ある駅の言い伝え
私は初心者ですので、稚拙な文章だとは思いますが、読んでいただけると大変嬉しいです。
俺の住んでいる街には、ある言い伝えが存在する。「西桜谷駅と桜谷中央駅の間で、稀に、暮去駅が現れる」というものだ。なんでも、ある条件を満たすことで、そこに引き寄せられ、運が悪ければ永遠に幽閉されるというものらしい。勿論そんな駅、地図には載ってない。
生憎、新卒社会人として、輝く眼差しで働き始めてから早10年。社会の荒波に飲まれて、寝るときはいつも酒に頼るようになった俺には、子供騙しの悪戯としか思えない。
俺の生活はあまり余裕もないが、かといって、転職に活かせる特筆すべきスキルもないから、俺は一生今の冴えない生活を続けていくんだろう。
そんなことをぼんやり考えながら電車に揺られている時、俺はふと、遠い昔に一緒に遊んだ友達のことを思い出したんだ。
そいつは、根暗な俺とは対照的に、所謂根っからの陽キャだった。俺は、普段から一人遊びを好み、近所の公園の木の裏で、よく本を読んだり、意味もなく蟻の行列を眺めたりしていた。そんな時間が俺は嫌いではなかったが、そういう時、決まってあいつは俺に話しかけてきた。
「おまえ、またそんなところで何してんだ?暇ならおれと遊ぼうぜ?」
それがあいつの口癖だったっけ。
名前は夕人といった。夕人は、他にも友達は居るだろうに、わざわざ俺の方へ寄ってきては、俺をひとりぼっちの世界から連れ出す。はじめはただ面倒な奴だと思っていたが、あいつの底なしの明るさに触れるうち、気づけば親友になっていた。
だが、俺の陰気は、どうやらついに実害をもたらしてしまったらしい。キャッチボールをしていたら、俺の投げたボールがあさっての方向に飛び、公園の外に出てしまった。公園の入り口に面している通りは、普段は歩行者もまだらな閑静な小道だった。そう知っていたからこそ、油断があいつを連れ去ってしまった。
「危ない!」
俺が叫んだ時にはもう遅かった。何事もなかったかのように走り去る車の後ろ姿が、この世の何よりも憎らしかった。道路に横たわったあいつは、ひどい怪我で助かる見込みもなさそうだと言うのに、大泣きする俺にこう言ったんだ。
「…きっと…会えるよ…」
あいつの声は、なぜだか自信に満ちているようで、もう20年も経つかというのに、俺の耳に残って離れなかった。
夕人、向こうで元気にやってるのかな。そう思って見上げても、電車の車窓から見えるのは、変わってしまった街並みと煌々としたネオンライトだけだった。
俺は、柄にもなく感傷にふけっていたせいで、気づかなかったらしい。電車は、いつのまにか俺が下車するはずだった西桜谷駅を過ぎてしまっていた。仕方ない、桜谷中央で折り返すか。
そう決心して、15分も経った。
おかしいんだ。
3分位で着く区間のはずなのに。しかも、外の景色も、ライトをつけ忘れた違法建築のトンネルにでも入ってしまったかのように、闇に包まれている。
おいおいおい。確かに酒は飲み過ぎてたかもしれないが、酒癖が悪くて迷惑をかけたとかではない。俺への天罰としては、少しばかり重すぎやしないか。まさか…俺は脳裏に浮かんだその駅名を、思わず呟いていた。
「暮去駅…」
すると、その言葉を待っていたと言わんばかりに、電車の自動放送が煩く鳴り響いた。
「次は、暮去〜暮去〜終点です。当列車は最終電車となっておりますので、折り返し運転は致しません。列車は車庫に入りますので、終点で必ずお降りください。」
何やらまだ続きいていたが、俺を呆然とさせるにはこの一節だけで十分だった。
「…ははっ。冗談キツイな。」
だが、俺の他には乗客は誰もいない。実質、俺名指しの降車命令みたいなものじゃないか。
幸いにも、過去にも寝過ごして終点まで連れて行かれたことがあるため、対処法はだいたいわかる。こういう場合、まずはネカフェかカプセルホテルなんかを探すのが定石…
こんなときに、常識が通じると思い込んでいた俺が馬鹿だった。スマホの電波は圏外。位置情報も取得できないようだった。
俺は絶望と共に、見知らぬホームに降り立つ。見たところ、改札すらない。ただ駅舎とそれを挟む一面二線構造の駅があり、その周囲を雑草の生えた更地が囲んでいるだけだった。
はぁ。どうしたものか。途法に暮れた俺は、ベンチに座り、ぼんやりと電光掲示板を眺めていた。すると、目に飛び込んできたのは、驚くべき文字列だった。
『此ノ駅デハ、貴方ト因果ノアル死者と逢うコトガデキル。待合室ニ行ケ。答エハ、ソコに有ル』
もう何が現実で、何が幻かわからない。俺は知らぬ間に会社で精神を病んで、頭でもおかしくなったんだろうか。だが、今はこの怪しい誘導にのるしかない。もしかしたら、帰る手がかりがあるかもしれないしな。
無人のホームをただ歩き、たどり着いた待合室の扉を引いたときだった。
「は!?」
俺は腰を抜かした。文字通り腰が抜けて膝の力も抜け、動けないんだ。腰を抜かす、なんていう文学的な現象、本当にあるものなのだな。
「久しぶり、海斗。いや、久しぶりで済ませていい年月じゃないかもな。」
顔つきが成長しているとはいえ、まさかあれだけ時間を共にした俺が、見間違うはずもない。こいつは紛れもなく、夕人だ。
「夕…人…。夕人!お前…生きてたのか!」
いい年こいた大の大人の俺だが、この時ばっかりは泣き崩れずには居られなかった。俺は暫くあいつの手を握って離さなかった。
「ハハハッ、やっぱそういう反応になるわな!でも、さっきのお前の認識は間違ってる。俺は、お前の記憶通り死んださ。」
俺は言葉が出てこず、キョトンとした表情のままでいた。
「なんでお前がここに来たのか、分かるか?って、その感じじゃ、知らないみたいだな。ここは、死者と生者が接触することを許された場所、暮去駅だ。そして、お前がここへ来たのは、俺が呼び寄せたからだよ。」
少しの間、思考を巡らせるのに時間を要したが、俺は状況を飲み込むと、感動の涙も引っ込み、若干腹立たしくなった。
「そりゃ、お前と会えたのは嬉しいけどさ、何してくれてんだよっていう思いも、どうしてもある。だって、この駅って、幽閉されるかもしれないんだろ?お前のせいで、"今日から始める幽霊生活"とか転生モノみたいになるのはごめんだぞ?悪いが、帰れるうちに帰してくれないか?」
「久しぶりに再会したってのに、そりゃねぇだろうよ…やれやれ、ちょっと冷たいのは、昔と変わんねぇな。大丈夫だよ。死者との引力が解ければ、元の世界に帰れる電車がやってくる。でも、そんなこと言っても、お前が俺に言いたいことがあるってのは知ってるんだぜ?だから呼んでやったんだ。」
図星だった。夕人が死んでから、ずっと言いたかった。これだけは、伝えたかった。
深呼吸して、改めて夕人を正面に見据えると、俺は、泣きそうになりながらこう言った。
「ごめん、ごめんな、夕人。お前はいくらでも他に友達がいただろうに、ひとりぼっちの俺を見かねて、話しかけて、友達になってくれたんだよな。お前は、お調子者って感じだし、こんなこと言うの照れくさいけど、根が本当に優しいやつなんだよな。だからこそ、俺は俺自身がずっと許せなかった。あの日以来、悔やまない日はなかったよ。お前は俺と友達になって、誰よりも一緒に遊んでくれたのに、俺のコントロールが悪かったから、お前はボールを取りに行くことになり、事故に遭ってしまった。そんなの、半分俺が殺したようなもんじゃないか。俺が、夕人に当たり前にあったはずの将来を奪った。一番幸せになって欲しい、ならなければいけないやつを、俺は手にかけたんだ。失われたお前の命が、謝って戻る訳じゃない。そんなことは百も承知だ。でも、それでも、お前にごめんって、ちゃんと言いたくて…」
俺は気づくと、待合室の床にうずくまって泣いていた。泣きたいのは夕人だろうにな。そう思って顔を上げると、予想外のあいつの表情が目に映った。怒っていたんだ。
「顔上げろよ、海斗。お前、勝手な解釈で謝るなよ。なんで…なんでお前が俺を殺したことになるんだよ!お前は確かに冷たい奴だったよ。俺が毎回誘ってやってんのに、最初の方なんか無視決めやがったじゃねぇか。思い出したら腹立ってきたよ。でもな、幽霊になってからも、これだけは忘れなかったよ。お前根暗だけど、俺なんかよりずっと相手を思いやる心のある奴なんだって。覚えてるか?俺の両親が離婚して、家出して泣きながら公園に来たときのこと。鼻水まで垂らして、ぐちゃぐちゃになった情けない俺に対して、海斗は笑うでもなく、からかうでもなく、ただ黙って横にいてくれた。表情は変わらないのに、いつも俺がやってた一発ギャグを、何回も俺に届くまでやってくれたりさ。あの時お前がいてくれなかったら、俺はあの事故よりも前に、とっくに行方をくらましてただろうよ。お前のことは、こんな身体になっちまった今でも、ずっと…親友だと思ってる。だから、そのお前がずっと暗い顔してるの、見てられなかったんだよ。一人で、俺を殺したって思って、抱え込んでるんじゃないかって。だから呼んだんだよ。」
幽霊と俺、2人して本音を言い合って、こころの内を曝け出して、静かになった。俺も夕人も落ち着いた頃、なんだか可笑しくなって、2人して笑ってしまった。死者と生者の枠を超えて、今でも親友だったなんて。俺の心にずっと残り続けていたわだかまりが、どこかへ飛んでいったような気がした。
その時、夕人の身体が光に包まれ、薄かった身体の輪郭が、ますますあやふやになっていった。
「なんか、何十年ぶりにお前の笑った顔見れて、スッキリした。やーっと成仏できそうだ。」
「そんな…」
俺は再び彼の手を握ろうとしたが、既に触れることはできず、冷たい空気が虚しく俺の指を通り過ぎた。
「か、帰り道どうすんだよ!お前が…お前が消えちまったら、もう手がかりが…」
そう言いつつ鼻をすする俺を、夕人はニヤニヤと見つめてくる。
「ったく、相変わらず素直じゃねぇな。心配すんな!海斗と俺の引力は消え、俺はもう成仏する。そうなれば、帰りの列車が来てくれるさ。」
俺は、ブルブルと震えて止まらない唇を噛み締め、拭っても拭っても溢れ出る涙を垂れ流していた。
「海斗の思い、ちゃんともらった。俺の思いもちゃんと伝えられた。さぁ、しばらくのお別れの時だ。どうせお前は酒飲みなんだから、早死にするだろ?そうなったら、さっさとこっちに引きずり込んでやるよ。じゃあな、海斗。」
「…せいぜい楽しみにしといてやるよ。夕人。また会おうな!」
俺が手を振ると、あいつの霊体は待合室から抜け、空へと消えていった。すると数分後、夕人の言った通り、生者の世界に帰るための電車の接近放送が流れ始めた。
「まもなく、桜新都市方面列車が到着いたします。次は西桜谷に停車いたします。」
さっきまで騒がしかった駅の待合室には、古びた電車の乾いたブレーキ音だけが響いた。
無人の電車に乗り込んで着席し、しばらくすると、急激な眠気が襲ってきて、俺は眠ってしまった。
気がつくと、俺は自宅のベッドで寝ていた。なんだか変な、だが同時に懐かしいような、そんな夢だった気がする。最近まで散々飲んでいたというのに、もう酒を休肝日もなしに飲む気はしなかった。
俺が酒をセーブして長生きすれば、誰かさんにギャフンと言わせられる気がしたから。
読んでいただきありがとうございました!




