過去からの追手 絢音の危機
ちょっと変則的な書き方になりました。
未熟さが、読みにくくて申し訳ないです。
~現~
随分昔の事を夢に見たので、すっかり目覚めが悪く、気分も機嫌も悪かった剣だった。
救いは、絢音が一足先に目が覚めた剣の気配に、全く気が付かずにすやすやと眠っている事だった。
そっと布団を抜けて瓶から水を掬って飲み干す。
布団に戻れば、温もりが無くなった事に絢音の体が反応したのか、少し丸くなっていた。
顔にかかっていた前髪を後ろに流してやり、腰を抱いて自分に引き寄せれば、体が体温を感じたのか丸みが取れた。
「まだ、早い」
腕を少し緩めて顎を上げて見れば、ふわりとした笑顔が見えた。
眠っているのに嬉しそうだ。
額にそっと、口づけを落として、また、抱えなおす。
絢音こそが、自分が守るべき心霊と、目を閉じた。
朝から、剣は山へ見回りに向かっていた。
「妙な気配がする」
そう言うと、深い霧の中に姿が消えて行った。
屋敷の庭にも霧が入ってきた。
絢音はあまりの霧に戸惑った。
庭に降り立つと、手を伸ばした先が見えなくる様な気がした。
「お洗濯も干せないし、ちっとも晴れそうもない」
そんな独り事を言いながら、庭にいた。
不意に強い風が吹いた。
「あ、落ちちゃう」
咄嗟に、近くの何かに掴まろうと手を伸ばしたが、梅の枝にも届かず、落ちると覚悟した。
が、落ちなかった。
「あれ、庭から離れたと思ったのに?」
不思議に思ったが、振り返り畑を見たつもりで、更に驚いた。
「無い!お屋敷が無い!」
目を見開き、辺りを見回すと、全く覚えのない景色で、そこにあるはずの剣と暮らす屋敷が見えなかった。
剣が強い結を張ってある安全な筈の囲いの外にいた。
「どこだろう、剣様が心配なさるから、早く戻らなくては」
気が焦る絢音だが、どっちに向かったら、お屋敷に戻れるか、見当もつかない。
今まで、外に連れ出してもらった記憶の中に、ここはなかった。
いや、森の中の木など、絢音に区別はつかないと言った方が正しいだろう。
故にここがどこか、どちらへ向かえば良いのか、解るはずも無かった。
あれ程、剣は外へ連れ出すのを嫌がるのだから、きっと、お屋敷の外へ一人でいては直ぐに危険が迫るかもしれない。
絢音には剣のように、鋭い牙も爪も、早い足も無い。
「どうしょう、どうしょう」
焦る心に急かされて、右往左往しながら、無駄に走り回っていた。
闇雲に動いて、体力が奪われていった。
それでも、足を止めたら、何かが襲ってくるかもしれない、その恐怖に心が蝕まれていく。
不安が不安を呼び、足が縺れて倒れた。
その時、空気が動いた。
とても冷たい。
冷たい空気が絢音の頬を撫でて、過ぎて行く。
絢音は背中にぞくりとしたものを感じて身体が強張った。
「怖いか」
低い女の声がどこからともなく聞こえてきた。
絢音はぴくりと肩が震え、目だけで辺りを伺う。
周囲に声の主は見当たらない。
「怖いだろう、怯えるが良い」
冷たく低い声が響く。
絢音の竦んだ足は動かない、その恐怖に怯えて見開かれた目が、不審な声の主を探して動いていた。
「ふふ、怯えろ」
冷たく緊張に張り巡らされた空気が揺らめいた。
絢音の首筋を冷たい空気が撫でる。
「お前如きが、何故、心霊なのだ」
声の主が怒りを孕んだ声を伴って、姿を現した。
姿は人だが、獣の耳があり、真っ白な着物からは足の代わりに長い尾っぽが出ており、その毛先は細く、女の等身分にも及び、空に浮いていた。
幽霊の様な、妖の女だった。
その赤い目が怒りに満ちて向けられ、言いようの無いほどの息苦しさを感じて、絢音は更に怯えた。
「心霊って、剣様の事でしょうか」
絢音は見知った言葉に、糸口を見つけた。
問い掛ける声は震える。
「お前如きが、心霊の筈が無い、我が本当の心霊なのだ」
絢音の目が驚きで更に丸く見開いた。
「えっ、心霊って」
絢音が剣の心霊なのは剣が決めたからだ。
絢音の意思はそこに無かった。
だから、剣以外が心霊を決めるなんて、想像もしてこなかった。
だが、目の前にいる女は、自分が心霊だと、剣の心霊と言っている。
絢音は理解出来なかった。
「あの、心霊は剣様が決められるのではないのでしょうか?」
解らなかったので、そのまま、言葉にした。
「お前如きが剣の名を呼ぶな、汚らわしい」
妖の女に吐き捨てるように強く言われ、更に身を竦ませた。
「お前さえ、居なければ、お前さえ、この世に居なければ、剣は我の元へ帰ってきてくれる、また、あの懐かしい暮らしに戻れる、漸く見つけたのだ、漸く・・・」
低く呪いを掛けるような女の声は絢音に更なる恐怖を被せてくる。
妖の女の尾っぽが、絢音の方へ伸びてきた。
絢音は強張る体で懸命に後退る。
するすると、細長い尾が絢音の足元から巻き付いてきた。
それに伴い、妖の女が近づいてくる。
「ああ・・・」
掠れた声が辛うじて出たが、既に絢音の首に尾の先が巻き付いて、締め上げ始めていた。
絢音の体が少しずつ空中に浮き始めた。
「ああ・・・剣様」
薄れゆく意識の中で、慕う剣の名を呼ぶ。
「貴様、何をしている」
怒りに満ちた低い声が辺りの空気を震撼させた。
「ああ、会いたかった、剣」
幽女が色づいた声で剣に声を掛ける。
「えっ」
剣は驚いた、随分前、まだ、絢音を見つけるはるか昔に、ここではない縄張りで、一緒に暮らしていた雌狼だった。
その姿は依然と違い、やせ細った体に、足の代わりか異様に細く長い尾、目ばかりが赤くぎらついていて、一目ではそれと判らないくらいに変わり果てていた。
名を呼ばれなければ気が付かなかったくらいだ。
「絢音を放せ、俺の心霊だ」
剣が強く言い、近づくと、その分妖の女が下がり、つられる様に絢音が引きずられる。
「貴方の心霊は我じゃ、これではない、だから、これを殺して、何の憂いもなく、我と暮らそう、昔の様に」
妖の女が可愛らしい声で剣に話す。
「違う、俺の心霊は絢音だ、お前では無い」
きっぱりと言う剣だが、妖の女の尾が絢音の首に巻き付き締めかけているので、迂闊に手が出せないでいた。
「ううっ」
絢音が短い呻き声を上げた。
「絢音っ」
剣が手を伸ばし、絢音に触れようとした時、妖の女が大きく下がって、剣の手が空を切る。
「そうか、やはり、貴方は戻ってくれぬか、であれば、この女を道連れにしてやる、思い知れば良いのだ、心霊を失くす事がどれほど辛いか、生きてはいけぬ程辛く、その存在がこの世のどこかに居るという事で死ぬ事も出来ず、どれ程苦しい事か、思い知れば良い、我がこれだけ彷徨った、成れの果てのこの姿、目に焼き付けて、己の所為で心霊を失ったと責め抜けば良い、心霊を失くす辛さに、苦しみ悶えて死ねばいい」
言い終わると、その赤い目がより一層赤く光り、剣を見据えながら、絢音に巻き付いた尾に力を入れ始め、じわじわと締め上げ始めた。
「苦しめば良い、苦しめ・・・もうすぐ・・・もうすぐじゃ」
先程の可愛らしい声は微塵も思い出せない程、しゃがれた声で妖の女が語る。
じわりじわりと更に尾が締まる。
「う・・・うっ・・・」
絢音の短い呻き声が漏れてくる。
「絢音っ」
少しでも近づけば、一気に締め上げられるかもしれない。
何処かに隙がないか、剣は懸命に絢音を救う手段を考えた。
目の前で心霊が苦しんでいるのは、己を刻まれるより辛い。
絢音の目が薄く開いた。
締め付けられ、苦しくて閉じられていた瞳が剣に向けられた。
「剣様、お、お慕い、して、おります」
それだけは伝えたかった。
自身の言葉で、剣に伝えたかった、このまま殺されてしまうなら、告げておきたかった。
剣と結ばれて、温もりを感じて、心に湧いて来る気持ちを伝えたかった。
剣に拾われ、養ってもらっていたので、恩も感じている。
妖であっても、人である絢音を唯一無二の存在として、大事にしてくれていた。
人ではない事に不安を感じる事もあったが、きっとこの世にこれ程自分を愛してくれる者はいないと思った。
自身の心に問いかけた時に、自分の想いに気が付いた。
私も剣様が居なくては心が辛い、剣様の笑みは私の心を温めてくれる。
そう想っていた。
その心が言葉になった。
既に絢音の態度で伝わっているとは思っていても、言の葉にしたかったのだ。
その瞬間、絢音の体がほんのり光を持った。
しかし、その細やかな光さえ、妖の女には眩しかったらしく、一瞬怯み、絢音を締めていた尾が緩んだ。
その隙を剣は逃さなかった。
妖の女と絢音の間の尾をその鋭い爪で引きちぎり、倒れかけた絢音を抱きとめて、片手で妖の女の心の臓を抉り出して、地面に叩きつけ、踏みつけた。
「ああっーーーー」
長い断末魔の叫び声が森の中に響いた。
辺りの霧が晴れるように妖の女の姿も亡くなった。
一瞬の出来事が深く垂れこめていた重しを解いた。
腕に抱えた絢音は冷たい、胸に耳を当てれば弱い鼓動が聞こえる。
急いで屋敷に帰り、伝手を使い、医師や薬師の手配をした。
如何でしたでしょうか?
心霊のありようです。
片方だけが感じるなら、片方から選択されると思いますが、
両方から感じるなら、一致しないとどうだろう?
などと思いました。
感覚の事なので、ね。
他の要素もあるかと思いますが。。。
お気に召して頂ければ幸いです。
暫く続きますので、よろしければお付き合いください。
よろしくお願いします。
☆も良ければ・・・




