東雲家の日常
「なあ、お姉さんの名前は?」
「東雲雪花」
「んじゃ、年齢は? 誕生日は? 血液型は? スリーサイズは?」
「……四歳上だから二十一歳。んで、そんなにお姉ちゃんのことを聞いてどうするの?」
「どうするって、そりゃー知りたくもなるだろ。あんな綺麗な人、見たことないぞ」
この、必死にメモを取っている友人は根元広樹。カッコいいし女子に超モテるのに、どこか残念な親友だ。
「でも、広樹は本性みたでしょ? お姉ちゃん、怒ると悪魔よりも怖いよ?」
「あの、いかにもボンテージファッションと蝋燭とムチが似合いそうな感じがいいんだヨ。あー雪花さん、ハイヒール履いて俺を踏んでくれないかなぁ」
「……」
僕のお姉ちゃんは、弟の僕から見ても美人だとは思う。でも、キレたら手がつけられない一族最強の魔族ハンターだ。
実は……僕はまだ見習いなんだけど、お姉ちゃんは政府からの指令を受けて仕事を引き受けていた。
「裟霧、お姉ちゃん、ちょっと三日ほど仕事で家を開けるから」
「うん、分かったよ。気をつけて行って来てね」
「裟霧~」
むぎゅうっと抱きしめられる。胸を押し付けられて、僕は窒息死寸前だ。
「ぐ、ぐるじぃ……」
「お土産買ってくるからね。良い子にして待っててね」
ぶちゅーっと唇にキスされる。子供の頃は、まったく気が付かなかったが、お姉ちゃんはちょっとおかしいらしい。ブラコンなんて可愛い感じじゃなくて、ちょっと病的に僕に構ってくる。
「あっ、そういえば、なんでこの前、僕が小津君に襲われてたのが分かったの?!」
「あー……」
お姉ちゃんが、言葉に詰まるなんて最高に怪しい。
「愛よ。愛。お姉ちゃんの愛が、裟霧のピンチをピピっと感じ取ったの」
「……また、僕に気づかれないように盗聴器つけたでしょう? どこに付けたの?! 携帯電話? 時計? 生徒手帳?!」
お姉ちゃんが、ニヤリと三日月型に口角を上げた。
「そんな、直ぐに発見されるようなトコにつけるわけないじゃない」
……どうやら、想像を軽く超えているところに付けたらしい。
「もうヤダよ! 止めてよ! 僕にプライバシーはないの?!」
「ない」
と、きっぱりと断言される。
「おかしいよ! いくら姉弟でも、盗聴器なんてやりすぎだよ!」
「んじゃ、この前みたいに裟霧に危険が及んだらどーすんの? お姉ちゃん、心配でおちおち仕事にも行けなくなっちゃうよ?」
「ぼ……僕だって、もう子供じゃないんだ。自分の身くらい自分で守るよ」
「……殺されそうになったクセに」
ドキ。
「器がクラスメイトだからって、手も出せなかったクセに」
ドキドキドキ。
「あっ……あれは……、僕はどうしても小津君を助けたくって……」
お姉ちゃんが、ふーっと深い溜息を吐く。
「まあ、私は、そんなお人好しの裟霧が好きなんだけどね。でも、またこの間みたいな目に会ったら、あんた死ぬよ?」
拳をぎゅっと握る。僕は、たぶん一族で一番弱い。そして、クラスメイトさえも助けてあげることができなかった。
「魔は、どこにでも存在していて、いつでも人を襲う。だからね、お姉ちゃんが心配するのも分かっておくれ」
「……でも、盗聴器はやりすぎ。なんか、緊急ブザーみたいなものにしようよ。危険を知らせる特殊な警報装置みたいなやつ」
「ふーん、そんなにお姉ちゃんに知られたくないことがあるんだ」
「当たり前ジャン! 僕だって、人に知られたくないことくらいあるよ!」
切れ長の瞳でじーっと見下ろされる。
「……まあ、身長は伸びないし童顔で中学生みたいだけど、一応年頃の男の子だしね。仕方ないか」
「お姉ちゃん、一言余計だよ! つか、お姉ちゃんは何でそんなに背が高いのに僕が伸びないのさ!」
「さあ? これから伸びるんじゃない? 私は今でも少しづつ伸びてるけど」
「……」
神様は意地悪だ。
お姉ちゃんは175センチもあるのに、僕は160センチしかない。
「大丈夫だよ、裟霧。男の子は、まだまだこれから伸びるんだから」
子供のように頭をナデナデされる。お姉ちゃんにとって、僕はまだ幼稚園児みたいなものらしく、いつまで経っても態度が変わらない。
「へぇ。んで、盗聴器は外してもらえたの?」
「うん。最後までどこにつけたか白状しなかったけど。たぶん、取ってくれたと思う」
「チッ。それ、俺、欲しかったな」
「広樹が何に使うの?」
「ふふっ」
その満面の笑みで、その先は聞くのを止めた。きっといかがわしいことに違いないから。
「でも、裟霧が今まで家族の話しほとんどしなかったのも分かったし。なんか俺は嬉しいかも」
「そ……そう?」
「あーあ、雪花さん、弟の代わりに俺を溺愛してくれないかなーって、あ、そうだ! 肝心なコト聞くの忘れてた!」
「な、なに?」
「そ、その……彼氏いるのかな?」
「あー……」
ヤバい。これだけは絶対に言えない。
「どうしたの? 裟霧、体が震えてるけど」
「雪花さん、お願いします! 僕と付き合ってください」
「えー、嫌」
「何でもします! 何でも言うコト聞きますから!」
「私、裟霧以外の男に興味ないから」
「さ……裟霧さんて、確か実の弟さんでは……」
「だから何?」
思い出すだけでも恐ろしい会話だ。でもお姉ちゃんはいつも平然と口走る。そして、硬質の美貌と呼ばれるだけに、常にポーカーフェイスだからどこまでが冗談なんだかよく分からない。
「冗談のわけないじゃん。本気だけど?」
「あ、あの……でも、その、僕とは……つまり……」
「あー、もしかして一回やったくらいで本気になっちゃった?」
お姉ちゃんは鬼畜だ。きっと男の敵だ。
「残念だけど、私、遊び以外の付き合いしないから。はい、あんたの番号携帯電話から消去っと」
いつか刺されると言われそうだけど、そんな猛者は地球上に存在していないだろう。
これが僕のお姉ちゃん、東雲雪花です。