、ダメだ! そいつの声を聞くな!」
僕は慌てて飛び出した。
「うわ。昨日の子供か。めんどいなー。こいつの体に取り憑いちゃお」
「え?」
広樹の体に淫魔が重なる。
「こら! 僕の友達になんてことすんだ!! つか、お前、雄だろ?! 男にも憑依できるの?!」
「んー、長時間は無理だけど、たまに男の体に入ってリアルの女の子を食い散らかしてるよ」
「なんて淫魔だ! やっぱり成敗する!!」
ヴァジェラを召還すると、広樹の中に入った淫魔が、ニヤリと不適な笑みを浮かべた。
「俺を倒したら、君の親友も死んじゃうけどね」
「くっ……」
淫魔が留美の肩を抱く。
「さあ、留美ちゃん。人気のないトコ行こうか。それとも、ギャラリーがいた方がいい?」
「ちょ! 止めろ! その体は広樹のもんだ!」
「この体イイよね。これなら、いつもよりも楽しめそう」
「邪悪に笑うなー! シャレんなんないから!」
「なら、私と一発やるかい?」
んげっ、その声は!
あえて聞かなくても分かる、お姉ちゃんだ。
「おー、イイ女ジャン。俺、こっちの方がいいや」
ぽいっと淫魔が留美を突き飛ばした。
「えーっ、広樹先輩! ヤダ! 行かないでー!」
僕は留美ちゃんの体を引き止める。
「ダメだ! あいつは、今、淫魔に取り憑かれてる」
「うっせぇタコ! 手ぇ離せ! あたしは淫魔でもなんでもいいんだよ!! 邪魔すんな!!」
「……」
この子、可愛いのに……。
「んじゃ、淫魔は私が引き受けるから」
「う、うん……って、アレ?」
広樹の体が、ブレている。
「ちょっと、出てって。雪花さんは、あんたの力なんて借りなくても俺落とすから」
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーっ」
奇声を上げて、広樹が分裂する。もちろん、もう一体は淫魔だ。
「こっ、こいつ、俺を追い出しやがった」
「ふふん。リア充は強しだね。でも、これでお前、遠慮なく始末させてもらうわ」
「うぎゃーーーーーーーーーーーーーーーっ」
お姉ちゃんが阿修羅で一刀両断する。
「すごい、一撃ですかっ」
広樹が、ぽーっと頬を赤く染めた。
またしても、僕の出番なし。
「いいかい、お嬢ちゃん。夢の中に逃げてちゃダメだ。男はリアルでちゃんと捕まえな」
「は……はい」
留美も大人しく頭を下げる。
「広樹先輩まで危ない目に合わせてしまって、ごめんなさい」
「まー、俺はあんなのに体を支配なんてされないケドね。まあ、君もこれに懲りて、もっと堅実な男つくんなよ」
「……僕達、まだ高校生なのに」
ボソッと呟くと、広樹とお姉ちゃんが同時に僕の顔を見る。
「やば。今、私、ちょっときた」
「雪花さん、俺もきました」
「な……何が?」
「裟霧、お姉ちゃんと一緒に禁断の扉開けちゃおうよ」
「ぜひ俺も混ぜてください! 三人でOKです!」
「死んでも断る!!!!!」
僕の周りは変わった人が多い。
でも、僕は負けない。
絶対に毒されないからね――――。






