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『本日最終話まで投稿!!』世界の悪に全てを奪われた少年、絶望の果てに勇者となる  作者: おう
第一章『アアル王国編』

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第一章二十九話『後始末』

  ──醜悪な雰囲気がそこにはあった

 

 その部屋には陽の光が通らず、醜悪な匂いが蔓延していた。

 外の音がほとんど聞こえず、聞こえるのは不定的に滴る水滴な音だけだ。その全てがこの部屋にいるものを不快にさせた。否、意図的に不快にさせているのだ、『ギルドマスター』アルデバランの手によって。

 

 「それで情報は吐いたのか?」

 

 少し居ただけで気が狂いそうなこの部屋で、透き通った声を発したのはアルデバランだ。その目線の先には桑靴を口に挟まれながら椅子に固定させられている男がいる。

 

 「いえ、いくら拷問しても一切情報を吐きません」

 

 先程まで持っていた拷問具を手から離してアルデバランの質問にそう応じたのは、紫色の髪の男、『特務部隊隊長』、サミュエル・ディースカだ。

 彼はユダたち『第一部隊』が男を確保をしてからユダが翌日に目を覚ますまで、アアル王国にいる内通者を見つけるため、それとの接触経験があるだろう男の尋問を行なっている。

 乱雑に置かれた無数の拷問具と、男のげっそりとした体が拷問の過酷さをひしひしと表している。

 過酷な拷問を受けてもなお、一切の情報を吐かない男には犯罪者ながら天晴と言わざるがおえなかった。

 仲間の情報を敵に渡すまいと、拷問に耐える覚悟を見せた人物をサミュエルは沢山見てきた。しかしその多くは数時間もせずに情報を吐いた。それ故にこの男は凄かった。

 

 「ならどうする?……って言ってもお前の中にはいい方法が思いついているんだろうが」

 

 事実、サミュエルの頭には目の前の男に情報を吐かせる方法を思いついていたが、それを実行するのには躊躇いがあった。

 

 「ええ。『痛み』を与えて駄目なら次は、『甘さ』を与えます」


 『痛み』ではなく『甘さ』、普通の犯罪者に対してならばサミュエルもこの方法を速やかに実行していただろう。しかし目の前のディアブロは、あの大規模テロを『大罪教』と結託して実行した極悪人だ。『甘さ』──、恩赦や減罪なんて与えたくなかった。


「別にこいつ自身に恩赦を与えなくてもいい、与えるならこいつの組織の部下だ。こいつは絶対に処刑台に送る」

 

 サミュエルと同じ思いをアルデバランも持っているようで、思いを久んで最善策を提案する。


 「なら、その方法で行きましょう」

 

 そう言い、椅子に縛り付けられている男の耳栓と桑靴を外す。

 

 「……なんだ?拷問はもう終わりか……?」

 

 耳と口が解放されると男はどこか挑発的にそう尋ねる。そんな姿を見たサミュエルは眉をひそめて──、

 

 「ああ、そうだ。いくら痛みを与えても貴様は一切情報を吐かないからな。そこで一つ提案がある」

 「へぇ、聞いてやろうじゃないか?」

 

 椅子に縛り付けられて視界を閉ざされてなお男は、下手に回らずに上から目線で言葉を口にする。

 

 「お前らに接触したアアル王室内の内通者の名をこちら側に教えてくれたら、減罪してくれるように王国に頼みこんでやる」

 「俺が自分一人が助かるために情報を渡すとでも?」

 「減刑してくれるように頼むのはお前じゃない。お前以外の『アアルの目』の構成員全員だ」

 「──つ」

 

 一瞬その双眸に戸惑いが宿る。サミュエルが示した条件は、男にとって非常に魅力的なものだ。テロ組織で度し難い悪だとしても、『仲間』は大切な存在だ。それの減刑が行われるのならば……

 

 「分かった。その条件を飲んで、内通者の情報をそちら側に渡そう」

 

 否応なく条件を男は飲んだ。

 

 「なら、交渉成立だ。教えてもらおうか」

 「あぁ、内通者は……」

 「──」

 

 内通者の情報を聞いたサミュエルとアルデバラン。その両者が意外な内通者の正体に驚く。

 しかし何故かと、考えるよりも早くアルデバランはこの拷問部屋を後しようとする。

 「おい! 待て!」


 ディアブロの声にアルデバランは怪訝そうな顔をしながら振り向き、苛立ちを込めた声で「何だ!」と返す。


 「何で剣王何てとんでもない戦力を民間組織が持ってんだ?」

 「それは俺の人徳だ」


 重要なことをアルデバランをはぐらかして言うと、ディアブロは眉をひそめながら、


 「違うな。多分弱みを握るのが上手いだけだろう。アンタが」


 妙に確信めいたことを言ったディアブロに一瞬、驚愕の目を向けるとアルデバランは止まっていた足を動かした。

 『アアル王国137第国王』セクメト・アアルに、その意外な内通者の情報を一刻も早く教えるために。






 「思いの外早かったな」


 玉座に座りながら赤い絨毯に跪く赤髪の男──、『ギルドマスター』アルデバランを見てセクメト・アアルはそう呟く。

 しかしそう俯瞰しているのはこの場ではセクメトだけである。『謁見の間』に集められたアアル王国の重鎮の全員が息を飲み、アルデバランが話すであろう内通者の存在を聞き詫びている。

 

 「ええ。第一部隊がしっかりと任務をしてくださったので。それで此度の内通者でありますが……」

 「勿体ぶらずに言え。アルデバランよ」

 「では、遠慮なく。此度の内通者は王国の宰相でございます」

 「「──ッ!」」


 その驚きの発言にこの場にいた貴族全員が息を呑む。そして衛兵が命令があればアルデバランの首を即刻討ち取らんと、武器を突き刺しながら跪くアルデバランを囲む。

 その一触即発の事態に陥りながらもセクメトは、その態度を変えることなくじっとアルデバランを見つめ続ける。

 

 「その証拠は?」

 

 値踏みするかのような双眸をしながらセクメトはアルデバランにそう問いただす。

 王国の柱たる宰相を内通者と、名を出すことを失礼だと吐き捨てることをセクメトは選ばない。

 一介の組織をまとめるアルデバランがそのような嘘をつかないことは分かっていた。しかしセクメトだけが納得するだけではいかない、この場にいる臣下全員が納得する証拠が必要なのだ。宰相の身を捉えるのには。

 

 「大罪教と結託して此度のテロを決行した『アアルの目』の長との取引で得た情報です」

 「ほう……どのような取引を交わしたのだ?」

 「ギルドで捕らえた『アアルの目』の構成員を減刑を約束する代わりに、此度の内通者の情報を」

 

 独断で減刑を約束したアルデバランを咎めることはなく、セクメトは思考を巡らせる。

 

 「まぁ良い。減刑を行うかの判断は別の機会にするとして、その長が嘘をついた可能性は?」

 

 「ない──、とは言い切れませんが、限りなく低いかと。こう言っては何ですが、一回の組織をまとめる身として相手が嘘をついているかは分かります」

「それだけの証拠で、馬鹿げた情報を信じろと言うのか貴殿は?」


 馬鹿げた情報であることはアルデバランも百も承知だ。宰相がどれだけ王国思いの傑物かはアルデバランも知っている。それ故に、今の自分がどれだけ無茶なことをしているかも分かった。

 

 「これだけの情報で国王陛下に信じていただけるとは私も思っていません、ですが一考していただけると嬉しくございます」

 「貴殿が冗談でそのような馬鹿げた情報を余に話すとも思えん、……分かった。その話を信じよう。衛兵よ! この男の命を刈り取ろうする前に、宰相の身柄を拘束して余の前に持って来い!」

 

 セクメトがそう声を張り詰めながら命じると、先ほどまで武器でアルデバランの首を刈り取らんしていた衛兵が「は!」とけたましい声を上げて謁見の間を後にする。

 

 「他の人も全員この場を後にしろ!衛兵が宰相を連れてくるまでの間、この男──、『ギルドマスター』アルデバランと話をしたい」

 

 そう言い謁見の間をセクメト・アアルとアルデバランだけの空間にしたのであった。


 「信じていただけたのですね、国王陛下」

 「無条件で信じた訳では無い。真実かどうかを余の目で確かめたくなっただけだ。もし貴殿の発言が嘘だった場合は覚悟しておけよ」

 「ええ。その時は断頭なり何なり受け入れます」


  迷いなくそう答えるアルデバランの姿を見て、セクメトは眉をひそめる。言語化できない不快感をアルデバランから感じ取ったからだ。


 「貴殿は一体何者だ?」


 この質問をするためにセクメトはこの『謁見の間』から人を割いた。目の前の男ーアルデバランからはただ異質な何かを感じる。しかしその『何か』を言語化することはセクメトにはできなかった。


 「俺はただ国王陛下と同じように平和を切望するニンゲンの一人ですよ」

 

 セクメトにはその言葉は着飾ったようにしか聞こえず、アルデバランがへの不信感を高めると共にこの男の正体を知りたいという欲を高める。

 しかし今優先すべきはそれではない。内通者が宰相かどうかを確かめることだ。


 「……衛兵が宰相を連れてきたようだ。アルデバランもう良いこの場を去れ。得た情報は全て書状に書いてギルド本部に送っておく」

 

 そうセクメトは口にして、アルデバランから感じる『何か』ではなく、眼の前の宰相──、セクメトに政治とは何かを教えてくれた恩師と、自分が傷つくことは分かりながらも向き合う覚悟を決めるのであった。






 『アアル王国137第国王』セクメト・アアルは本来、アアル王国国王の座に座るはずではなかった子供であった。長男が王位を継承する決まりがあるアアル王国において、セクメトは先代国王の5人の子孫の中の末男であったからだ。

 仮に次男であれば兄が病死した場合に王位が回る可能性があったかもしれないが、末男であったため即位する可能性が高い上の兄たちのように愛情が注がれることもなく、決して王族が受けるようなものではないお粗末な教育を受けて過酷な幼少期を過ごした。 

 そんなセクメトに一筋の光が差し込んだのは、セクメトが数え年で10の頃であった。お粗末な教育しか受けてないセクメトを心配したのか、宰相であるオットーが教育係を受け持つと言ったのだ。  

 そこからセクメトは宰相であるオットーから勉学を、そして為政者としての在り方についてを学んだ。その全てはセクメトには目新しく貪欲に知識を求めた。それにオットーは答え、さらなる知識をセクメトに授けてくれた。そうしている内に二人の関係は最愛の師と最愛の弟子という硬いものとなった。

 

 「僕は王位につく可能性がないのに政治について学ぶ意味があるのでしょうか?」

 

 ある日、不意にそう質問したことがあった。確かに政治について学ぶのは楽しかった。しかしそれに意味があるものかと思えなかった。それ故の質問である。

 それに返ってきた答えは今、137第国王となっても覚えているほどにセクメトの心に留まった。

 

 「知識は持っていて損することはありません。知識の数が貴方の強さになります。そしてその知識はいつの日か役に立つときがくるでしょう」

 

 事実、その日はそう遠くないうちに来た。セクメトの一番兄が急死したのだ。無論、それだけでは大して珍しいことではない。

 しかし異常だったのは、それからだ。長男が崩御すると次男が即位したが、直ぐにその次男も崩御した。それが幾度も繰り返され、ついには末男のセクメトにまで王位が回ってきたのだ。

 即位した当初、その特殊な経歴からセクメトが即位するために兄たちを謀殺したのでは、という根も葉もない噂が流れ、それを愚かにも信じて反発する勢力が多くいた。それをセクメトは見事な手腕で黙らせ、為政者としての実力を遺憾なく発揮したのだ。

 その時には膨大な『知識』を与えてくれた宰相に深く感謝したもであった。

 

 「内通者は私でございます。セクメト様」

 

 あっさりと自身が内通者であると宰相──オットーが認める。裏に何か別の思惑があるのではないかと、そう思わせるほどに。

 それ故に疑問がセクメトの頭に霧のように覆いかかった。

 赤い絨毯の上で、衛兵に首を剣で囲まれて俯く、初老の男の顔は見えなくその真意を図ることも叶わない。

 

 「なぜだ?」

 

 その言葉は重くて、様々な意味が含まれていた。

 

 ──どうして内通者になったのか?

 ──最初からこうするつもりで自身と関わっていたのか?

 ──恒久平和の理想を語り合った日常は、噓であったのか?

 

 「申し訳ございません……セクメト様」

 

 いっそ今までセクメトを騙していたと、言ってくれたほうが良かった。それ程までに悲しそうな声色をしてして、セクメトの心を蝕んだ。

 

 「なぜだ!なぜ余を……俺を裏切るようなことをしたのだ!?」

 

 一気に気持ちが爆発する。

 アアル王国137第国王としてではなく、セクメト・アアルという一人の男として。その脳裏には宰相と共に語り合った日々が浮かんでいた。最初から全てが嘘ならば、あの生活が、あの楽しい日々は嘘であったのだろうか?

 

 「確かに私はセクメト様を裏切りました。しかしだからといって、セクメト様と一緒に語った恒久平和の理想を忘れたわけではございません」

 

 「──何を!」

 

 この男は自分を、アアル王国を裏切ったのだ。その口から出る言葉、その全ては戯言のはずだ。

 ならばなぜ今、セクメトの心は悲鳴をあげているのだ、なぜこんなにも心が苦しいのか。その何一つが分からない。

 

 「許して欲しいなどとは言いません。ですが──、」

 「もう良い!もう……何も喋るな、貴様は余を、この国を裏切った反逆者だ! 衛兵よ!この反逆者を牢に捉えておけ!」

 

 向き合えない。

 今のセクメトの脆弱な心では向き合えることなど到底できない。だからこそ拒絶する。いくら為政者としての手腕が高くてもその脆弱な心では、前の前の恩師をしかと目に焼き付けることができないのだから。

 衛兵がオットーを乱雑に赤い絨毯から立たせた。 項垂れながら立ち上がり前を見ることもなく、下を向きながら歩き出す。

 

 「せ、セクメト様……」


 掠れるような声でセクメトの名を口から出すとオットーは、ゆっくりと後ろに振り向く。そして最愛の弟子の方を見る。背丈は大きくなり、幼い顔から立派な大人の顔つきになっていた。

 それを見てオットーは年甲斐もなく大粒の涙を流す。自身が泣いて良い立場ではないことは重々承知しているが、目から流れるその涙が止まることはない。

 オットーは恒久平和という遠い理想を叶える為に、大罪教という犯罪組織に手を組んだ。そこには確かに平和の意思があった。されど自身の行ったことは国を滅ぼしかけない大罪。死してその罪を償わなければならない、事実その覚悟がオットーにはある。

 

 ──けれど、

 

 けれど、悲しい。せっかく共に抱いた恒久平和を実現できる立場になったのに、自身がその力添えができないことが。最愛の弟子を裏切ってしまったことが。


 「頑張ってください。セクメト様」

 

 今の言葉は呪いになるかもしれないと、そう思いながらもオットーは最後にそう言った。 



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