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前夜祭

作者: にわこな
掲載日:2025/12/09

 明日、だ。


 昼過ぎから、部屋の一角に集めておいた荷物に手を付ける。

 頒布する新刊は、印刷所から直接会場に送ってもらうので、準備していた敷布やらポスタースタンドやら細々したものをまとめていく。既刊は宅配搬入で発送済みだ。キャリーを買おうかなとも思ったけれど、道中手綱を取り続ける自信が持てず保留になっている。

 リュックに物を詰めていく途中で、何を持っていけばいいのかよくわからなくなって、ただそのお陰で閃いて、先輩サークルさんのSNSの投稿を参考に、自分用の持ち物リストを作った。

 もし心が折れなくて次回も参加できるなら、このリスト通りに用意すればいい。

 きっと役に立つ。荷物を一度全て出す羽目になったけれど……。


 ふと気づいて、売り子をしてくれる友人に「明日はよろしく」とスマホでメッセージを送った。

 初参加の時と同じく、おずおずと売り子の依頼を切り出したら、即OKしてくれた。

 友人が何か書いているところを見たことはないが、前回のお祭り感をいたく気に入り、好きな作家さんに直に感想を伝えられたと大感激していた。

 僕は、緊張し過ぎてとてもじゃないけれど、話しかけることすらできそうにない。というか、前回は緊張で固まって、自分のスペースから、トイレ以外では出られなかった。

 自分にとって持つべきは、読書好きの祭り男の友人だとしみじみ感謝する。


 僕にとって、かくことがどういうことか、実はあまりきちんと答えられない。

 物心ついた頃から、ずっと脳みその一定の容量を空想に割いてきた。インプットは楽しくて一丁前にああだこうだと心の中で思ってみるけれど、アウトプットではのたうち回る。たまに、ほんのたまにある、湧き出るイメージに筆が追いつかない時は、時間を忘れる。作品を一つ、最後までかき上げられれば、ああ自分はかくために産まれてきたのだと舞い上がり、ネットにあげた後はいいねと閲覧数に一喜一憂して、情緒が大荒れだ。

 時々、創作なんてしない方が、人生を楽しめるのではないかと本気で悩む。

「でもさ」と祭り男は言う。「仕事じゃないのに、ずっとかいてるってことは、やっぱ好きってことなんじゃん?」

 ……うーん、たぶん……?

 あ、“業”なのかもしれないと返したら、「業って!」と爆笑された。笑うところではない。


 そんな僕のSNSのTLに、即売会に関する投稿は自然に流れてくる訳で、完結していて、本にしようと思えばできそうなものもあり、うっかり申し込んでしまったのだ。

 部数は、ネットでいろいろ調べて、それでも悩みに悩んで、30部。売れたのは、2冊。

 1冊目を買ってくれたのは、開場直後に、すっと来た女性。これはあれか、「お手に取ってご覧ください」チャンスだと意気込んだら、ちらりとお品書きを見た彼女に「1冊ください」と言われ、僕は勢いを削がれたのと驚いたのとで、ぽかんとしたまま、本を手渡した。帰りの電車で、祭り男に「最初の人さ、もう買うって決めて来てくれたんだよな。隣で見てて感動したわ」って言われて、やっと気づいた。遅すぎる。

 2冊目は、男性が。僕のブースにまっすぐ来て「見本誌を見て来ました」と、まっすぐに声をかけてくれた。「ありがとうございます」は言えたはずだけれど、なんて言葉を返したのか記憶がない。

 初参加で、30部刷って2冊売れた。喜ぶべきなのか、悔しがるべきなのか、まだ数に対する物差しは僕の中にはない。だから、日によって、にやついたり落ち込んだりしている。

 ただ、かくことが上手くできない時は、本を手渡した2人のことを思い出すのだ。

 僕のかいたものを、読んでくれる人を。


 そんなに時間がかからないと、たかを括っていた準備だけれど、途中で足りないものに気づきコンビニに走ったりしていたら、日が落ちていた。

 やっとリュックに全てが納まり、息をつく。スマホに目をやると、祭り男から返信が来ていた。力こぶのスタンプに、「まかせろ」のメッセージ。たぶん、というか確実に、そんなに忙しくはならないよと、苦笑いする。


 でも、いるのだ。

 僕の書いたものを受け取ってくれる人が。

 会場に、そう1人……いや、もう少しいてくれるといいのだけれど、きっと居るはずなのだ。

 だから、明日。


 僕は、僕のかいたものを届けに行く。

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― 新着の感想 ―
 遠足や入学試験の前の日以上に緊張しそうな準備と開催前夜ですね。  同人誌にする前からネットでファンになったのか、わざわざ会場まで足を運んで、お品書きで勘違いしてないか確認してから即購入するほどに作…
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