第一章十三話『ユダの初任務完!!』
「あ、やべ。媚薬入りなのをいうの忘れてた」
不意に副隊長はチョコが媚薬入りなのを思い出した。だが大きな風がそんな重大事実を払い流した。
彼が今いるのは、王都で一番高い時計塔の頂上だ。
「まぁいいか俺はそれよりも不届き者の対処だな。──ここからなら誰でも撃ち抜けるぜ。ま、人の心は撃ち抜けないがな!!」
彼の口から出たのは、自身の射撃技術に対する絶対的な自信と、どこか諦念の混じった皮肉だった。
「みんな頭が硬いんだよ。それなら身体強化をしていない一瞬の隙を狙うか、それを上回る火力を毒なりなんなりで出せばいんだよ」
それが彼の賢論とは到底言い難い暴論である。だが彼の実力がそんな暴論を無理やりにでも納得させる。
なぜなら──
「──見えたぜ」
目標を発見。それと同時に腰に吊るしていた弓を手に取った。華麗な動作でそれは馴染むように彼の手に収まった。
慣れた動作で弦を引くが、弓に矢はかけられていなかった。それなのにどうやって弓として機能させるのか、そんなのは簡単だ。
魔道具に分類される弓──通称『相棒』の能力を使う。自分の魔力を消費して矢を生成して射った。
張り詰めた空気と、強い風が交錯する空を、一本の矢が鋭い風切り音を立てて裂いた。その矢は、暴論を現実にする決定的な一手として、敵の弱点を正確に撃ち抜くために放たれた。
(いつもありがとな相棒)
相棒への感謝の言葉を述べ終わった頃には、矢は目標地点に達していた。
「目標着弾確認と。はい〜また今日も華麗に命中。本日初射撃なのに俺ってば天才だな」
自画自賛も甚だしいが、彼がいなければ数百人の命が運ばれた爆弾によって失われていたのだ。多少は目を瞑られるべきであろう。
その自賛も直ぐに乾いたものとなってしまう。
「...といっても誰もいないがな」
ここは孤独な仕事場だ。
誰もいなく、ただ王都を守るために悪を射ていく。だがそれでお金を貰えて、自分の弓の技術を活かせるのだから文句など到底ない。
しかしながら他部隊への文句ならある。
「ちゃんとしてよな第二部隊のお嬢様方。あんたらが検問をしっかりしてくれないから俺の仕事が増えるんだ。まぁ命令とあれば誰でもあいてしやるが」
今回も第二部隊が検問を怠った結果、逃亡を行っていた悪を射た形だ。目標の抱えていた爆弾が放たれたのならたまったもんではない。
彼彼女らがアアル騎士団と共に頑張っていることは十二分に承知している。
(命令なら相手してやる。例え『魔帝』でもな)
心の中で最強の魔術師の称号をあげた。命令があれば例えそんな存在とも相手するのが彼なりの流儀だ。まぁ勝てるかは別問題として。
それに人外と区分した方が良いアルデバランは除外するが。
どうなったのかと、先程矢を射た場所を目を凝らして見てみた。すると一輪の花──否、少女が目に入った。
するとハッとした表情になる。
「おっ!! あれが銀髪の少年ユダが言っていたリンと言う子か」
聞いた情報を照らし合わせて結論を得る。心臓の鼓動をいつもより大きく感じると、ユダと同じように一目惚れだと勝手に感じた。
「ふふ〜ん」
ポケットから羽ペンと紙を取り出すと、鼻歌を交えながら愛の言葉を書き殴っていく。一分にも満たない時間で狂文を作りあげてしまうと、籠の中から矢を取り出して括りつけた。
「届け!」
そしてそれをリンに向けて放った。想いがたった一回で届くとは到底思わない。弓は百ぴゃく百中であるが、恋愛に関しては数撃ちゃ当たるの精神で行っているのだ。
(まぁ届くのなら今日の夜に俺の部屋に彼女が来るからな。楽しみは後にした方が良い)
ここで反応を見るのはお預けにしておく。
「さて仕事だ。まぁ王都が落ち着いてたら隊長...爺さんに有給でももらってマリア神聖国に行くかな」
暫くは叶わない願いを秘めながら、第三部隊の隊長である彼は一本、また一本と矢を今日も射るのであった。
そして媚薬入りチョコをもらったユダが大変なことになったのは、また別の機会の話である。




