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絢音の心

長いです。

切りどころが難しくて、一気に!!

 暫く、剣は、絢音に(かま)けていて手抜きがちであった山の見回りに精を出していた。

その間、絢音は買ってきた手ぬぐいを使って、風呂上り用の簡易巻き作りに精を出していた。


その中には、剣の分も含まれていたが、出来上がるまで内緒にしていたかったので、剣が帰ってくると慌てて隠していた。

「何をそんなに驚く」

帰って来る度に驚かれるようになって、少し機嫌の悪い剣であった。

「い、いえ、私には剣様のように、気配を感じる事が出来ないので、突然戻られて、驚いているだけですから」

そう言いながら、手を世話しなく動かし縫っていた物を隠している。

「そうか」

あまり納得していない剣の片眉は上がっていた。




「絢音、日が陰る前に風呂に入れ」

今日は早めに剣が帰ってきて、声を掛けられた。

「はい」

返事をして、いそいそと支度をする絢音はどこか浮かれていた。

頑張って縫っていた簡易巻きが完成したので、今日、剣にお披露目するつもりだ。


以前、絢音はいつも先に風呂を勧めてくる剣に申し訳なく思い、尋ねた事があった。

「剣様が先でなくてよろしいのですか?」

主である剣より先に湯を浴びる事に少し抵抗があったのだ。

「湯は俺が使う方から絢音が使う方に流れるのだから、綺麗なうちに湯を使う方が良いだろう、あの湯は絶えず沸いてきているのを引いているから、時間が経てばまた、綺麗な湯になるが、その間の時間が無駄だ」

理に適っている。

「でも、主様より先に浴びるのは・・・」

絢音が気持ちを告げる。

「そんな些末な事、気にするな、俺は絢音の気分が良ければ気にしない、それに、絢音は夜目が効かないから、薄暗くなってからは危ないだろう」

心配そうな剣が絢音を見据える。

暗闇は怖い。

絢音はこくこくと頷くしか出来なかった。

自ら言っておいて、出来る事の少なさを更に実感しただけになってしまった。


でも、絢音が思っている事を剣に説明すると、剣も思っている事を正直に話てくれる。

種族も違う、生きてきた時間も方法も違う二人なのだ、伝え合わなければ伝わらない。



 そんな事があったので、いつも先に絢音が湯に入る。

「剣様、お先に頂きました」

湯から上がり、頬が上気した絢音が簡易巻きを身に纏って剣の前に立った。

「おお、・・・」

剣は背を向けて答えたものの、振り返り目を丸くして息を飲んだ。


そこには細く白い腕がむき出しで、膝から下もほっそりとした足が覗き、軽く衿合わせをして、蝶々のような紐飾りが付いている物を身に纏っている絢音が立っていた。

「湯上り用の簡易巻きを作ってみたのですが、如何でしょうか?おかしいですか?」

小首を傾げながら剣を見上げる絢音がいた。

不安な色がその瞳に纏わりつく。


「可愛いぞ、うんうん、家で着るだけなら、可愛いぞ、(他の奴には決して見せるな)」

絢音を抱き寄せて、頭を撫で回し、頬を摺り寄せて、宝物ように優しく抱いて、そっと口づけをされた。


更に赤くなった絢音が、剣の腕の中で見悶えていた。

「あ、あの、つ、剣様の分も、ご用意したのですが・・・」

何とか腕の中でもがいて、声が出た絢音は剣の分を用意したくて、少し離れようとした。

「ん?俺の分?」

意外な事を言われて、抱き寄せていた手を緩める。

剣の腕から逃れて、絢音は後ろの箪笥の引き出しから、剣の分を出してきた。


「こちらが剣様の分です、もし、よろしかったらお召し頂けますか?」

絢音がおずおずと差し出した。


「最近、慌てて隠したり、帰って来る度驚いていたのは、これのせいか?」

「はい、出来上がるまで内緒にしておきたかったので・・・お気づきでしたか?」

絢音は頬を染めたまま、少し肩を落とした。

内緒にしていたつもりなのに、実は気が付かれていたかと思ったのだ。

「いや、何かは知らなかった」

剣の答えに少しだけ安堵した絢音だった。


(心霊はほんに可愛い事をする)

剣は絢音が自分に隠し事をするのは、自分にまだ心を許しきっていないのではないかと、危惧していた。

自分がどんなに心を寄せても、妖であるが故に、心を預けてもらえないのかと、口惜しく思っていた。

浅はかであった。


絢音を疑った事が絢音に申し訳なかった。

そんな事を思った己が不甲斐なかった。


絢音が作ってくれた簡易巻きを手にしながら、再び絢音を抱きしめた。

「嬉しいぞ、お前が俺のために作ってくれた物は、何より、何より、嬉しいぞ」

剣は絢音に何度も何度も頬を擦り寄せながら喜んだ。


心霊がその心を込めて己のために作ってくれた。

己に心を寄せてくれた証の様なものではないか。

剣は絢音の心が少しでも寄せられた事が嬉しかった。

己は心霊だとはっきりと自覚が出来るが、人である絢音には心霊という事が自覚できない。

それでも、剣に寄り添おうとしてくれる事が、心霊という事よりも、絢音が愛おしいと思った。

一頻(ひとしき)り、抱きしめた後に剣も湯に入りに行った。


剣がゆったり湯に浸かっている間、絢音はまだふわふわしていた。

いつもしてもらうばかりの剣に、何かしてあげられた事はとても嬉しい。

それに剣はとても喜んでくれていた。

あんなに嬉しそうな剣を見たのは初めてかもしれない。

大事にしてくれる剣を、同じ様に大事にしたいと想っている絢音だった。





「どうだ、絢音、似合うか?」

湯から上がり、絢音の作ってくれた簡易巻きを着て、剣は絢音に問い掛けた。

「ああ、良かったです、巾も丈も丁度良くて」

絢音も内緒で作っていたので、少し心配だったのだが、丁度よくて安堵した。

剣に誂えたように身体に馴染んだ。

「湯上りは暑いから、袖も無いし、足元も風が通って、気持ち良いな、ありがとう」

色合いも気に入っていたが、着てみれば着心地も良く、剣を更に喜ばせた。

「喜んで頂けて嬉しいです」

絢音もこれ程喜んでもらえるとは思っていなかった。


絢音が湯のみに水を入れて持ってくる間、剣は小引き出しから小さな瓶を懐に忍ばせた。

「剣様、どうぞ」

頬をうっすらと桜色に染めて、剣に湯呑を差し出す。

簡易巻きの浅い合わせから、その逞しい胸板が覗いていたので、思わず絢音は視線を逸らせた。

絢音から差し出された水を飲み干すと、湯呑をちゃぶ台に乗せ、絢音を抱き寄せて膝に乗せた。


「絢音、俺が怖いか?」

先程とは違い、剣の少し沈んだ声が上から降ってきた。

「えっ、いえ、剣様はお優しいですから、怖くありません」

絢音はその急な問いに驚き、剣の眉尻が下がり気味の顔を見上げて、不思議に思って、首を横に強く振って答えた。

「絢音は、嫌か?」

剣の低い声が続く。

絢音は黙って首を横に振った。

何がと剣に言われないが、その瞳にいつもと違う熱が籠っているのは絢音にもわかった。

心霊が何かと言われているので、求められているのは、何と無く気が付いていた。

ただ、誰からも教えられていないので、わからない恐怖があった。

剣は優しい。

剣は絢音をとても大事にしてくれる。

でも、違ったらどうしよう。

その想いは残った。

恥ずかしさもあり、聞く事は出来ない。

信じていない訳でも無い。

知らなさからくる恐怖と不安が混ざった。

絢音は赤い顔で俯き、小さく震えていた。



「絢音、お(まじな)いの薬だ」

剣が懐から小瓶を出して、絢音の目の前に向けた。

「お呪いの薬?」

絢音が不思議そうに小首を傾げて、小瓶と剣を見比べる。

「俺と絢音にだけ効く、恐くなくなるお呪いの薬だ」

剣の声が明るくなっていた。

その瞳にいつもの優しさが溢れていた。

いつもの剣に戻ったような気がして、絢音はすぅーっと体から力が抜けていった。

「ほら」

「はい」

剣は小瓶の蓋を開けて、絢音に渡した。

絢音は、手渡されて、何も疑わずに飲み干した。

飲み干した小瓶を剣は絢音の手から取り上げ、ちゃぶ台に乗せた。


そのまま、抱き上げて、寝床に向かった。

絢音は剣の胸元にそっと寄り添っていた。

厚い胸板に頬を寄せると、とくんとくんと心の音が聞こえ、温かかった。

ふわふわとしてくる自身の心の音も聞こえてくる。

『ここに居れば大丈夫』

『剣様の傍に居れば守ってもらえる』

絢音は、そんな言葉が心から湧き上がってきた。

「絢音、愛しい、俺の心霊」

敷布の上にそっと寝かせられたら、剣の声が上から降ってきた。

大きな手でそっと髪を撫でられた。

「剣様、私の大事な心霊様」

剣の漆黒の瞳の中に、ふんわりと微笑ながら告げる絢音が映っていた。


その夜、絢音と剣は深く深く、結ばれた。

剣は、大事に大事に絢音の初めてを抱いた。








 「目が覚めたのか?」

ぼんやりとした意識の中で、聞き覚えのある声がした。

(もや)が掛かっているかのような視界の中に優しい笑顔が入ってきた。

「あ・・・」

自分で発したとは思えない様な掠れた声で、言葉が続かなかった。

「少し、待っていろ」

その言葉と共に、側にあった温もりが消え、心許なく感じた。

「ほら、飲め」

抱えられるようにして、上半身が起こされ、口元に湯呑があてがわれ、冷たい水が唇に触れる。

少しずつ飲み込めば、乾いた喉が砂の様に水を吸い上げる。

「これも」

湯呑の代わりにあてがわれたのは、大きな指にとろりとした液体が乗っていた。

ゆっくりと口に含まれていくその液体は、甘く舌に触れて広がっていく。

ごくりと飲み込むと、そっと、寝かされた。

「ゆっくり休んでいれば良い」

声の主は、柔らかな声音で告げ、大きな手が頭を撫でてくれている。

まだ熱を帯びている体ごと(たくま)しい腕に引き寄せられ囲われる。

その包み込まれる感覚に身を委ねると、ゆっくりと瞼が閉じていく。

眠っている間に湯に入れ、寝床の敷物も変えたので、また、ゆっくりと休ませられると、愛しき心霊を瞳に映し、安堵している剣であった。







 「起きるか?」

ぼんやりとした意識の中で、聞き覚えのある声がした。

靄が掛かっているかのような視界の中に優しい笑顔が入ってきた。

「つ・・・るぎ・・・さま」

絢音は目を開け、目の前の居た剣を認識した。

「そろそろ、起き上がれるか?」

剣は心配そうに眉尻を下げて、絢音の顔を覗き込んでいる。

「う・・・」

上半身を支えられて起こされた絢音は体の節々が軋み、特に下半身が動かなかった。

「無理をする事はない、だが、流石に腹が減ったろ?」

剣が布団の中から絢音を抱き上げて、居間に向かっていた。

「ひやぁ・・・」



意識が戻ってきた絢音は、我が身が何故、こうなっているのか思い出し、短い悲鳴を上げ、耳まで赤くなって俯いた。

「どうした?急に?」

剣は絢音の突然の悲鳴に驚き、不可解な様子を(いぶか)しんだ。

絢音は黙ったまま、応えられなかった。

剣はその様子を見て、気が付いた。

「ああ、思い出したのか、何をしたのか」

喉の奥から、嚙み殺したような笑い声が漏れてくる。

「・・・ん」

絢音はやはり言葉にならないのだが、何となく、剣がずるい様な気がして、肩に爪を立ててみた。

「ん?掴まるなら、肩に掴まるより、首に掴まった方が楽ではないか?いつもそうしているだろう?」

「んんっ」

剣には全く意図が通じなかったらしく、尚更、絢音の気持ちは向かう先が無くなった。



居間に着けば、用意されていた膳の前に剣ごと座り、そのまま絢音は膝に乗せられた。

胸に体を凭れ、剣の腕の中で、一口ずつ箸が口元に運ばれてくる。

「ゆっくり噛んで食べろ」

剣は先に済ましたようだ。

「剣様、自分で食べます」

漸く、意識もはっきりして、腕も動きそうになったので、絢音が申し訳なさそうに剣に声を掛けた。

「気にするな、ゆっくりしていれば良い、体にだいぶ負担を掛けたからな」

剣は自分と絢音の体力差が想像以上だったので、少し、反省していた。

でも、絢音に体力を付けようともしていた。





少しでも長く、健やかに絢音に生きていて欲しい。

そう、願ってもいる。

大事に大事に心霊を守って暮らしていきたいと、願っている。


如何でしたでしょうか?


ゆるゆるとしたお気持ちで・・・


お気に召して頂ければ幸いです。


暫く続きますので、よろしければお付き合いください。

よろしくお願いします。




☆も良ければ・・・

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