第一章一話『訓練開始』
『ギルド』隊員として実力をつけるため、一ヶ月間訓練を行うことになったユダは、ギルドマスター室の前を訪れていた。
扉の手前には客用のソファ、窓際にはギルドマスターが普段執務を行っている机──そこに座るのは赤髪の男、ギルドマスターであるアルデバランその人だ。
「お! ユダ、ようやく来たか! ここに座れ!」
客用のソファに隣合って座るのは、『ギルドマスター』アルデバランと見知らぬ男の二人。
二人の向かい側に座るように言われると、ユダは一声入れて座った。すると見知らぬ男はユダを値踏みするかのような双眸で見ながら口を開く。
「ギルドマスター殿から話は聞いている。俺は『第一部隊隊長』で君の直属の上司になる。名前は……常世と呼んでくれると助かる」
常世。そう名乗った男の髪は漆黒で、女性のように結べそうな程に長い。羨ましいぐらいに美形で、歳は20代後半ぐらいだろうか、アルデバランの方が若そうに感じる。
しかし常世が『ギルドマスター殿』と尊称で呼んだので、アルデバランの方が偉いのだろう。
常世──恐らく偽名だろう──をユダは口の中で転がした。
「はい! 宜しくお願いします! 常世隊長!!」
「ああ、よろしく頼む」
ユダが屈託ない笑顔をつくり、常世と挨拶を交わした。
常世は口数が少ない人物だと、僅かな邂逅でユダは位置づけた。徐々に笑顔を普通の顔に戻していくと、ユダは疑問をアルデバランと常世にぶつけた。
「それで第一部隊っていうのは何ですか?」
「『第一部隊』ってのは、ギルドの4つある部隊の一つだ」
昨日は『ギルド』の大まかな仕事内容や、雇用条件を教えてもらうだけだったので、その『第一部隊』というものは分からなかった。
アルデバランがちゃんと解説してくれることに安堵しつつ、耳を傾けた。
「4つある部隊ですか……?」
「そうだ。ギルドには、『第一部隊』『第二部隊』『第三部隊』『特務部隊』の4つの部隊があって、それぞれがアアル王国王都の警備のために尽力している」
「その内の『第一部隊』に俺は所属することになるってことですか」
「その通りだ。その『第一部隊』の隊長がこいつだ。変な偽名を名乗ってはいるが良い奴ってことは俺が保証してやる。とりあえず仲良くやってくれ」
ここでようやくユダは、今までの話の流れを理解した。そこでまた一つ疑問が浮かんだ。
「彼女は...リンは俺と同じ部隊の所属になるんですか?」
「彼女ってお前ら交際──」
「してないですよ! 三人称です!!」
ユダは『交際』という言葉に食いつき、アルデバランの方まで顔を近づけて、名誉を守るために──主にリンのものを──勢い良く否定した。
「わ、わかった。わかった! 三人称だよな」
アルデバランがちゃんと分かってくれたことに安堵し、ユダは自分の行動に羞恥を感じながら顔を戻した。
ふと気になり双眸を常世の方に向けると、彼は今のアルデバランとユダの会話に興味がさほどないのか、出された紅茶を何食わぬ顔で飲んでいた。
しかしその姿は、紅茶を味わっているようには見えなかった。
「コホン、それでリンのほうだがあいつは第二部隊の所属になった。まぁ...ユダとは違う部隊だな」
「そ、そんな! それじゃ約束は!!」
落胆の思いを込めた声を発したユダ。瞬時にアルデバランの鋭い眼光に穿たれる。
「別にお前達の約束を無下にしたいわけじゃない。けどなユダ...ギルドはどこの部隊も人数不足だ。貴重な新人二人を同じ部隊に所属させるわけにはいかねぇんだ」
アルデバランは優しく諭すように、ギルドの内情を話した。
「それにお前らが同じ部隊じゃないと約束を果たせないってわけじゃないだろ?」
(確かにな...)
ユダは考えを改めた。
「...そうですよね。すみません」
ユダが脳裏に少女の笑顔を浮かべながら、残念そうに静かに呟いた。別に大きな問題ではないと、心の中で割りきると、今までの熱を冷ますように紅茶を口に含んだ。
まだ体が完全に癒えていないのか、カップを机に置こうとしたら手が滑りそうになった。それを何とか持ち込たえると、大丈夫かと尋ねたアルデバランに「大丈夫です」と返す。
暫しの沈黙の末、アルデバランは思い出したかのように声を発した。
「あ! それと、ユダに訓練をつけるのも常世だ」
些細なことのようにアルデバランが言うが、ユダはそれを見逃さなかった。『第一部隊隊長』というギルド有数の実力者(予想)を、テロの影響で混沌としている状況でユダの訓練相手に選ぶという重大さを。
「テロの影響でギルドも忙しいはずです。それなのに、第一部隊隊長なんて肩書の人が俺の訓練相手になっていいんですか?」
『ギルド』はその組織上、先日のテロの影響で復興の手伝いなどで忙しいはずである。
「まあ、常世がいなくても何とかなるだろ」
アルデバランの楽観的な態度にユダは怒りを覚えた。あの『アアル魔力大学』での惨劇を生き残った身として、アルデバランのその発言を聞き逃すことなど到底できなかった。
しかし今のユダは仮入隊とはいえギルドの隊員、そしてアルデバランはギルドマスターだ。怒りをそのまま表に出すことなどユダにはできない。そんな状況にユダは歯を食いしばる。
「おいおい勘違いしないでくれ、ギルドは一人抜けたぐらいで回らなくなるような軟弱な組織じゃない。それに……」
「それに」という言葉を皮切りに、アルデバランの表情が大きく変化する。どこか抜けているかのような表情から、双眸に覚悟を宿した修羅の表情に。
「お前に強くなってもらうためには、俺は……いや、ギルドは如何なる犠牲をも払う。それだけの価値がユダ、お前にはあるんだ」
アルデバラン──否、ギルドが示したその覚悟をユダは無下にすることなど到底できず、向き合う他なかった。
故にユダは覚悟を決めた。常世に訓練をつけてもらう一ヶ月で、この世の悪「大罪教」と戦える力を身につけるために、どんな無理難題でもこなして見せる覚悟を。
「ま! 常世から剣術を思う存分教えてもらえ!」
先ほどの修羅の表情から打って変わり、いつもの楽観的なアルデバランに戻る。
「剣術を教わるんですか? 魔術ではなく?」
この世界で戦う術として有名なのは『剣術』と『魔術』の2つだ。これらは約1000年ほど前の大戦の時期に技が確立されており、長い歴史を持つ。
故にその二つが定番なのである。
「そりゃー、ユダには魔術の才能がないからな。というかお前は魔術を使えないだろう。なあ、常世」
(げっ...)
アルデバランがそう投げかけると、常世は口をわずかに動かして「ええ」と同意を示す。さりげなく魔術の才能がないと告げられてSAN値が下がったユダ。続いてかけられた常世の言葉に眉を動かす。
「ですが剣術の才能は類稀なものがあります」
類稀な才能があると言われて、先ほどのショックはどこかに消え去ってユダは頬を赤らめる。それを見たアルデバランは──、
「ハハッ! とりあえずお前はギルドに仮入隊ってことになっている。最悪訓練で根を上げても、直ぐに辞められる。とりあえず気楽にやっておけ! ……まあ辞めたらユダの経歴をボロボロにしておくが!!」
しれっととんでもないことを言ったアルデバランに常世は眉をひそめて難色を示す。そんな二人のやり取りを見ていたユダは脱力した。
「あそこまで熱烈な誘いを受けておいて、根を上げてギルドを辞めることなんてできませんよ」
(──それに)
「リンとお互いのことを守り合う約束をしたんです。守る力を手に入れるためにも、この一ヶ月間は非常に有用ですから」
ユダの脳裏にリンの笑顔が浮かんだ。きっとユダはこれを守るために戦い続けるだろう。
「いい気概だ。それじゃあ、常世。ユダのことを任せたぞ」
アルデバランは満足そうに笑みを浮かべた。
「お任せください。ギルドマスター殿。──ユダ君、俺についてきてくれ。訓練場まで案内する」
常世が久しぶりに口を開いた。声はやけに透き通っていて、ユダの頭にスッと入った。
そう言われて今後一ヶ月お世話になるだろう訓練場に赴くと、今まで温和だった常世は急に牙を剥いた。
「体力作りからだ。とりあえず、腹筋三百回から始めようか」
「……は!?」
こうして『第一部隊隊長』常世による地獄のような訓練が幕を開けた。
── ── ──
「マナ。リンのことを気にかけてやってくれ。彼女もまだ精神的に安定してないからな...」
「リンちゃんだけ? ユダちゃんの方はいいの?」
「あっちは常世が担当しているから大丈夫だ。うまいこと調整してくれる」
「ふふっ。確かに常世隊長ちゃんはそういうことうまいもんね。うん、要件の方は分かったよ!」
「おう! 任せたぜー!」
そう言ってアルデバランは自身の執務室に戻っていった。
「後は常世にユダにはギルドの敷地に出さないようにしてもらうか...今の悲惨さをアイツに見せたら訓練に身が入らないだろうしな。にしても...」
アルデバランの気遣いであった。ユダは失っては行けない魂だ。故に今の惨劇で心を折たくなかった。
「いちゃつくのが見たくなかったから部隊を別々にしたって言えないよな。ま! 今回は適当に誤魔化せたけどな!!」
実のところ今回のユダとリンの配置はアルデバランの私心ばっかりの意地悪。それを行った当の本人は邪険な顔で笑みを浮かべるのだった。




