第一章十三話『リンの初任務完』
「──異常無しですね。どうぞお通りください」
「おう、ありがとうな」
門を通り過ぎた商人の馬。それを確認すると、ようやくリンは息をついた。それは今この場をともにしているノアも同じである。
リンとノアは王都の門の前で検問を行っていた。王都にやってくる色んな商人や旅人の荷物を危険物がないかを確認し、万が一のことがないようにする。
この業務は、というかギルドの業務の殆どはアアル騎士団と共同で行っていた。それはアアル王国のギルドを信じられないと言う心か、それとも両者で監視する体制を作り上げてより安全にするためか。どちらか、それともその両方かもしれないがリンにはそんな大きなことを考える余裕はない。
(本当に疲れる...!!)
リンがまだ仕事に慣れていないことも関係しているかもしれないが、疲労を隠すことはそう簡単にはできない。ノアも同じと感じていたが、彼女を見て伺える疲労感はリンとは違うもののように伺える。言うなれば、魔力を失ったことによるものというべきだ。
「リンさん。次の人が...」
「はいはい〜」
本当に束の間の休憩を終えてリンはまた業務に戻る。次いで彼女達の元にやってきたのは商人だった。
大きな荷馬車からは、この人がどれだけ大きな商売をしようとしているのかを容易に想像することができる。
「少し確認していきますね」
「おうよ。頼んだぜ嬢ちゃん達!」
男の目線が自分のお尻の当たりに向いた気がしたが恐らく勘違いだろうと、嫌な可能性はきっぱりと捨てて、リンは荷台に覆い被さっていた大きな布を払い点検していった。
「う~ん」
リンは声を唸らせながら隅々まで観ていく。はっきり言って違和感や法律によって禁止された物を持ち運ぶ──この任務に当たる前にリリに徹底的に覚えさせられた──様子もない。
これなら大丈夫だろうと、そう思った時にスカートの辺りに違和感が走った。
「リンさん...」
ノアにスカートの裾を軽く引っ張られると、リンの意識は必然的に荷馬車ではなく縮こまっている少女──ノアの方にむく。
「あの人は嘘をついています。私の能力で相手が嘘がついているのか分かるんです」
(っ!?)
それは本当なのと聞く暇もなかった。『能力』という根拠を述べられてリンは否が応でもノアを信じるしかない否、例え根拠がなくてもリンは恐らく彼女を信じていただろう。
「すみません。もう一度詳しく調べても。いくつか気になる点があったので」
「構わないけど...あんまり時間はかけないでくれよ。早くこの荷物を依頼主に渡さないと行けないんでな」
「そこのところは任せてください」
(この人は何か危ないものを運ぼうとしている。だから絶対にここで止めないと)
リンは目を光らせて隅々まで調べていく。けど程なくして、先程と変わらない結果にたどり着いてしまった。
「ご、ごめんなさい。ひ、一つだけ聞かせてください」
「ん?どうしたブロンド髪のお嬢ちゃん。目の下にクマがあるな...可愛い顔が台無しだぜ」
「お、お世辞はやめてください。──あなたはこの荷馬車に法律により記載された物品。もしくはそれは近しい物は積んでいませんよね?」
男はオドオドとした一変したノアにうろたえたのか──少なくともリンは少し、ほんのちょっぴりだけ驚いた──擦れた声しか出ていなかった。
だが男は少しのうちに冷静さを取り戻した。
「いや、ハッキリ言おう。そんなものはない」
その一言。それが最後だった。
「──噓。あなたは噓つきなんですね。嫌いです」
「あぁ?」
「あたいの能力です。能力使用期間中、視界にある人が嘘をついたらその人は赤く見えるんです。そしてあたいの目にはあなたが赤く映っている」
だがそれでどうなるのだろうか。彼にはノアの『能力』の話を噓として追求していく選択肢がある。その択を取られたらかなりの時間がかかり、何らかの他の行動を起こされる可能性があった。
そんな危険な一手の先で男は予想外のことを繰り出した。
「──まぁいいか。ボン!!」
男は軽妙な笑顔で、されど不気味が彫りこまれた顔をしていた。
だがそれも次第に歪んでいき──、
「──ぁ」
リン。ノアはあっけらかんな様子になる。それは必然的な話でもある。目をこらさなくても『それ』が見えてしまう。
臨界状態に達しようとしている魔石。『魔石』とは魔力を大きく含んだ石のことである。魔道具の作成に使用したりなどとその使い道は多岐に渡ると同時に、大きな危険性を含んでいる。
扱い方を間違えて衝撃を与えると、臨界状態に達して爆発が起きる。そのため 『魔石』は民間での取引が五大国では禁止されている。
(は...?)
もうだめだと諦めたが、爆発は起きなかった。その代わりに轟いたのは爆音。状況も飲み込めないまま、男がいた場所を見るとものけの殻であった。
安堵など到底できなかった。
「に、逃げた!! 今直ぐ追わないと!! リンさん本物の魔石はあの人が持っている」
臨界状態に達しようとしていた怖々しい魔石は偽物。そして本物は男が持って逃走。
それだけで簡単に伝わってしまう。ことの重大さが。
故にノアとリンは報告なんてものをするのも忘れて、走り出していたのだ。
── ── ──
(このままいけば俺の勝ち...!!)
男は裏路地をかける中、悪辣な笑みを浮かべていた。一時は正体がばれてどうなるかと思ったが、何とか偽物の魔石を使って逃げることができた。
「はぁ~はぁ~!!」
あのいたいげな少女二人のことを思い出すと、男は興奮を抑えられずにいた。
「──ぐっ!」
チクリと、衝撃が走ると男は滑走をやめた。まずは状況確認。先程の痛みは魔術やそれに該当するものだと分析し、放たれたであろう方向に反射的を向いた。
上から狙われている。
しかしあの少女達が抜け出したとしても、こちらを狙える射撃地点に移動するまでの時間があったとは思えない。というか追わずに後手に回るメリットがない。
故に──
「あいつらの仲間かぁ...?──ぐがぁぁぁ!!」
次に来る『衝撃』。厄介極まりない人間としてあって当然の機関によって感じたそれに、男の冷静な対応は遅れた
(これは矢...?)
視線を落とせば、一矢が目に入った。
──どうして矢に俺は苦しんだ?
「待って!!」
困惑の最中、鬱陶しくて聞きたくない清廉な声が耳に入った。その清廉潔白さの反対を行くように、男は悪役としての言葉を吐く。
「待てって言われて待つ馬鹿がいるかよ!!子宮からやり直せよ~嬢ちゃんたち!!」
構う理由が存在しない。男の勝利条件は手に持った、魔石をを目標地点に運ぶこと。それさえすれば臭い飯を食う羽目になっても構わない。
逆に言えば任務を遂行するまで、絶対に捕まる訳にはいかない。
(こうなったら大通りの方にいって、人に紛れるか)
冒険にでる必要はない、安牌を取ればいい。賭けという点では、もう既に行って勝利した。
いい頃合いの少女が駆けつけるのは誤算である。
「ちっ!」
舌打ちで同時、男は再度失踪した。魔術や先程の矢を放った腕の良い弓兵への対策として、動きを変則的にして狙撃されないようにする。
「あ、逃げた!! ノアちゃん任せたよ!! それにしても気持ち悪い動き...まるでゴキブリみたい」
(ふっ、甘い少女だな。おい悪口が聞こえてたぞぉ!!)
勝利を確信した時、再び違和感が走った。それは先程の矢とは違う感覚だ。痛みなく違和感。咄嗟に足の方を見る。
「か、かかりましたね。あ、あたいの魔術に」
足枷のように足に纏わりつく魔力の塊。それは大きな重りのような役割を果たし、男の行動を制限した。
のだが...
「甘いんだよぉぉ!! 『高速抜剣』!!」
絶叫、そして鋭い刃物を伴って男は突撃した。
峻剣流を使ったゴリ押し。だがそれはこの場では最善のように思える行動であった。
「勝った!! 『壮大な世界の物語』完!!」
刃が青髪の少女の柔肌に通ったことが分かった。そしてそれと同時に自身の勝利を。...けどそれは少女が異常者じゃなかった場合だ。
ブツブツと聞こえる念仏のような声。それが詠唱だとは直ぐに気づけなかった。
「な、なに刺されてんのに詠唱してんだよぉぉぉぉ!!!」
「──そして汝に与えるのは大いなる雷の砲撃。『雷砲』!!」
「ぐぎゃかかぁぁ!!」
男はリンの『雷砲』によって意識を飛ばされた。
── ── ──
「というのが今日の事の顛末です」
ギルドマスターの執務室。そこでリリは今日リン達の身に起こったことを報告した。本来ならわざわざこんなことはせず報告書を送るだけであったが、異例だったあまり誤解などが生まれないように直々にこうやって報告しに来ているのだ。
「これも本来は隊長がするべきことですよ...」
「ははっ! そいつは本当にすまないな。まぁリリは頑張ってくれているから、今度の給料は色を付けておく。だから勘弁してくれ」
「金で何とかしないでくださいね。それよりもアリサを今の立場を降ろすか、私を常世隊長のいる第一部隊に移動させてください」
お金なんかはいらない。ただ愛しの常世隊長がいる第一部隊に行かせて欲しいとリリはアルデバランに無理は承知でお願いした。このお願いが通ったら幸せだろうなと、胸の中で想像を膨らませながら。
「分かっていると思うが、第一部隊にお前を動かすのははっきり言って無理だ。そして前者だが...別にできないことはない」
「だったら」
勢い良く噛みつこうとした時、リリはアルデバランの修羅の顔つきに穿たれた。身震いがする。
「今の隊長全員みたいに死ぬ勇気があるのかよ」
「っ!!」
なぜ昇進に死ぬ勇気なんてものが問われるのだろうかとは思わない。ただリリが今思えるのは自分にはそれがないということだ。
リリは臆病者、とはいかないが一般人とそう変わらない感性を持っている。それは奇人変人の集まりのギルドにおける美徳であり、リリは苦労人になる要因でもある。故にリリにはない、アリサのように大罪教の滅ぼすために死ぬ覚悟も。
「ないですね。そもそも私は、以前居た組織が居心地悪くてここに来ただけです。だからギルドの裏の目的を、大罪教のことは正直言ってどうでもいいです。他の人みたいに私怨があるわけではないので」
「それが普通だ。俺達がおかしいだけなんだよ」
「私には貴方も私と変わらないように見えます。ただ狂ったように演じている一般人のように...いえこの話はやめましょう。それよりも今日の件です」
「ああそうだな」
アルデバランの頷きを確認すると、リリはアルデバランの報告すること...は既に終わっているので、相談というべきか私論を述べていった。
「今回の王都を狙った爆弾犯。調査の結果多数の魔獣を王都内に隠して飼育していたところから、裏に何か大きな組織と繋がっていることが考えられます」
「まぁだろうな。魔獣も普通のやつと違って、低魔力濃度でも生きて活動できているんだ。特別個体だろう。そしてそれを用意をできるのは...」
「「大罪教」」
二人の声が重なった。
それは最悪の可能性であり、最も考えられる可能性である。ギルドの目的を考えると当然の話しである。
「結界で『罪人』が入れないといえど、やはり狙われてしまうのですね」
「しょうが無いだろうこればっかりは。それに結界が無ければ他の国みたいに大罪教に滅ぼされてお終いだ。そうなっていないだけで結界は十分に効力を発揮していると言っていいだろう」
「そうですね...ところでアリサ隊長は今何をしているのですか?」
いつも自分に仕事を押し付けて暇そうにしているアリサを長らく見かけていないこと。そのことからリリはアルデバランに聞いた。
アルデバランは気持ち悪いことにも、ギルドのことは多く見通しているからだ。
「あぁあいつは、今頃狂ったように戦っているよ。俺達のためにな」
『狂女』というギルド内の呼び名に合うようにと、そう話したアルデバランにリリは何も言えずに押し黙った。
── ── ──
「おいおい〜!! お前らがアタシ達の領土で問題を起こそうとした不届き者か」
聞こえてきたのは狂っているとも、命知らずとも取れる女の声だ。場所はアアル王国王都付近の倉庫。倉庫に使われている材質のせいか、音はやけに反響する。
そこで魔灯に照らされながら、男たちは悪辣な企みを企てていた。
「おいおい、急に灯りを消してどうした。隠したいことでもあるのか?もしエロ本でも見てんならアタシにも見せな。ある程度のなら話になれるぜ」
「....」
「はっ! そっちがそのつもりなら、無理やり照らしてやんよ! 『火拳』!!」
このまま沈黙をと、全員の思いが一致した時、男たちは無理やり炎に照らされた。咄嗟のことに全員が大きく飛躍して離脱する。
「一人掴めた」
まずは一人。アリサは跳躍した集団の一人を捕まえて、趣に首に手を当てながら問いただした。
「聞かせろ。お前らに爆弾を...魔石を運ぶように指示したのは『傲慢』か?」
「喋るな、クソアマ!!」
と話した瞬間。男の首ははぜた。転がり落ちた首無しの肉体に皆が戦慄した。なまじ明かりがアリサの炎しかないのがよけに恐怖を駆り立てる。
次に二人。先程とは違い、衝動をそのままぶつけて、問いただすこともなく無様に殺した。
「教えろ。お前らにこの仕事を任せたのは『傲慢』か。答えろ」
両手に男の首をもって迫る女。物凄い剣幕に押されて呼吸さえできなくなりそうななか、一人は何とか言葉を紡いだ。
「し、知らない! 俺達は知らない!!」
「もしお前らが死ぬのが怖くないのなら、アタシがお前らの家族やそれに該する大切な奴を人質とって無理やり情報を吐かせる。そんぐらいの覚悟はあるんだ。だからさっさと教えろ」
女の目は決まっていた覚悟といった類が。だから男たちは諦めた。
「正直に言う!! 俺達にこの仕事を任せたのは『怠惰の罪人』だ! 『傲慢』じゃない!!」
「やっと言ったか」
「はぁはぁ!」
ようやく恐怖から開放された。不意に目線を股間部に向けてみると、しっかりと湿っていた。
「いい歳してお漏らしか〜?そんな早漏なちんこなんていらないよなぁ!!」
「うげぇぇ!!」
アリサは火拳で男の股間部を殴りつけ、男性器を燃やした。
「ふぅ。スッキリしたぜ」
女は一息ついた。
その隙をついて逃走しようとしたところ、ドス黒い声が耳に入ってきた。
「アタシに情報を教えた後、狂ったように炎に突っ込んで自決。筋書きはこんな感じでいいだろう」
「お、おい! 待て!!」
制止の言葉も届かない。女の歩みは止まらない。炎がメラメラと燃える中、倉庫にいたものはただ一人アリサを除いて全員死亡したのだった。
翌日見つかったのは人数人に渡る骨粉。それが炎に燃やされたものなのか、それとも誰かの拳によって粉状に変えられたのか、それは誰にも分からなかった。




