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傀儡

裟霧さぎり、この世で一番怖いものは何だか知ってるかい?」

 お姉ちゃんに聞かれ、僕は得意げに頷いた。

「うん、知ってるよ。悪魔でしょう?」

 お姉ちゃんは「いいや」と首を横に振る。

「違うね。この世で一番怖いのは悪魔でも幽霊でもピストルでもないんだよ。この世で一番怖いのは人間さ」



 子供の頃は、お姉ちゃんの言っていた事の意味が分からなかった。あまりにも漠然としていて、理解できなかった。

 でも、今なら――――この状況なら、少し分かる気がする……。

「ちょっと、陽人ようとに馴れ馴れしくしないでよ!」

「あなたこそ、図々しいんじゃありません?! 陽人君を呼び捨てにするなんて、さすが知性の欠片もない巨乳をひけらかしているだけのことはありますわね!」

「なにおー! この貧乳メガネ女!」

「お黙りなさい売女!!」

 授業も終わった放課後、ゴミ捨てから戻ってきたら、クラスの女子が喧嘩を始めていた。僕は目を見開いてパチクリだ。

「な……なに? これ……」

 髪の毛を掴みあったり、平手で叩き合ったり、女子プロレス並みの乱闘だった。奇声を発し、他に残っていた数名の生徒もドン引きしている。

「さあ、突然始まったんだよ。俺にも何が起こったのかさっぱり」

 僕の帰りを待っていた親友の根元広樹ねもと ひろきがお手上げのポーズを作った。なんでも、掃除の時間が終わった直後、突然、何の前触れもなく始まったらしい。

「ちょ、ちょっと止めなよ。片倉さんも渡部さんも仲良かったじゃない」

 喧嘩を止めに入ったら、

「うるさい包茎!」

「童貞のあなたには関係ないことです」

 と、言葉のナイフをグサグサ刺される。

「……広樹ぃ、どーして、彼女達、僕の秘密を知ってるんだろう」

 がっくりと広樹の所まで戻った僕は涙目だ。

「うわ、酷い言われよう。つーか、秘密だったのか。というかどうせ当てずっぽうに言われただけなんだから、そこまで落ち込むな。まー、放っておけば。俺達関係ないし」

「でも、女の子同志で取っ組み合いの喧嘩だなんて……」

「お前、また止めにいったら、さっきよりも酷いこと言われるぞ」

「そ、それはヤだな……」

 二人の喧嘩はまだ続いている。

「いい? 陽人は私と付き合うの!」

「いいえ、陽人君は、私とお付き合いするのです」

 僕はさっきから、ずっと二人が取り合っている『陽人』が気になっていた。もう、カバンを抱えて教室を出ようとしている広樹を引き止める。

「ねぇ、さっきから陽人って人を取り合ってるみたいだけど、誰? うちの学校じゃないよね?」

「いんや、うちの学校。しかもうちのクラス」

「へ?」

「あれ」

 広樹が一点に指を差す。その先に座っているのは、クラスメイトの小津君だ。

「え”? ……小津君?」

「いかにも」

 ちょっと意外でびっくりする。申し訳ないけど、小津は、女の子たちが取り合うようなキャラじゃないからだ。

「何がいーんだか、うちの高校1巨乳の美少女渡部加奈子ちゃんと、うちの高校1清楚な知的美少女の片倉由佳ちゃんが、よりにもよって『ガマガエル』を取り合ってるってぇわけよ」

 小津君とはほとんど話したことないけど、以前に他の子とやっぱ女の子は二次元だよなーみたいな会話をしているのを聞いたことがある。にきび面で肩にフケが溜まっていても気にしない不潔なタイプだから、当然のように女の子からも避けられていてモテるという話も聞いたことがなかった。おまけに背が低く、太っているので女の子たちから付けられたあだ名は『ガマガエル』だ。

 その小津君を、我が高校代表とも言える美少女二人が取り合うなんて、青天の霹靂だ。

「うわ……裟霧、その正直な顔やめろ」

「う、顔に出てた?」

 僕は、無意識に変顔していたらしい。

「信じられないって書いてあるぞ」

 でも、僕の疑問はもっともだと思う。一体、この三人に何が起こったのか超気になる。

「だって、だってだよ? 小津君と言えば、キモイ、ダサい、臭いで女子から嫌われてたじゃない」

「お前、正直も通り越すと失礼だぞ」

「それに小津君の目つき、男の僕が見たって気味悪いっていうか気色悪いって言うか」

「気味悪いも気色悪いも同じ意味だな」

 ――――やっぱり、変だ。嫌な胸騒ぎがする。

 これは……。

 僕は、小津君に向けて目を細めた。

「きゃあああああっ!」

「いてっ」

 片倉さんに張り飛ばされ、渡部さんが吹っ飛んでくる。そのまま、僕は下敷きにされ床に体を打ちつけた。

「おい、大丈夫か? 裟霧」

「いてーーーーーーーーーーーっ」

 うつぶせになった僕の腰の位置に座りながら、渡部さんが悪態をつく。

「うるせぇな子供ガキ! そんなトコにボーっと突っ立ってんじゃねーよ!」

 広樹が、僕の顔の近くで座り込んだ。

「散々だな。でも、そんなに痛がるなんてちょいオーバーっつーか、加奈子のケツに敷かれるなんて、ちょっとラッキーだぞ」

 僕は、その痛みに顔を顰めている。

 上に乗っかられて痛いのではない。

 この肌をピリピリと差すような痛み。そして、気持ち悪くなりそうな不快な感触は……!

「ち、ちがっ……この感じは……」

 僕の上から立ち上がった渡部さんの背中に、ズボンのポケットから取り出した小瓶の中身をぶちまけた。

「渡部さん、ごめん!」

「うぎゃああああああああああああっ!」

 渡部さんの背中から、プスプスと黒い煙が立ち昇る。まるで危険な薬品がかかったかのように、苦しげに暴れ始めた。

「あ、熱い……! い、痛い……嫌だ……怖い……」

 渡部さんが白目を剥いて気絶する。

「お、おい! ちょ、何ぶっかけてんの?!」

 広樹が慌てるのも無理なかった。僕だって、こんなに苦しがるとは思っていなかったからだ。

「ザマーミロですわ。東雲君、淫乱女退治ご苦労さまです」

 片倉さんが、高笑いしながら小津君と腕を組む。

「これは聖水だよ。渡部さん、何者かに操られてる」

「は、はぁ?!」

「恐らく、片倉さんも」

「どういうことだ?!」



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