お志乃登場
慣れると・・・暇になりますよね。
慣れるもんですよね。
剣と絢音が暮らし始めて、恙無く日々が過ぎていく。
穏やかな日々である。
「剣様、お野菜を作りたいのですが?」
絢音が唐突とも思えるような願いを剣にした。
「何だ?足りないなら、買うてくるぞ」
剣は目を見開き驚きもしたが、絢音が不満に思っているのかと思った。
「いえ、そうではありません、何でもかんでも剣様のお手を煩わせるのは申し訳ないので、自分で出来る事をしようと思ったのです」
「何だ、そんな事は気にしなくて良い」
剣の肩が下がった。
剣は、不満でないのには安堵したが、心霊の絢音が自分に遠慮しているのは気に入らないらしく、片眉が上がった。
「いえ、剣様が山へ見回りなど、お出かけになられると、私一人でする事もなく、手持無沙汰なので、何かしたいのです」
絢音はここでの暮らしにも慣れ始めて、朝餉や夕餉の支度や、洗濯、掃除等、一通りの事をしていても、剣と二人暮らしなので、それ程手は掛からない。
一人で過ごす時間が何をする事も、出かける事も出来ないので、空虚なのである。
それに、山神様である剣が、人の暮らしである絢音に合わせてばかりなのも、申し訳ないと思っていたのである。
少しは、剣の手を煩わせないで、自分の事をしてみたかった。
「そうか」
剣はそんな理由もあるのかと思いがけなかった。
のんびり過ごしていれば良いと思っていた。
「だって、気晴らしにお外に出たいと言ったら、剣様はお許しくださいますか?」
「駄目だ」
小枝程の隙間もなく回答が返ってきた。
「そうですよね、でしたら、お庭で畑とか?」
「まあ、そうか」
剣は決して、この結が張ってある敷地内から絢音を出さない。
もちろん、外には他にも妖がいるし、獣もいる、大抵は剣の気配で逃げ帰るが、万が一気に食わない者が仕出かさないとも限らないのである。
そんな危険な目に合わす訳にはいかない。
なので、絶対に敷地から出るなと絢音は言い渡されていた。
確かに庭先で気晴らしが出来るなら、その方が剣は安堵する。
「今度で良いので、畑仕事のお道具や苗木をお願いしたいのですが?」
「そうか、明日にでも買うてくる」
剣の答えは早かった。
剣にとっても、絢音が外より庭の畑に興味を持ってくれたのなら、その方が都合は良かったのだ。
「ああ、畑仕事をしたいなら、何か聞いてくるか?」
剣が何か思い出した様に絢音に問う。
「ん?聞くとは?」
剣の意外な申し出に絢音は不思議に思い小首を傾げて問う。
「いつも調達してくる野菜は人里からではなく、この山裾にいる狸妖からだ」
「ええ?狸妖さんがお作りなのですか?」
剣の意外な言葉に絢音は驚きの声を上げた。
「いつものお野菜、とっても美味しいですよね、それに色々と種類もあって、それを皆作っているのですか?すごいです!剣様、お親しいのですか?狸妖さんは怖くないですか?どうやってあんなにたくさん作っているのでしょうか?見てみたいです!行きたい!行きたい!剣様!」
一気にまくしたてた。
「絢音・・・」
剣はここまで絢音が強請るのは珍しいと思ったが、行きたいと言われても、まだ外に出す気はなかった。
「もう少し、絢音が慣れたら、考えよう、まだ、外には出せない」
膝に乗せ、頭を撫でながら絢音に言い含める剣だが、意外にも絢音は聞き分けが良かった。
「そうですか、残念です、でも、そのうち見に連れて行ってくださいね」
「そうだな」
「あ、でしたら剣様、狸さんに育てやすいお野菜を聞いて頂けますか?それから育ててみたいです」
「わかった、絢音が育てられそうな物を聞いておこう」
絢音はまた先の楽しみを見つけた。
もちろん、今外に出られないのは残念だが、外が恐いのもあるのだ。
ここに居れば剣の保護下にいるので、剣が居なくても誰も襲ってこない。
外に行けば、剣と一緒なら恐い事はないかもしれないが、何かあるかもしれない。
わからない。
人の命など、一瞬で無くなってしまうのだから。
今はまだ、剣と一緒にここに居る事が安心な事、そう思っている絢音だ。
「お志乃」
畑の向こうにいる妖狸に剣が声をかける。
「はい、剣の旦那様」
呼ばれた妖狸が大きな声で返事をすると、走って剣の下へ駆け寄る。
本狸的には駆け寄っているつもりなのだが、横揺れしながら走る姿は速くはない。
「あ、今日のお野菜はもう、揃えてございます、早めの胡瓜がいい塩梅に育ちました」
お志乃と呼ばれた妖狸は剣がいつもの野菜を取りに来たと思って答えた。
「ああ、それももらって行くが、絢音が野菜を育てたいと言い始めてな」
「申し訳ございません、何か粗相がありましたでしょうか?」
不安げに尋ねるお志乃に剣は首を横に振った。
「いや、俺が山など外に出ている間に何かしたいそうだ、暇、らしい」
剣がため息交じりに話した。
「おや、まあ」
お志乃は丸い目を更に丸くして驚いた。
「それでな、育てやすい野菜の苗木を買うてやりたいのだが・・・」
「ようございます、それでしたら、うちから少しずつ持っていかれたらよろしいかと、少し育ってきたものであれば、心霊様にも、お育て出来ると思います、後は種なども育ちやすい物をお分け致します」
お志乃は柔らかな笑顔で応えた。
「悪いな」
剣は苦悶の表情をしていた。
妖が心霊に甘いのはどの種族も同じなので、妖の中では気にされない話である。
「いえいえ、剣様にして頂いた事に比べたら、造作もない事でございます、今日お志乃達が生きていられるのも剣様のお陰でございますから、お役に立てれば何よりございます、勿体無いお言葉です」
「そうか」
畑仕事の合間での話なのに、いつの間にかお志乃は畏まった姿勢をしていた。
お志乃の丁寧な態度に剣は少し面映ゆかった。
話をしてから、畑仕事用の器具を妖街へ調達しに行き、ついでにお志乃の所の分も少し調達してきて、帰りがけに苗木と交換して屋敷に帰った。
お志乃と子供たちは新しい器具をとても喜んでいた。
相変わらず剣が見えなくなるまで、お志乃達は頭を下げて見送っている。
庭に器具や苗を置いて、部屋を覗くと、絢音が駆け寄ってきた。
「剣様、ありがとうございます」
着物の時の様に目がきらきらしていた。
「どの辺を畑にするんだ?」
ある程度広さのある庭だから、全部では無いと思って剣は絢音に聞いてみた。
「どの辺りがよろしいでしょうか?」
「そうだな、日当たりや、他との兼ね合いも考えると・・・あの辺にするか」
剣が選んだのは入口からすこし入った日当たりの良い場所を選んだ。
「はい、ありがとうございます」
早速、絢音は着物の裾をまくり、鍬を手にした。
「ふっ、ううぅ」
絢音が畑を耕そうとして、鍬を持って、畑の予定地にいる。
絢音は、鍬を持ち上げるが、降ろしたところで、土には深く入らない。
浅く掘られた土でも色は違うが、これでは苗木は植えられない。
それでも、絢音は息を切らせていた。
尾っぽをぱたんぱたんとさせて剣はのんびり縁側からそれを眺めていた。
少し様子を見ていたのだが、全く、畑が出来る気配が見えない。
「さがっていろ」
のっそりと縁側から降りた剣がため息交じりに、後ろから声を掛ける。
剣が前足であっさりと畑にするため全部を耕した。
買ってきた鍬は絢音の手にあるままだ。
「剣様、早いですね・・・」
鍬を持ったまま、隅に居た絢音は小さくなっていた。
「絢音がやっていたら、苗が植える前に枯れる」
「・・・そう、ですね」
絢音は反論を試みようとしたが、剣の言う事の方が現実味があるように思えた。
屋敷で使う水も川から屋敷まで引き入れているが、剣が畑の側まで、新たに引き入れ、水撒きがしやすいようにしてくれた。
「何だか、結局、剣様のお手を煩わせて、申し訳ありません」
自分から言った事なのに、何一つ自分では出来ず、しょんぼりとしてきた絢音だった。
「あん?気にするな、ここから絢音が頑張ればいいだろう」
剣は喜んだり、しょげたり、ころころと表情が変わる絢音を見ている方が楽しかったので、満足していた。
絢音も日々、水撒きをしたり、苗の様子を見たりと、剣の留守の間、世話しなく動いていた。
少しずつではあるが、収穫出来始めた。
「今日の、胡瓜は少し曲がっている?素直でないのは剣様と一緒?ふふ」
元々、剣はあまり話をしてくれない。
絢音も何を話して良いかわからず、そもそも、日々代わり映えしない日常から話の種を探せないでいた。
でも、収穫した野菜を食事に使えば、剣との会話の種にも出来る。
剣と話す事が徐々に、楽しく出来るようになってきた絢音だった。
「おかえりなさいませ、剣様」
「おお、戻った」
「ほらっ、剣様と似ている胡瓜です」
「俺と?」
剣は意味が解らず首を傾げていた。
そんな剣に向かって、少し曲がった胡瓜を手に持って振っている絢音は楽しそうに微笑んでいた。
如何でしたでしょうか?
”何かをしよう!”と絢音も動いてみたのです。
なんでもかんでも剣の手を煩わせるのは申し訳ないと思ったのです。
まだまだ、まだまだ、出来る事は少ない絢音ですが、きっと成長していけば!
お気に召して頂ければ幸いです。
暫く続きますので、よろしければお付き合いください。
よろしくお願いします。
☆も良ければ・・・




