第一章二十三話『捕縛作戦2』
裏手で時を待つユダたちは、常世たちに攻められている者がこっちに向かってくるのを感じた。
地面が悲鳴を上げるかのような走る騒音、数十の人の魔力が一気に移動する流れ、戦いの時が近くなっていることは歴然だった。
「……もうそろそろだ。おい新入り! ヘマすんなよ!!」
次いでユダにやって来るのは、先輩隊員による怒るかのような激励の声だ。
どこか優しさが混じった声にユダは、首を静かに縦に振って頷いた。
一気に空気が変化する。
もう直ぐ戦いが始まる、その予感がした。
「「ユダ!!」」
友人の二人の声が聞こえてきた。
予感が確信に変化した。
「……っ」
剣を手に深く握った。訓練当初は重すぎて離しそうになっていたそれは、今では少しだが手に馴染んでいる。
そんな思いに耽る時間もあまりなく、ユダは顎を引き上げた。
「行くぞ!」
始まりは先輩隊員の声だ。
その声は、ユダに戦う覚悟を持たせる日まもなく、衝動的にユダを突き動かした。
今のユダにはそれが有り難かった。きっと誰が自分を突き動かさないと、ウジウジ色々なことを考えて動けなくなることを、ユダ自身も分かっていたからだ。
「――っ!」
ユダは大地を強く蹴って走り出した。
その間にも先輩隊員たちは、ユダの二歩以上先に進んでいた。
双眸に写った構成員たちは、ざっと三十人ほどだ。全員が短剣や長剣、斧などの
己の獲物を持っていた。
その光景にユダは明確な殺意を持っていることを理解させられた。一瞬、恐怖から足が止まりそうになった。
だが脳裏に彼女の――リンの笑顔が浮かんだ。
(そうだな……リン!)
彼女の笑みがユダの恐怖でふらつきそうな足を動かしてくれた。
「うぉぉ!!」
ユダが叫んだ。
目の前の敵を打ち倒さんとした直後に『それは』起こった。
「は……!?」
先程の威勢はどこに行ってしまったのか、ユダがあっけらかんな様子で阿呆な声を口から漏らした。
口は阿呆でも、体はちゃんと機能してくれた。ユダの体は反射的に口に手で塞いだ。
反射行動の後に何が起きたかを理解した。
(煙幕……!?)
そう建物から煙幕が漏れ出していたのだ。
煙幕には催眠効果などといった効果はなく、ただの目くらましに過ぎない。それでも口に入れてしまえば、言語化できない痛みを負うことになる。もっとも今回は、痛みなどを与える意味はない。
ただ視界を塞ぎ、第一部隊達の索敵の目を潰すこと。それができたのなら、『アアルの目』にとって最上の結果になるのだから。
視界が効かなくても魔力感知さえできれば大雑把な位置を把握できることができる。それを分かっているユダは、視界を切り捨てて魔力感知に集中する。
無論、視界に頼れない分、索敵能力は大きく低下するが。
「──ッ!」
(視界が効かないのは、相手も同じはずだ!)
しかしそれは相手も同じで、煙幕の中で逃げてくる構成員を迎え撃とうとする。が、逃げてくる者たちは、神がかり的な動きを見せて、ユダたちの戦闘を回避する。
「ば〜かぁぁ!!ママの子宮からやり直せ!!」
まんまと掌で踊らされているユダたちに対する、罵倒か侮蔑の声。それに危うく中指を立てて、年相応に怒りを見せそうなったユダ。
心の中の天使のユダと悪魔のユダ、両者による語彙力が皆無な口論の末、天使のユダが勝利して怒りは心の中でとどめておく。
(クソが!)
まるでユダたちのことが見えているかのような回避に一同が驚愕。しかしそれも束の間、煙幕の煙がなくなり視界がきれいになる。
「まだ間に合う!!」
入ってきたのは常世の焦りなど、多くの感情が入り乱れた声だ。その声にユダはハッとした表情になる。
まだユダたちは負けていない。
今からでも追いかけたら捕まえられる。それを理解したユダは、まだ続けていた魔力感知で大きな魔力を感じとった。
(この流れは……魔術!?)
常世の訓練でユダは、魔術に対する剣の使い方を教わってもらったことがあった。第一部隊で魔術を使える人物が少ないことから常世の魔術──常世もユダは同じく魔術の才能が無かったため、詠唱ありの初級魔術──であったが。
その経験からユダは大きな魔力な流れを魔術と直ぐさま結論を出した。
「結界魔術!?」
先輩隊員達はユダと同じ情報で、その魔術が『結界魔術』だと、より深いことに気づいた。
『結界魔術』──一般人の多くがこの魔術の恩恵を受けているその本質は、媒体を通じて透明な壁を張ることである。それを応用して敵を閉じ込めたり、身を守る防壁にしたりするのが一般的な使用方法で、今回の前者である。
またギルドによってアアル王国全土に貼られている結界魔術は、外部からの攻撃から国を守る防壁として機能と、大罪教の最高幹部に対する防御仕組みの二つの効能を持っている。それは古代の魔道具ありきで、現代の魔術技術では再現不可能であるが。
「……ぁ」
視界に写ったものに、ユダはあっけらかんな様子になる。
それは何故か?
上記のことを踏まえると答えは単純だ。
「「閉じ込められた……!?」」
この時、第一部隊による『アアルの目』捕縛作戦メンバーの総勢22名が結界魔術によって建物内に閉じ込められた。
「大丈夫か!?」
駆けつけた常世の第一声は心配の声だった。
結界に封じ込められたユダたちが動揺する中、同じく結界に封じ込められた常世達本隊がが合流を果たした。
「ええ、こっちは大丈夫です」
希望の少年であるユダがそう頷いたので、常世は安堵した。
アルデバランにユダだけは絶対に守れと、そう言われたからだけではない。そもそも常世にとって第一部隊の隊員の命の重さは等しく同じで、ユダがだからといって特別扱いをするつもりはない。
しかし隊長の常世としてではなく、○○としてはその命は非常に大切だ。
「常世隊長ちゃん!!」
幼い声そして、地面を軽快に蹴り上げる常音が世の耳に入ってきた。
それに釣られて声の方向を向いた。
「副隊長。負傷者は?」
「大丈夫だよ! みんな軽傷!!」
常世のことを敬称と親愛が入り乱れた名前で読んできた、第一部隊副隊長のマナ・イハート。
彼女の報告に常世は愁眉を開いた。状況は悪い方向に向かっているが、隊員達が無事ならばまだ挽回の機会がある。
「っ!!」
周りを見渡せばフェリスとアリス、そしてユダが、隊員達を閉じ込める結界──薄い透明な壁に向かって剣を振っていた。
結界を内部──内側から壊そうとしているのだろう。
しかしそれは──
「……あまり現実的ではないだろう」
一心不乱に剣術で結界を壊そうとしている三人の元に寄ると、静かに常世は呟いた。
「「えっ!! 常世隊長!?」」
まるで幽霊を見たと言わんばかりに、三人は驚愕して仰け反った。
一体俺は何なんだと、三人の反応に不思議さを覚えた常世。そういえばいつもこんな反応をされていることを思い出す。
(無意識の内に気配を遮断していたか……)
心の中で一つ一つ思い当たる節を羅列すると、一つの可能性を見つけた。気配を遮断していたのなら、幽霊を見たかのように驚くのも無理ないだろう常世は納得した。
「どうして現実的じゃないんですか……?」
常世が考えに少し耽っていた所、ユダが懐疑的な目を向けてきた。
常世が答えるのは簡単だが、後進の育成のためにも直接答えることは避けたい。だから双眸を緑髪の少年のアルスに向ける。
「アルス君。君は分かるよな」
「ええ、勿論。結界魔術は内部に対しての強度は外部よりも高いんですよね?」
アルス君は優秀だなと、常世は感心した。
「八方塞がりじゃないか」
「いや、そんなことない。結界には結界を維持するための媒体がある。だからそれを壊したら結界は維持できなくなり崩壊する」
「だったら!」
アルスの話を聞いたユダは、焦燥に駆られた顔で結界内にある媒体を探し始めようとしたが、直ぐに気づいた。
「……既に捜索は始めている。しかしこの人と物が入り乱れた場所では、どんな形をしているかも分からない媒体を探すのも困難だろう」
常世は歯痒い思いを噛み締めながら、今第一部隊達がいる状況を説明した。
魔力感知で探そうにしても、ここには二十人あまり隊員がいる。魔力感知で媒体を探そうにも、人の方に魔力感知が吸われて探し物はできない。
かと言って目視で探そうにも、 あまりにも情報は少ない。
故にこの結界に抜け出すには媒体が結界を維持するための魔力を使い果たすまでの時間を待つか、常世達がいる内部から結界の破壊を目指すかの二通りである。
だからこそ常世は。
「ユダ君、君の能力を使ってここから脱出して構成員たちの足止めを頼む」
ユダへ無茶だと承知しながら頼み事をするのだった。
「……え?」
(どうして俺が……)
ユダがあっけからん様子にとられる。
結界に閉じ込められて未動きが取れないユダたち、打開策として常世はユダの能力を提案した。
「ユダ君だけが頼りだ。頼む」
常世が深々と頭を下げた。
常世が頭を下げた状況にユダはあたふたしてしまう。
自分はどうすればいいのかと、悩んでいると一つの声が割って入った。
「待ってください!! そんなの危険です!!」
アルスがユダ一人では危険だと、常世に苦言を呈した。
その自分を大切に思ってくれている気持ちは、素直に嬉しかった。しかし他の誰かが代案を出すことができないのだ。
だからこそユダがするしかないのだ。
「アルスありがとう。けど俺がやるしかないんだ」
「け、けど!」
「アルス!!」
まだ何か良い方法があると言いたそうな顔をするアルス。そんな彼に沈黙していたフェリスが声をかけた。
「ユダが決めたことだ。俺達は何もいえねぇよ」
「心配かけてごめん二人とも」
「友達のことなんだ。心配になるに決まってんだろ。……けどお前の決意に誰もが口出しできない。だからこそ……!!」
フェリスは声を張り上げた。
そして静かに拳をユダの胸にぶつけた。
「絶対に無事でいろよ! そうしないとこの拳を全力でお前にぶつけるからな!!」
「あぁ頼むよ。それじゃぁ──」
正直、自信はない。
しかしユダがここで何とかしなければ、犯罪組織『アアルの目』がこのアアル王国の地を歩くことになる。
負った罪を償わせるためにも、ユダがここでやらなければならない。そう考えて深呼吸をして一泊置くと、能力を使用するために魔力に集中する。
体内を絶えず巡回する魔力。それを制御して一点に集中させる。
「『転移』!」
一点に集中させた魔力を消費させて、『転移』の能力を発動する。
「いけた……?」
一気に魔力を消費した時に現れる倦怠感が、能力を無事に発動できたことを教えてくれていた。しかし結界外に出ることができたかは分からない、そう思って周りを見渡す。
「アルスにフェリス。そして常世隊長……」
後ろを振り返ると結界に覆われた拠点があった。そこに見えるとは友に尊敬する師。
結界には音を遮断する効果があったのか、二人が何かを叫んでいるが何も聞こえない。
「頑張るから安心してくれ」
言葉は届かない。だからこそユダは笑って、友を安心させようとした。
(行くか)
余韻に浸ることなくユダは地面を蹴り上げて、森林地帯を走り出した。




