お姉ちゃん登場
腰まで届く長い黒髪、切れ長の瞳に細い顎、すらりとした長身の体系。そして、左手に炎が燃え滾った剣を握っているその姿は紛れもない。
「お姉ちゃん……」
「このクソ魔族、私の裟霧を傷つけた罪は重いよ」
お姉ちゃんが『阿修羅』を振りかざした。その緩慢な動作だけで、一帯の魔力が飛び散って祓われる。
「うわ、裟霧に、こんな美人のお姉さんがいたなんて、俺、知らなかった……」
「ちょ、広樹、まだいたの?! 逃げてって言ったでしょ!」
「うん、逃げようと思ったけど止めた。片倉さんは、とっとと逃げたから大丈夫だよ。それよりもさー、裟霧、お姉さんに紹介してよー。俺、裟霧の親友の根元広樹って言いま~す! 現在17歳、独身で~す!」
広樹はガン無視で(当たり前だけど)お姉ちゃんは小津君ともども魔族を退治する気満々だ。
「お姉ちゃん、小津君は助けてあげて! お願い!」
「裟霧なら分かるだろう。これはもう『人』じゃない」
うっ……と言葉を詰まらせる。メタモルフォーゼしてしまった実体は人には戻れない……それが定説だ。
「それに、分かってるだろう? 裟霧を傷つけたモノは人だって、殺すよ」
お姉ちゃんの瞳がぎらっと輝く。
「うわ、お姉さん超絶美人だけど、超絶コエー、でもそこがイイネ!」
「んもう、広樹も黙ってよ! 小津君が殺されちゃうかもしれないんだよ?!」
広樹が、急に真顔に戻る。
「ああ、分かってるよ。でも、もう元の小津には戻れないんだろう? だったら、あのまま生かしておくのも可哀相じゃないか?」
真っ赤な瞳、犬歯のような歯をむき出しにした裂けた口、黒い羽。
もう、小津君は人の形をしていなかった。
もう、手遅れになってしまった。
「ギャシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
小津君が、お姉ちゃんに飛び掛る。
「斬」
一閃で小津君は倒された。
「裟霧、そして、そこの坊やもよく聞きな。これが東雲一族の仕事。魔族狩りだ」
「分かってる。分かってるけど、でも、それでも助けたかったんだ……」
「裟霧……」
広樹にポンと肩を叩かれる。
僕はその時、泣いていたかもしれない。
「しかし、裟霧に、あんな秘密があったとはねぇ……」
翌日、小津君の机には白い花が飾られた。
僕は、その花を直視することができなかった。
「おい、お前がいつまでも落ち込んでても仕方ないじゃないか」
広樹に励まされても、僕は俯いたまま顔を上げれない。
「そうなんだけど……」
「あー、ほんっと、あのキモ男が死んでくれて良かったよねー」
「私達に変な催眠術なんてかけるからバチが当たったんですわ」
「あは。いえてるー」
片倉さんと渡部さんが、楽しそうに笑ってる。
僕は、がたっと音を立てながら席を立った。
「おい、裟霧……」
「渡部さん、片倉さん、もう止めてください」
「は、はあ? 何言ってんのいきなり」
「東雲君、あんな下衆の死を悲しむことはありませんよ。あの人はいらない人間。ゴミだっただけですわ」
バン! と机を叩いた。二人が驚いて黙り込む。
「おい、裟霧」
広樹に肩をつかまれ、教室を出る。
廊下を歩きながら、隣を歩く長身の男を見上げる。
「なあ、広樹。この世で一番怖いものは何だか知ってる?」
唐突に質問をすると、広樹が真顔で答えた。
「ああ、知ってるよ。人間だろ?」
『魔』は人から生まれる。
心に隙があれば、いつでも人は魔に堕ちるのだ――――。