第一章六話『ユダの訓練 2』
「──ぁ……」
ユダの口から思わず感嘆の声が漏れる。今のユダには剣術の構えの良し悪しなど分からない。だが常世の構えは、無知なユダを美しいと唸らせるほどのものであった。
「かかってこないのか」
常世の言葉にユダは我に返る。これは模擬戦とはいえ戦いだ。気を抜いていいわけがない。だが今のユダには剣の使い方など分からない。
(だったら……)
ならば真似る。常世の剣の持ち方、構え、できる限り全てを。
「いきます!」
律儀に名乗りを上げながら、地面を思いっきり蹴り上げて正面から常世に斬りかかる。
「力み過ぎだ。それに──遅い!」
有り難い助言を頂くと、ユダの剣は片手で軽く受け流され、その勢いのまま地面に叩きつけられる。
「──ぐはぁ!」
典型的な悲鳴をユダは上げた。
木剣とはいえ痛いものは痛い。今にも剣を置いて逃げたくなるほどの痛みがユダの体を襲う。
(けど、この程度……!)
しかし、ここで逃げるわけにはいかない。『大罪教』と戦えるようになるには、こんなことで挫けるわけにはいかないのだと、そう自分を鼓舞して立ち上がる。
剣を再び構え、常世をじっと見つめる。僅かな動作も見逃さないように。先ほどのやり取りで、圧倒的 強者の常世に自分から突っ込むのは愚策だと理解できた。なら次は趣向を変える。ユダが攻めるのではなく、常世が攻めるように誘い込む。そしてカウンターを決める、先ほどの常世のように。
「攻めてこないのか?」
ユダの戦う姿勢が変わったことを感じ取ったのか、常世がユダに問いかける。それにユダは剣の構えを崩しながら答えた。
「あんな一撃をもらったら戦う気も失せますよ……」
虚言だ。
今のユダの目には変わらず戦意が宿っている。しかし今回は、弱気な発言と体勢を見せて、常世自ら攻めるように誘う。
──静止が続く。
ユダと常世、どちらも構えを崩さず、ただじっと見つめ合う。ユダは弱腰の姿勢を崩さず、戦意の無さをおもむろに表現する。こんなので本当に何か状況が変わるのかは分からない。しかし少しでも、可能性があるのならば実行するだけだ。
──静止が続く。
常世は自身の構えを崩さず、ただユダをじっと見つめる。何か変化があったとき、即座に動けるように。
──静止が崩れる。
静止が続く中、動きを見せたのは常世だ。自らの守りの構えを崩して、ユダに斬りかかる。自身が得意とするカウンターを捨てた愚策だ。無論、今の戦いは勝つのではなく、ユダの才能を推し量るのが目標であることをユダは忘れていない。故に愚策と知りつつも、ユダの考えに乗った。ユダがどんなものを見せてくれるのかを期待して。
「──ッ!」
常世がユダに斬りかかる。その一撃は確かに早かった。しかし手加減のお陰か、ユダの動体視力でも視認することはできる。
(──早い! だけど視認できる!!)
「今だ!!」
常世の剣がユダの間合いに入ると、ユダは先ほどの常世のカウンターを思い出して実行する。模倣──にも満たない、大幅に劣化した剣技だ。しかし今のユダにはそれで良かった。
「──」
常世は表情と構えを変えずに、まるで何かを期待するかのような双眸でユダを見続けている。そんな常世にカウンターの一撃が入った。
(──崩れた!)
カウンターによって体勢が崩れ、常世に一抹の隙ができた。そしてその隙──最大級のチャンスをユダは見逃さない。
「うぉぉぉ!!」
きっとこの今のユダは世界の誰よりも猛っていた。
(──ここだ!)
どこを斬るべきなのかは分からなかったが、目に入った常世の横腹に一撃を入れる。バシッ!と鋭い音が鳴った。
確かに入った一撃。それに微かに安堵した次の瞬間、ユダは戦慄した。
「……は?」
そう声を漏らしたのはユダだ。常世の横腹に入れた一撃──常世に大ダメージを与えるとまでは思っていないが、少しでもダメージを与えられるものだと思った。
しかし現実は違う。常世は相貌を歪めるどころか、一切表情を変えずユダに剣筋を入れながら、再びユダに斬りかかり地に落とす。
「──痛っ!」
常世に斬られた痛みと地面に落とされた衝撃に、ユダは思わずそう叫んだ。
(──ひぇ……)
そして次の瞬間、ユダは戦慄した。常世が命を刈り取る死神かのような存在に映った。だが心は恐怖に支配されることはなかった。ユダはせめてものあがきとして、衝撃で手放した剣を右手で掴もうとする。
「させない」
常世の冷徹な言葉がユダの耳に届いた瞬間、右手に違和感が走った。とっさに右手の方をユダが向くと、右手は常世の足に踏み潰されていた。
「あぁ!!」
右腕が常世に踏み潰されたことを理解した瞬間、痛みが遅れて迸り、ユダは絶叫した。
「……ここまでか」
どこか満足そうな声色で常世は呟いた。すると常世は倒れているユダの体に跨り、頭をめがけて剣を突き出す。
「──ッ!」
仰向けになっているユダ。喉元に突き出された木剣にユダは冷や汗をかいた。
僅か数秒の静止が両者に流れる。恐らくこの間に抗ってみせろということだろうが、利き手を使えなくされて剣も握れないユダには何もできない。
「ユダ君、君の負けだ」
ユダの敗北と同時に自身の勝利を宣言する常世。それにユダは「はい...」と頷いて自身の敗北を認めた。
常世は手にしている木剣を放すと、地面に倒れているユダに手を差し伸べる。それをユダは掴んで立ち上がった。
「手加減するって言っておきながら、あんまりしてなかったじゃないですか」
常世の手を取り立ち上がるとユダは、悪態をつく。手加減を感じる場面は確かにあった。
(だけど、やり過ぎじゃないか……)
特に右腕を踏み潰したところ、危うく腕が折れるところであった。そういうところも常世が手加減して調整したのかもしれないが。
「あれぐらいがちょうどいい。手加減ばかりしてユダ君の意識を変えることができなかったのなら意味がないからな」
「意識ってなんですか?」
「一般人の意識だ。今の君は仮入隊という立場であるが、一介のギルド隊員だ。いつまでも自分のことを一般人と意識していたら話にならない」
「……確かにそうですね」
(確かに俺が甘かった……)
常世の言葉にユダは自身の甘さに気付いた。今のユダはギルドの隊員、甘えは許されない立場なのだと意識を改めて変えた。
ヒリヒリとした痛みを覚えていると、常世はユダの良いところを語っていく。
「……それと、中々いい剣筋だった。今の模擬戦を見てユダ君には『刀剣流』を教えることにした」
「刀剣流……頭をよく使いそうな流派ですけど、俺なんかに適性があるんですか……?」
「安心しろ。さっきの戦闘でユダ君は、言葉で俺を誘導したり、俺の剣筋を受け流したりしていた。十分に適性がある」
こうしてユダは『刀剣流』を常世に教えてもらう事になったのだ。




