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誓い

人は脆いのですよね。

幸い、命は助かった。


だが、絢音の意識は虚ろで、体は冷えている。

剣の呼びかけにも虚ろな瞳を向けるだけで、意識が向いている様には見えなかった。


剣はじっと、絢音の傍に居た。

日に何度も石風呂に入れ、体を温め、布団で包み温め、夜は己が抱え込んで温めた。

体が冷え続ければ、そのまま、黄泉の国へと(さら)われる。

そんな事さえ脳裏を過る程、絢音の体は直ぐに冷える。



「行くな、絢音」

「ここに居ろ、絢音」

「そっちに行くな、絢音」

「目を開けて俺を見ろ、絢音」

「ここに、俺の傍にいるんだ、絢音」



反応の無い絢音に向かって懸命に呼び掛ける剣。

何度もその名を呼んだ。


抱え込んで迎える夜も深く眠ったら、目が覚めた時に絢音が冷たくなっているのではないかと思うと、眠るのも怖くなる程だった。


喉を締められたので、声を出そうとしても、掠れて言葉にならない。

それでも、意識が浮上してきた時に、目の前に居ないと剣の名を呼ぼうとして、また、痛める。


そんな事を繰り返すので、出来るだけ剣も側にいる。

絢音が目を開ければ、虚ろであっても、話しかけ、気持ちをこちらに向ける。

頭を、頬を撫で続け、その温もりを伝える。

そんな時は絢音が僅かながら、微笑みを(たた)える、様に見えた。


元々、細い食が、より一層細く、僅かしか食さない。

絢音が食せるのは、重湯くらいだった。

それを作って、椀によそると、剣からは一口にも満たないように見える。

「絢音、食べられるか?」

そっと、上半身を起こし、胡坐(あぐら)の上に乗せる。

抱き抱えて、椀の中から少し、匙で(すく)って、絢音の口元にそっと近づける。

ほんの僅か、薄く開いた口から流し込む、剣の手が震える程ゆっくりと流し込む。

ごくりと絢音が飲み込むと、間を置き、また、匙をそっと口元に近づける。


そんな、気が遠くなるような食事を日に何度かさせる。

一度に入る量はたかが知れているので、繰り返す事で、少しでも多く食べて欲しいと願う剣が出来る事だ。


花蜜もあるだけ食べさせた。

重湯の間に一舐めずつ、舐めさせた。


体が冷えるので、石風呂に引いている湯を汲んでは、絢音に飲ませる。

中からも、外からもその体を(ぬく)ませる。



こんな虚ろな絢音が本当に元に戻るのか?

あの優しい瞳がまた剣を見てくれるのか?

愛らしいあの声で剣の名をまた呼んでくれるのか?

楽しそうに歩く絢音が見られるのか?



不安で不安で不安で、気がおかしくなりそうな剣が踏みとどまって、絢音の世話を焼く。

こんな酷い目に合ったのは剣のせいだ。

意識が戻ったら、もう、剣の傍には居てくれないのではないか?

何より代え難い心霊を苦しめているのが自分の存在だと思うと、その苦しみも重なって、押しつぶされそうになる。

懸命に、懸命に、絢音の看病をしながら、早く良くなって欲しい、早く元気な姿に戻って欲しい、そう願いながらも、元気になったら、もしかしたら・・・

そう思うと不安がまた襲ってくる。


「絢音、どうしたら・・・」

気弱になった剣が絢音の頭を撫でながら、語りかける。



「つ・・・る・・・ぎ・・・さ・・・ま・・・」

虚ろな意識の中、焦点の合わない瞳をこちらに向けて、掠れた声を出した。



「絢音、無理をしなくて良い、まだ、声を出さなくて良い、ここにいるぞ、ここにいるから、何も心配しなくて良い、傍にいるぞ、もう大丈夫だから、大丈夫だから」

剣も懸命に声を掛け、その手を握り、頬を撫でる。

安心したように、微笑みを浮かべ、また眠りに入っていった。


「ああ、まだ・・・」

剣は握った手からその温もり伝わり、掠れた声でも剣を呼ぶ声が聞こえた事に、安堵する。


霊が削られて行くようだ。

いつになったら、いつになったら、本当に安堵出来るようになるのかと、華奢で手折りそうなその手を両手で包む。






「つるぎ、さま」





うつらうつらしていたらしい、声がしたと思って目を開けた。

「絢音?」

(かす)れた声ではあったが、幾分はっきり聞こえた。

絢音の瞳と眼が合った。


「絢音、気分はどうだ」

いつもと違い、はっきりと意識が自分に向けられていると、感じた剣だった。

「はい、だっ、けっ」

返事をしたものの、絢音は咳き込んだ。


「ああ、無理をするな、喉はまだ、痛むのだろう、声が戻ってはいないのだから」

絢音の上半身を起こして、胡坐の膝の上に乗せる。

白湯を飲ませる。

背中に腕を回し、温めながら、掌を腹に添え温める。

顔に掛かった髪を払い、頬を撫でる。

「剣様、ありがとうございます、私・・・」

白湯を飲み、一息ついたら、幾分声が出るようになった。




絢音の視線が泳ぐ。

「誰も居ない、この屋敷に暮らすのは俺とお前だけだ、俺の心霊は絢音、お前だ、俺は心霊のお前しか要らない」

剣は絢音が思い出して、妖の女の事を気にしているのかと思った。

「剣様、・・・」

絢音の瞳に剣が映る。


絢音は自分が居ても良いのかと聞こうとして、心霊は自分だと言われた嬉しさが込み上げてきた。

「すまなかった、まさか、あんな事になるとは思ってもみなかった、随分昔の事だし、絢音と出会う前の事だったし、もう、終わった事だと思っていた、それなのにこんな目に合わせて・・・」

剣の低い声が苦悩を滲ませていた。

「剣様、絢音は、お傍に居ても・・・よろしいのです・・・よね・・・」

途切れ途切れで、まだ掠れた声の言葉ではあったが、絢音は儚げな微笑みを剣に向ける。


剣は嬉しかった。

あんな目に合っても、自分の傍に居ると言ってくれる絢音の言葉が嬉しかった。

「絢音、良いのか、本当に良いのか?」

絢音の手を放せる訳でも、心霊を諦められる訳でも無いのに、問い掛けてしまう。

剣は不安げな顔を絢音に向けていた。

「剣様は・・・良くない・・・のですか?」

微笑みが一転、悲し気な瞳を剣に向け、寂しそうな声音が痛い。


「傍に居てくれ」


即座に剣が応える。

問い掛けはしたが、不安過ぎて、問い掛けたに過ぎない。

否、などと言う答えを聞き入られる訳では無い。


「はい、ずっとお傍に、おります」


消え入りそうな掠れた声と共に、儚い笑みを向ける。


剣は手折らない様、大切に大切に絢音の頭に頬を擦り付けて、抱きしめる。



剣の心は揺れる。

絢音という心霊を手に入れてから、喜びも苦しみも揺れ、悲しみも覚えた。

満たされては足りないと思い、止めどない。

失くせば己の気が無くなる。

絢音を看病している間に、そんな事を思い知らされた日々だった。


自分が心霊に選んだばかりに、こんなに苦しんでいる。

何よりも大切な心霊を、誰よりも傷つけた自分。

自分が選ばなければ、心霊を苦しめない。



では、心霊のために、出来る事は・・・



そんな答の出せない問答を繰り返していた。


それでも、あんな酷い目に合ったのに、絢音は剣の傍に居る事を望んでくれた。

自分で出せない答えを絢音がくれた。



絢音と生きていく、絢音のために生きていく。

もう、二度と絢音を苦しめる者を、傷つける者を、近づけない。


己の腕の中で、儚げな微笑みを向ける絢音を見つめながら、剣は誓った。

この儚い温もりを守ると、誓ったのだ。

誰と言う訳では無い、己の生き様に誓ったのだ。


如何でしたでしょうか?


妖に比べれば人は脆いのですが、助かって良かったです。

ハッピーエンドなので、助かりますし、元気です。


運命だからとか本能だからだけではなく、

”自分で選ぶ” ”選ばれた自分”という事を思って”心霊”という言葉を作ってみました。

一途な剣の愛情を一心に受け止める絢音の無垢。

幸せになれ幸せにな~れと願って書いておりました。


番外編なども出来たらいいなと思っています。


お気に召して頂ければ幸いです。


また機会があれば、よろしくお願いします。


☆も良ければ・・・

よろしくよろしくお願いします。


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