第一章二十八話『世界の秘密を知って』
「知らない……いや、知っている天井だ」
ユダが目を覚ました時、眼中に広がるのは知らない天井ではなく、知っている真っ白な天井だ。
(昨日は色々とあったな……)
「痛て……」
体の痛みをひしひしと感じながらユダは寝台から体を起こして周りを見渡す。
「それにしても人がいない……ってことは、他に誰も大怪我していないのか……?」
ユダ以外に医務室を利用している者がいないということは、恐らく他の隊員は大きな負傷なく任務を終えたのだろうとユダは考えた。それを喜ぶべきかはユダには分からなかった。なぜなら──,
「絶対にアルスとフェリスに笑われるな」
そう呟くユダの脳裏にはアルスとフェリス──ユダが普段から仲良くしている第一部隊部隊員の姿が浮かんでいた。
あの二人の性格を考えるとユダの姿を見て、心配するどころか大いに笑う姿が容易に想像できる。
「安心しろ。あの二人も心配していたぞ」
笑う二人にどう対応をするかを考えていると、男の声が聞こえてきた。
「『ギルドマスター』!?」
「よう、ユダ! 怪我はどうだ?」
気さくな態度でユダにそう尋ねる。
「少し体が痛いだけで基本的には大丈夫です。──どうして俺みたいな隊員の様子を見に来たんですか?」
「そうか良かった。特に理由はないが……強いているのなら、常世がギャン
ギャン泣いていたからかな」
「はは! そんな常世隊長の姿を見れなくて残念ですよ」
常世の強くて頼りなる姿しか見たことないユダにとって、泣いている常世の姿は是非とも見てみたいものであるが。
ユダはアルデバランの冗句に軽く笑った。
「それにしても昨日はどうもお楽しみだったみたいだな!? ユダ!!」
「な、なんですか! 別にリンとケーキを食べて少し話をしていただけですよ!?」
どこか少年らしさを感じる笑みを浮かべながら追求しているアルデバラン。それにユダはありのままの事実を述べた。
……はずだ。疲労からか少々記憶が飛んでいるため正確さには欠けている。
(何もなかったはずだ)
もしも何が起きた場合には、リンの生家であるフィオーレ家にボコボコにされて二度とアアル王国の地を歩けなくされるだろう。
「ハッハッ!! 冗談だからそんな顔すんな。俺がギルドマスターだからって隊員の行動を知っているわけじゃないんだ」
アルデバランの雰囲気が変わったことをユダは感じた。
掛け毛布を強く握りしめながら、昨日の出来事を追憶した。
(そんなの決まっているじゃないか)
「自分の無力さを思い知りました。常世隊長の訓練で強くなった気になっていただけで、まだまだ俺は弱くて……何も守れない人間だった……」
紛れもない本心をアルデバランに吐露した。昨日、リンに言えなかった気持ちだ。
結局ユダは男の足止めしかすることができずなかった無力な存在だった。否、足止めすらも満足にできず重症を負ったのだ。
きっとフェリスとアルスならもっと上手くできていた。それどころか常世が駆けつける前に男を確保していたかもしれない。
うまく取り繕って表には出さないようにしていたが、ユダは悔しくてしょうがない。
「そんなに自分を卑下するな。ユダはよくやったよ」
アルデバランがユダの頭に手を当てて優しく言葉をかける。
しかしユダが今一番ほしいのは優しさではない。強さだ。大切な人を二度と失わなくてもすむような強さ。そんなものをユダは欲する。
「俺は……もっと強くなりたいです……」
一番の願望をユダは口にした。
それにアルデバランも呼応した。
「そうだな。俺ももっと強くなりたかったよ」
「──なぁユダ。少しとんでもない話をしてもいいか?」
「……とんでもない話ですか?」
「ああ、そうだ。お前をギルドに入隊させようとした時、俺は言ったよな。お前には大罪教と戦うための力があるって。そのことについて話したい」
確かにアルデバランはそう言っていた。
「どうしてそこまで念入り確認するんですか?」
「世界の秘密に関わることだからだ」
「──っ!」
『世界の秘密』という単語にユダは瞠目した。
「これを聞いたら元の生活に戻ることはできない。だけど聞いて欲しい。これも大罪教と戦うために必要なことだ」
アルデバランが頭を下げて「頼む」と言った。
(ズルいですよ……そんなの)
大罪教と戦うためなんて言われたら、ユダはきっとなんでもしてしまうだろう。だからユダは──、
「──お願いします。どんな事実だろうと、俺は受け入れてやります」
「──そうか。流石はミカエルさんの生まれ変わりだ」
ユダの覚悟にアルデバランは、どこか満足そうに唇を釣り上げた。
「これから話すのは、お前の中にある『勇者』の権能、そしてそれに関係する『管理者』の座を廻る戦いのことだ」
ユダは唾を飲んだ。
アルデバランの口から出た『勇者』、そして『管理者』という単語は一切聞いたことがない。恐らくこれらが彼の言っていた、『世界の秘密』というものなのだろう。
「この壮大な世界には、今から千年前──『三界戦争』の時代に、次代の『管理者』を決めるために『権能』という特別な力を四人に渡した」
「『権能』ですか・・・?」
初めて聞く言葉にユダは首を傾げた。それ以前にも『管理者』という者もよく分からない。
『管理者』その言葉の通りならば、恐らくそれは何かを管理をする存在なのだろう。
「『権能』は肉体に宿る『能力』とは違う、魂に宿る特別な能力のことだ。そして『管理者』だが・・・」
「管理者とは『この世界を管理している存在』だ」
「──」
ユダは驚愕から絶句した。
しかし冷静に考えると、滑稽無稽な話であった。そもそもアルデバランが言っている話に根拠などない。全てアルデバランの妄言かもしれないのだ。
(けどどうしてだろう。魂がこの話を肯定している)
よく自分でも分からない理由で、アルデバランの話を滑稽無稽で切り捨てるものでないと分かったユダは、固唾を呑みながらアルデバランの話しの続きを待った。
「権能は全てで四つ、『勇者』、『大罪者』、『支配者』、『観測者』。そして権能者には魂に刻まれた役割がある。それは権能者が他の権能者を全員倒して全ての権能を受け継ぐこと」
「そうしたらどうなるんですか?」
「前述した存在、『管理者』になることができる。いわば世界の神みたいな存在になれるんだ。それが世界の管理に疲れた管理者による、次代の管理者の選定方法だ」
規模があまりにも大きくて、ユダは話についていくことが困難だった。
いきなり世界を管理する神のような存在である『管理者』のことを、それから権能者は全ての権能を集めて『管理者』とならないといけないと教えられた。
「どうして俺に話したんですか?」
「言っただろう。お前には『勇者』の権能があるって。だからお前には他の権能者と戦わないといけない。そのことを今の早い段階で伝えたかったんだ」
(どうしてその壮大な役割が俺なんだ)
ユダはただの一般人だった。多少周りより優秀で16歳でアアル魔力大学に入学しただけの周りと大差のない男子だ。
「いきなりこんな話をされて困ることは分かる。けど信じて欲しい。俺はユダを...『勇者』をこの戦いに勝たせるためにギルドという組織をここまで大きくした」
「ギルドマスターはどこからその話を?」
ユダはアルデバランからこの話を教えてもらったわけだが、ならばアルデバランはどこからこの話を知ったのかと、ユダは率直な疑問を尋ねた。
「お前の先代の勇者にして、お前の前世。ミカエルさんからだ」
「前世...」
ユダがポツリと呟いた。
一般的な話である。死後の魂は浄化の道を辿り、新たな肉体に宿るということは。そして魂が以前宿っていた前の肉体、それを『前世』ということは。
「『権能』は魂にくっついている。だからお前には『勇者』の権能があり、この戦いに参戦しないといけないんだ」
「そんなこといきなり......」
アルデバランは最初から分かっていたのだろうか。
それにユダがテロから生き残れたのは、きっと権能のおかげなのだろう。
「......お前の憎む大罪教、それの大罪者も権能者の一人だ」
「ちょっと待ってください! 『大罪者』って大罪教の信仰する存在じゃないですか!?」
「あぁそうだ。そもそも大罪教は先代の大罪者が自分が戦いに勝つために作った組織だ」
「先代・・・」
「勇者と大罪者の先代は相打ちで死んだ。だから権能の譲渡は起こることなく、今のお前に権能者としての役割があるんだ」
ユダの脳裏に、テロの光景が鮮明に蘇る。あの時、家族を守れなかった自分。テロを引き起こした大罪教への憎しみ。そして今、すべてが繋がった。
「じゃあ……俺のせいであのテロが……?」
ユダは顔を青ざめ、真実を悟ろうとする。アルデバランは静かに頷き、ユダの心を絶望の淵に突き落とした。
「今の大罪教の目標は、死んだ『大罪者』の転生体探しだ。...どうしてそれを探すために大罪教は今回のテロを行った」
ユダが全く状況を読めない中、アルデバランは理知的に話を続ける。
「困惑するのも当然の話だ。俺は先代の勇者にして、お前の前世であるミカエルさんに託されて、お前をこの戦いに勝たせるためにギルドという組織を作ったんだ」
それじゃぁ最初から全てが分かっていたようだと、ユダは感じた。
「お前があのテロの狼煙、アアル魔力大学に直撃した魔術から生き残れたのも、この権能のおかげだ」
ユダがテロから生き残ったのは、幸運が働いたわけではなかったのだ。権能という特別の力が働いて生き残ることができたのだ。
その事実を知っても──
(何にも感じられないよ……)
今のユダには感じられない。
アルデバランが言っていた『勇者』の権能の存在を一切感じられない。今のユダが体内で感じることが出来るのは、体内を循環する魔力と『転移』の能力だけだ。
ユダが困惑していることを感じ取ったのか、アルデバランは話を終えた。
「いつかお前は、今よりも大きなもの──世界のために戦わないといけないことを覚えておいてくれ」
最後、アルデバランはそう言い残して医務室から出ていった。
「言いたいことだけ言っただけじゃないか……」
アルデバランなりの気遣いだったのだろう。今のユダにはアルデバランが言葉を掛けることよりも、自分で考えて整理することが大切と踏んでの。
「──やっぱり分からないな」
時間が流れた。
数秒、数分、或いは数十分だ。
人々に平等に流れる時間の中で、アルデバランが話した情報を何とか理解しようとしたが、結局ユダは完全に理解できなかった。
(いや、今はそんなことを気にしなくてもいいじゃないか)
そんな中でユダが得た結論は、そんな他愛もないものだ。
アルデバランは言った。『いつかは世界のために戦わないといけない』と。だけど今のユダにはそんなことはできない。
だから──、
「俺はリンとお互いを守るために戦う」
世界の秘密を知っても、ユダは自身の在り方を変えない。結局ユダが戦う大きな理由は、リンを守るためなのだから。
「そのために俺は強くなる。感じた悔しさを糧にして」
ユダは確固たる信念をここに築いたのだった。




