第三話 竹藪の清談と七変の命名――あるいは蔑称(べっしょう)の受容
第一章 職員室裏の桃源郷
聖交学園の部室棟は、職員室の壁一枚隔てた隣に位置しているが、その裏手には、校舎の増築工事から取り残された、鬱蒼たる竹藪が広がっていた。
昼休み。陽光を遮る竹の葉が、風に擦れてサラサラと乾いた音を立てる。
そこは、教師の視線も届かぬ死角であり、紫煙(煙草ではない、蚊取り線香だ)の匂いが漂う、彼らだけの庭であった。
白井紫影が入部して数日。彼は早くもこの空間に馴染んでいた。
古びたゴザの上には、七人の男たちが車座になっている。
中央には、茶釜と、購買部のパンの袋。
彼らは、古代中国の**「竹林の七賢」を気取り、俗世の価値観を否定する高尚な議論――即ち「清談」**に耽っていた。
「……やはり、ブルマの角度は四十五度が至高ではないか。」
寺石が、数学の教科書に落書きをしながら論じる。
「否。」鷹がクロッキー帳を掲げる。「物理演算的には六十度のハイレグこそが、大腿筋の躍動を最も美しく見せる。」
蛮座が眼鏡を光らせる。「それは資本主義的な露出競争の末路だ。私は、旧スクールの紺色にこそ、禁欲的なエロスを感じる。」
端から見れば、変態たちの井戸端会議である。
しかし、彼らの表情は、国の行く末を案じる幕末の志士の如く真剣そのものであった。
第二章 筋肉の襲来
その竹藪の入り口に、異質な影が落ちた。
ザッ、ザッ、ザッ。
軍靴の如く重々しい足音と共に現れたのは、腕に**「風紀」**の腕章を巻いた、数名の生徒たちであった。
彼らは一様に、日焼けした肌と、鍛え上げられた(しかし使い道のない)筋肉を制服の下に隠し持ち、その眼差しには、知性のかけらも見当たらなかった。
風紀委員。
それは、学園の秩序を守るという大義名分の下、異質なものを排除することに快楽を覚える、思考停止した体育会系の群れであった。
「……おい、お前ら。またここで気色の悪い話をしているのか。」
先頭に立った委員の一人が、汚物を見るような目で寺石たちを見下ろした。
彼らの視線は、寺石のボロのマントや、白井の剃髪、そして彼らが囲んでいる美少女雑誌の表紙を行き来し、生理的な嫌悪感で顔を歪めている。彼らにとって、オタクとは「理解不能な異界の住人」であり、脊髄反射で排斥すべきウイルスに過ぎないのだ。
「魏晋南北朝の賢人気取りか? 笑わせるな。」
風紀委員は、鼻で笑った。
「昼日中から薄暗い藪の中で、二次元の絵に欲情するなんざ、健全な男子のすることじゃねえ。……まさに、竹林の七賢ならぬ、**『珍竹林の七変人』**だな。」
「……!」
白井が色めき立ち、腰を浮かせた。「貴様、侮辱するか!」
しかし、寺石が片手でそれを制した。
「待て、白井。……続けさせろ。」
風紀委員たちは、自分たちの放った「上手いこと言ったつもり」の蔑称に満足し、ゲラゲラと下卑た笑い声を上げながら去っていった。
「明日の壁新聞にでも載せてやるよ。『珍竹林の七変人、ここにあり』ってな!」
第三章 逆転の命名ごっこ
嵐が去った後の竹藪に、静寂が戻る。
白井は拳を震わせていた。「おのれ、あの筋肉だるまたちめ……! 我々をさらし者にする気か!」
しかし、隣にいた寺石の反応は違っていた。
彼は、遠ざかる風紀委員たちの背中を、憐れむような、あるいは珍しい昆虫を観察するような冷徹な眼差しで見送っていた。
「……**『珍竹林の七変』**か。……悪くない。」
「は? 貴様、頭が沸いたか?」
白井が詰め寄るが、寺石はニヤリと笑い、黒板(持参していた携帯用黒板だ)にチョークを走らせた。
「彼らは我々を『変人』と呼んだ。だが、凡俗な彼らの尺度で測れない存在は、すべからく『変』なのだ。ならば、我々も彼らに相応しい名を奉ってやろうではないか。」
寺石は、流麗な文字で書き殴った。
【十欠集】
「本来は『十傑集』と書くべきだが、彼らには人として決定的な何かが欠けている。知性、デリカシー、想像力……。十の美徳を欠いたエリート気取りの集団。これぞ彼らの本質だ。」
「なるほど!」
蛮座が膝を打った。「ならば、あの筋肉バカの集団にはこれが相応しい。」
【九大低脳】
「『九大天王』のもじりだが、彼らの脳味噌の皺の少なさを端的に表している。思考よりも反射、対話よりも暴力。まさに低脳の精鋭部隊だ。」
部室は一転して、高度な言葉遊びの場と化した。
鷹がスケッチブックに、風紀委員たちの似顔絵を、極端にデフォルメされた猿のような姿で描き殴る。
鈍蔵が土器片を磨きながら呟く。「彼らの精神構造は、縄文人よりも単純だ。土偶の方がまだ愛嬌がある。」
終章 旗印の誕生
彼らは笑い合った。
蔑称をつけられた怒りは、いつしか「命名という名の知的遊戯」によって昇華され、彼らの結束を強める触媒となっていた。
一般人が彼らを「七変人」と呼んで蔑むならば、彼らは一般人を「十欠集」「九大低脳」と定義し返し、その上位概念として君臨すれば良いのだ。
放課後。
部室の入り口には、寺石の達筆による新たな看板が掲げられていた。
『七変』。
それは、彼らが学園の管理社会から逸脱した存在であることを、高らかに宣言する旗印であった。
「我々は、七つの変革をもたらす者なり。」
寺石が演説し、マスターKが「精霊も新しい真名を祝っている」と太鼓を叩く。
白井は、呆れつつも、寺石の論理の鮮やかさに心地よい敗北感を感じていた。
名前を与えられたことで、自分の中にあった漠然とした疎外感が、確固たる「所属」の喜びに変わっていくのを感じたのだ。
「……フン。七変か。ならば私は、その一番槍を務めよう。」
彼は、自らの坊主頭を撫でた。
こうして、彼らは名実ともに、聖交学園の異物として、その名を歴史(と生徒会のブラックリスト)に刻んだのである。




