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心霊

途中からちょっと説明っぽいです。

剣と絢音の朝が始まった。

昨日買ってきてもらった紺地に桜模様の着物を着て、半幅を締めて剣に見せる。

「剣様、大丈夫でしょうか?おかしくないですか?」

絢音は折角買ってきてもらった着物が自分に似合っているか不安だった。

「おお、似合っている、着丈は大丈夫か?」

剣は早速着て見せにきた絢音に満足そうに応えた。

「はい、丁度良いです」

絢音も安堵した。




「今日は、手前の川から石を運んで、お前用の石風呂を作るから、危ないから部屋の中にいるようにな」

剣は朝餉を終えると、後片付けをしている絢音に声をかけた。

「私用の石風呂?」

何のことか想像のつかなかった絢音は小首を傾げて剣を見る。

「今あるのは俺用に作ってあるから、毎度お前を抱えて入っているだろう、ほんとは一人で入りたいだろう?」

剣は何を疑問に思うのか不思議そうな顔で答えた。

頬を赤らめて、絢音はもじもじと身を(よじ)っている。

剣に裸を見られるのは恥ずかしいのだが、わざわざ石風呂を作ってもらうのも、山神様の手を煩わせえてしまい、申し訳なく思ってしまうのだ。

「申し訳ありません」

消え入るような声で謝る。

「別に大した事ではないから、構わないが、途中、石が飛んだりすると危ないから、呼ばない限り、近づくな」

「はい」

素直な絢音に満足そうな剣だった。


 (あれで、難儀でないのだろうか・・・)

絢音は剣様が崖下の川から大きな石を数個運び、中くらいの石を運び、また大きな石を運びと、今ある石風呂の横に浅い平たい石風呂をこさえているのを部屋の中から見ていた。

石は重そうだし、(のみ)で削るのも力が必要そうだ。

時々、怪しい光が見える。


「絢音、ちょっとこっちに来い」

「はーい」

幾つか石が組まれてから剣に呼ばれて、草履を履いて庭に出た。

昨日買ってきてもらった草履は鼻緒が桃色で可愛らしい。

「ちょっとここに座ってみろ」

剣に示されたのは、石風呂の横に石が組まれている所で、平べったい大きな石が敷かれていた。

石の大きさは絢音が足を伸ばせる広さがあって驚いた。

「大きな石ですね、石の上で足が伸ばせます」

絢音は石の上で足を真っ直ぐ伸ばしてみせた。

「お前は小さいから浅い方が安全だ、湯の中で溺れたら一大事だからな、足が伸ばせれば浅くても湯に浸かれるだろう」

「剣様、溺れるって・・・」

絢音が小さな声で呟いたのは、剣の気に留まらなかったようだ。

剣は良し良しと、頷きながら見ていた。


絢音が部屋に戻されてから、剣はまた作業に精を出していた。

夕刻、絢音用の石風呂が完成したので、早速、一人で入ってみた。

「剣様、気持ちいいです、お湯でいっぱいです」

心配性な剣が衝立の向こうに立っているので、絢音は声を掛けた。

「そうか、大丈夫そうなら良かった、あまり長く入って上せるなよ」

剣は言い終わると部屋へと歩いていった。

「はーい」

絢音は素直に返事をすると、手足を更に伸ばした。





 絢音の両親が亡くなってから初七日が過ぎた。

突然の出来事でその悲しみは計り知れないが、そのまま山神様と暮らし始めるという事も驚き過ぎてなかなかな衝撃だった。

そんな日々でも、今を生きる事で一日一日が過ぎた。


「絢音、ここに座れ」

剣にそう言われて絢音は隣にすとんと座る。

「絢音、困っている事や足りない物は無いか?」

唐突に剣が尋ねる。

「いえ、得にはございません、剣様に色々とご用意して頂いているので、本当にありが難く存じております、とても感謝しております」

絢音は、あらためて、感謝を伝える。


「そうか、お前は俺の心霊だから気にするな」

「あの、剣様、心霊とは?以前、後でお話して頂けると・・・」

絢音は剣の機嫌が悪くならないかと、不安そうに尋ねる。

「ああ、その話をしようと思って、呼んだんだ」

剣はあらためて絢音に向き合った。



「心霊とは霊しいが引き寄せてくる、生涯、(ただ)一人(ひとり)の相手だ、長く生きていても必ずしも巡り会えるものではないが、同じ時を生きていれば、霊しいが引き合い、会える可能性が高くなる、そして、この相手が確かに唯一人の相手と心が定まれば、心霊として本当に唯一の愛しき者となる、俺の心霊はお前だ、絢音」



剣の真っ直ぐな瞳が絢音を捉える。

真っ黒な黒曜石の様な瞳は、広く深い闇夜のようで吸い込まれて行きそうだと、絢音は思った。

「霊しいが引き寄せる・・・」

当然、妖にはわかるが人にはわからない。

だから、絢音は直ぐに理解出来なかった。

一言、一言、嚙みしめる様に自分の言葉としてみた。

「そうだ」

「生涯で唯一人・・・」

「そうだ」

剣も絢音が懸命に理解しようとしているので、肯定した。


「でも、剣様は山神様で、私はただの人ですが?」

絢音は、山神様に自分がふさわしいとは到底思えなかった。

「関係ない、心霊が同種族とは限らない」

「そ、そうなのですか?」

これには絢音も驚いた、どんな理由で心霊が選ばれるのか不思議でならなかった。

(ただ)、真っ直ぐな揺ぎ無い剣の瞳が絢音を捉えて離さない。

その瞳の奥にある熱を絢音も感じていた。


「何であれ、心霊は霊しいが決めて連れて来る、会った瞬間に、こいつが心霊だって、体の内から湧いてくるんだよ、そして、心が、こいつなら、と決めるんだ」

剣が力強く応える。


「魂が連れて来る・・・」

「そうだ」

「心が決める」

「そうだ」

力強く頷かれていると、不思議にそういうものだと納得しそうになってくる。

ただ、絢音は、不図、沸いた疑問を訊ねてみた。

「・・・もし、心が決めなかったら?」

「不成立だな、心霊とはならない、そして、もう、その生涯に心霊は現れない」

「えっ、次は無いのですか?」

「無い」


絢音は生涯唯一人と聞いていたのだが、合わなかったからと言って次が無いとは思っていなかった。

絢音の驚いた顔に比べ、剣は眉間に深く皺を寄せ、暗い顔だった。

「えっ、では、会った相手を選んだ方が・・・」

「霊しいが引き寄せても、心が動かなかったら、きっと何かが違ったんだろうと思う、霊しいが間違った相手を引き寄せたのでもなく、心がおかしかったのでもなく、己自身がその生をそれまで生きてきた結果なんだろうから、選べなかったという事だろう」


「でも、心霊、いないと寂しいですよね」

「長く生きていても必ず会えるものでもないんだぞ」

「そう・・・でしたね」

「ああ、だから、俺は運が良いらしい」

片方の口角を上げ、熱を含んで光る瞳に雄の艶が漏れ香。

「唯一の愛しき者」

剣の熱に気圧されながら、絢音が呟き始めた。

「そうだ、他は無い」

剣がそっと応える。


「私が剣様の心霊・・・」

「そうだ、他の女は塵同然だ」

「ち、り、塵・・・」

「そうだ、草にもならん」

「・・・」

絢音は剣がそこまで、他者を否定すると、他の女性が可哀そうにも思えるのだが、心霊の意図が少し解ってきたような気がした。



心霊だから、剣様は自分のために、あれこれしてくれる。

恐れ多い山神様、大きな狼の剣は、畏怖の対象で、怖かった。

でも、あの日、背に乗ってここまできた。

暖かな家の中で眠らせてくれて、温かな食事を与えてくれる。

痛い事も、脅される事もない。

まだ、日が浅いのに。恐怖心はいつしか無くなっていた。


心霊として選ばれた理由はまだわからない。

本当に自分なんかで良いのだろうかと思う。

霊が決めているなら、心が決めているなら、きっと剣様も良いと思ってくれたから心霊になったのか、と、絢音は腑に落ち始めたが、不安が無い訳では無い。


本当に心霊は一度決めたら代わらないのだろうか?

いつか飽きて捨てられる事は無いのだろうか?

本当に自分が選ばれた心霊なのだろうか?


絢音は自分が本当に唯の村娘に過ぎず、何も持っていなかったからだ。

「ただ、絢音、俺が怖いか?」

剣は少し不安そうに聞いてきた。

「剣様はお優しいです、初めは怖かったのですが、今は怖くないです」

絢音は曇りのない笑顔で答える。


剣は安堵した。

「そうか、少しずつ慣れれば良い、お前が心霊な事は変らない、急がなくて良い」

そう言うと、ひょいと絢音の腰に手をやり、膝の上に絢音を乗せた。

「あひゃ」

驚いた絢音が声を上げた。

「そういう事だ」

剣が抱えた絢音の頬に口づけを落とした。


絢音は、心の音が剣に聞こえるのではないかと思うくらい大きく聞こえた。

山神様としては怖くない、妖としても怖くない、しかし、違うわからない怖さがありました、と言いたい絢音だが、そんな言葉を発する余裕は無かった。

ひたすら、茹るほど赤くなった顔で、ぱくぱくと口を無暗に開け閉めしていた。




まだ、あどけなさが残る絢音は閨事に聡くない。

おぼこ娘を膝に乗せ、剣は、どれだけ気長に待てるだろうかと、ひっそりと、自問自答をしていた。


如何でしたでしょうか?

お気に召して頂ければ幸いです。


暫く続きますので、よろしければお付き合いください。

よろしくお願いします。




☆も良ければ・・・

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