剣と絢音の想い違い2
がんばれ絢音。
剣の懐に花蜜など入れて、お玉の店に向かって歩いた。
被っている布の端から、ちらちらと絢音は剣の顔色を|窺っている。
剣は口を真一文字に閉じたまま、真っ直ぐ前を見つめて歩いていた。
先程の様に怒っている気配はない。
首の赤い跡は薄くなっていた。
絢音は顔に掛かっている布をしっかりと持ちながら、剣の首に額をつけてみた。
剣の体温が額から伝わって来る。
少しだけ安心出来た。
絢音からは見えないが、剣の口角が僅かばかり上がっていた。
お玉の店に着くと、暖簾を潜って中に入っていく。
「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました」
お玉やお小夜が目立たぬように、されど、笑みを湛え迎えてくれる。
「ああ、今日は嘸かし高い着物を強請られるんだろうからな」
開口一番、剣は絢音を降ろしながら、悪い笑顔を向けながら話し、布を取ってやる。
「まぁ・・・」
お玉が喜色ばんだ声を上げ、絢音を見ると、後に続く言葉を飲み込んだ。
絢音が涙目でお玉の方を、見ていた。
「あの、あの、きょ、今日は、欲しい布が、布が、あ、あって、あの、お着物もあって、あるのですけれども、布、布も・・・」
先程感じた僅かな安心は既に無くなっていた。
地面に降りた足は震え、零すまいと、必死に涙を零すまいと、握りこぶしを固くして、店の奥に向かって言葉を絞り出していた。
隣にいる剣の顔は怖くて見られなかった。
「ああ・・・」
お玉の声は、3段くらい低い声へと変わっていっていた。
「さっさ、こちらへ、そんな入り口では何ですから、剣様も心霊様も」
気を取り直してお玉が、奥へと案内した。
お玉に言われて奥に向かうため、いつもなら歩いて行くのに、剣が片手でさっと絢音を抱き上げ、零れかけた涙をその大きな指で拭ってくれた。
絢音は小刻みに震えながらも、剣の衿合わせを握りしめていた。
顔色は白く、ぎゅっと口を閉じていた。
剣が纏う空気が変ったのはわかったのだが、本当はまだ、怒っていたら、どうしようと不安が拭えず、震えていた。
奥座敷に座った。
お小夜がお茶を差し出す。
絢音はまだ、剣の膝の上に納まったままだった。
お玉が苦笑している。
「さてさて、心霊様、落ち着かれましたでしょうか?」
口角が上がったままのお玉から尋ねられる。
「すみません」
お小夜から差し出されたお茶を一口飲むと、自然と詫びの言葉が口をついた。
「いえいえ、お気になさらず、剣様もいけずでございましょう、こんなに可愛い心霊様を泣かせてぇ」
一気にお玉は言うと、キッと剣を睨んで見せた。
目の端に色香が漂う。
「ふん、ちぃっとばかし絢音がつまんねえ事を言うから・・・」
剣はそっぽを向いて、お玉の視線をかわし、呟く。
「ごめんなさい」
絢音はまた小さく縮こまった。
やっぱりまだ怒っていた。
そんな風に思えて身体を固くする。
絢音は、ただ、育ちが貧しかったので、高い物に慣れていないのである。
自分には分不相応だと思っただけなのだ。
決して、剣を侮っているとか、頼りにしていないとかでは無いのだ。
言葉を紡ぐのは難しく、もどかしかった。
「剣様、そんなにお言いにならなくても、心霊様がまたお泣きになりますよ、心霊様、気に病まず、今日は何がお目当てございましょうか?」
お玉が絢音の顔を覗き込んで慰める。
絢音は茶器を握りしめたまま、黙っていた。
「絢音、何の布が欲しいんだ、また、何か作るのか?」
流石に剣も憐れに思って、やり過ぎたかと思った。
「・・・」
纏う空気も声色もいつもの優しい剣ではあるが、先程の様に、突然変わるかもしれないと思うと、絢音の喉がしまる。
「絢音?」
剣は絢音の頭にそっと掌を置いた。
「・・・」
絢音に少しずつ剣の体温が移る。
口を開きかけて、声に乗せようと試みた。
「絢音、必要な物買うてやるから、何だ?欲しい物があったんだろ?」
剣は頭を撫でながら、優しく問いかける。
「あの、寒くなるので、綿入れをと、思っていました」
聞き損なうような、小さな声で絢音が望む。
「そうでございますね、心霊様はお山の上で初めての冬を迎えますから、冬支度は早めに始めた方がよろしいかと思います、さあ、では、どれに致しましょうか、沢山ございますから、沢山見てくださいませ」
お玉が努めて明るく声をかける。
手を差し伸べて固く握られていた茶器をお玉が手を開かせて受け取る。
変わらず頭を撫で続ける剣だった。
「そうだな、絢音は毛が無いからな・・・」
ぽそりと剣が呟くと
「剣様も毛が無い時あります」
絢音はそう言って、自身が抱えらえている剣の腕を撫でた。
「・・・」
「・・・」
不意を突かれた剣は黙ってしまった。
確かに、人の姿の時は、すべやかな肌をしているのだ。
絢音も間違った事は言ってないつもりだが、空気が固まっているような気がしたので、黙ってしまった。
「ふふっ、剣様、一本取られましたね、心霊様に、そうですよね、今は、毛が無いですからお寒うございます」
お玉が殊更、明るく笑っていた。
一変に空気が温かく場が和んだ。
「寒くなる前に、支度だ」
目を細く緩めている剣はそう言うと、絢音の手を撫でていた。
「はい」
今度は、絢音も笑顔で応えられた。
お小夜がお玉の後ろで、前が見えない程、綿入れを抱えていた。
「さぁさぁ、どれがようございましょう?」
お玉が端から広げ始めた。
如何でしたでしょうか?
絢音だって言う時もあるのです。
ちょっと控えめでしたが、今回は。
お気に召して頂ければ幸いです。
暫く続きますので、よろしければお付き合いください。
よろしくお願いします。
☆も良ければ・・・




