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低魔

 この世界は、結構複雑だ。

 科学じゃ説明できないようなモノが確かに存在するし、人の世に闊歩している。

 僕らは、そいつらのことを『魔族』と呼んでいた。『魔』から生まれた生き物だからだ。



「これ、傀儡の術だよ。恐らく、仕掛けた奴が近くにいる」

 キョロキョロと教室を見渡すと、広樹がしれっと答えた。

「んじゃ、小津だろ」

「なんで?」

「すげー勢いで、教室から出てったから」

 確かに、一番怪しいのは小津君だ。渡部さんは聖水をかけられて、そのまま床で気を失っているが、小津君と片倉さんの姿が消えていた。

「ちょ、追いかけないと!」

 二人を追い、勢い良く教室を出て廊下を走る。

「おい、待てよ! 俺も一緒に行くって」

 なぜか、後ろから広樹まで追いかけてきた。

「危ないから広樹は教室で待っててよ」

「やだね。なんか楽しそうじゃん」

 能天気に言われ、僕は、眉をぎゅっと眉間に寄せる。

「全然、楽しくなんてないよ。あれは、ロウ・デーモンだ」

「ろーでーもん?」

「うん。低級の魔族は、ちゃんと契約しないで人間に憑依するから見つけにくいんだ。魔力も低いしね」

「ふーん。でも、俺、オカルト的なのって一切ダメなんだよね」

「んじゃ聞かないでよ。つか、ホント、危ないから着いて来ないでよ!」

「着いてくんなって言われれば、行きたくなるのが人のサガってモンでしょ。それにさぁ、ちょっと意外。童貞で童顔の裟霧がオカルトマニアだったとはねぇ」

 悔しいけど、これが一般人の反応だ。

 でも魔族はいる。恐らく、小津君は低級魔族ロウ・デーモンに憑依されている。

 それに、

「オカルトマニアと、童貞と童顔は激しく関係ないと思うけど。僕、童顔も気にしてたのに……」

「いーじゃん。裟霧は、そこらの女より全然可愛いよ」

「……」

 上から吹き降りてくる風から、微量の魔力を感じ取った。

「こっちか」

 屋上に続く階段を全速力で駆け上る。


「くそっ! 着いてくんな!!」

 ――――やっぱり、屋上に小津君はいた。隣に片倉さんもいる。

「小津君、しっかりして! 君は低級の魔族に取り憑かれてるんだ!」

「うるせぇ! 俺は神になったんだ! 世界中の美少女は俺のモンだ!」

「……うわぁ。なんか、俺、小津が可愛そうになっちゃった」

 後ろから着いてきた広樹が目を半目にする。

「そんな魔力じゃ、世界中の美少女でハーレムなんて無理だよ。せいぜい二、三人」

「二、三人でもいーんだよ! お前らの憧れの的の美少女二人が手に入ったんだからな!」

「渡部さんの傀儡の術はもう解けてるよ。片倉さんにかけたのだって、せいぜい一日くらいしか持たないよ。それに小津君、それ以上、魔族を憑依させたままにしてたら『魔族堕ち』しちゃうよ?!」

「おい、魔族堕ちってなんだ?」

 広樹に聞かれ、仕方なく答える。

「魔族っていうのは、生物を媒体としないと実体化できないんだ。だから憑依して、魂や精神を乗っ取っていく。全て吸われた人間は、自我を失って魔族に体を明け渡しちゃうんだ。そうなった人間は、もう人とみなされずに『魔族堕ち』って言って処分の対象になれる」

「なるほどね。話の筋は通ってるみたいね」

「んもう、信用してないんなら、あまり聞かないでよ。僕、忙しいんだから」

「あー、ええっと、もう一個。処分って……殺すってこと?」

 広樹の質問に、胸がギクリとなった。

 正直、それが正解だ。

 魔族堕ちした人間は、殺される。そして、それが東雲一族、僕の属する一族の生業だ。

「あっ、ええっと、そ、そそそそ、それは、そのぉ……」

 言いたくなくて言葉に詰まる。だって、この世界では、それを『人殺し』という。いくら中身が魔族と取り変わっていたとしてもだ。

「俺は、そんな脅しきかないぞー! 人間なんて全然怖くないしぃ。俺のことをバカにしてた女どもも、みんな奴隷だ!」

「んー、なんか同情しちゃうね。俺は可哀相で小津が正視できないよ」

「うるせー! 根元! お前は殺してやる!!」

「ま、待った! ダメだよ! それ以上、魔力を使っちゃ!!」

「東雲はともかく、俺は根元みたいなイケメンでカッコ良くて女にモテる男が大嫌いなんだ!!」

 広樹に煽られ、小津君が怒り狂ったように黒い煙を体から立ち上らせた。

「東雲はともかくっていうのが気になるけど、僕は、もうこれ以上、君に魔力を使わせないからね!」

 左手の拳を握って目の前に突き出す。

「ヴァジェラ!!」

 握った拳から、真紅の炎が燃え盛った。炎は柄を作り左右に槍状の刃を形どる。

「な……なんだ?!」

 さすがに、広樹も面食らっている。握った拳から炎を出し、何もなかった空間から武器が出てきたら、手品みたいに見えることだろう。

「これは『独鈷杵どっこしょ』。僕たち、東雲一族は『退魔具』を召還できるんだ」

 一メートル近くにも成長したヴァジェラを、くるっとバトンのように三回転させた。聖なる炎が苦しいのか、小津君が顔を歪めて後ずさる。

「陽人君逃げて!」

 片倉さんが、小津君を庇うように立ちはだかった。

「どいて! 片倉さんも、お願いだから正気に戻って!」

 魔族に憑依されたり術をかけられるのは、心に隙があるからだ。気を強く保てばかからないし、自分で解くことも可能である。

「片倉さん、こっちにおいで」

 広樹が、ぱーっと両手を広げた。

「うっ……根元君……」

 片倉さんが、小津君と広樹を交互に見つめ、広樹の方に走っていく。

「根元くーん」

「はい、キャッチ」

 広樹が片倉さんを抱きかかえた。悔しいけど、術が解けたようだ。

「ぐ……ぐそぉおぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!!」

 小津君が怒りの魔力を滾らせた。体中から黒い煙が放出し、邪悪な魔力をまとって僕に襲い掛かってくる。

「だ、ダメだ! 小津君!」

 僕は切りかかることなんてできない。ここには広樹もいるし、片倉さんもいる。それに、小津君はクラスメイトだ。魔力を使ってちょっと悪戯したみたいだけど、殺すほどの悪さはしていない。それなのに――――。

 悪魔堕ちすれば、死が待っている。僕が見逃しても、他の誰かが殺してしまう。

「ぎゃーーーーーーーーっはっはーっ! 逃げ回ることしかできねーじゃん! 弱えーのにしゃしゃり出てくんな、バーカ!」

「くっ……」

 黒煙がナイフの刃のように、襲い掛かってきた。ヴァジェラで叩き落したが、数が多い。

「つっ……」

 刃の一つが肩を貫いた。実態は無い物だが、退魔具と同じ原理で人に触れれば普通に傷がつく。

「きゃーーーーーーーーーっ!」

 片倉さんが悲鳴を上げる。

 僕の右肩から、どくどくと赤い血が噴出した。

「東雲君、そのキモ変態ぶ男をさっさと殺しちゃって!!」

 そう叫んだのは片倉さんだ。

「ほんっと、そいつ気持ち悪い。私に変な催眠術かけて、いやらしいことしようとしてたんでしょう?! 早く死ねばいいんだわ!」

「ちょ、止めて! これ以上怒らせたら、小津君が悪魔堕ちする!」

「……マジ、三次元の女なんて死に絶えればいいのに」

 小津君が、ゴゴゴと唸りを上げて黒い煙に包まれた。眼球が真っ赤に染まり、口が裂けて背中から蝙蝠のような羽が生える。

「小津君……」

「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 奇声と共に、黒い糸のようなものが無数に飛んできた。体を絡めとられ、自由を失う。

「しまった……これじゃヴァジェラが使えない……」

 体中を、ものすごい力で締め付けられる。骨が軋み、ゴリっという嫌な音がした。

「裟霧!!」

 近寄ろうとした広樹を止める。

「広樹! 片倉さんを連れて逃げて!!」

 本当は殺したくない。まだ可能性があるなら助けたい。小津君に、まだ心があるなら。

 ごふっと血を吐いた。肋骨が折れたかもしれない。


 でも、このままじゃ……やられる……。



 ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!



 その爆風と共に、体を拘束していた糸が解けた。

 ぜえぜえと肩で荒い息をしながら、小津君の姿を確認する。

「小津君……!」

 彼の体は吹き飛ばされ、給水棟のコンクリートにめり込んでいた。

「だっ、誰だ!!」



「お前は殺す」



 僕は、その声でびくっと首だけ反転させた。

 

 


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