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『本日最終話まで投稿!!』世界の悪に全てを奪われた少年、絶望の果てに勇者となる  作者: おう
第一章『アアル王国編』

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第一章十二話『ユダの初任務1』


 (今日から初任務か...)

 

 ユダは寮からギルド本部──の中にある第一部隊の会議室に向かっていた。ユダの歩みは石を抱えたように重く、緩慢だった


 「おいユダ! こんなにトロトロしてどうした!? 今日から初任務何だろ!!」

 「やめてくれフェリス。僕は朝は低血圧なんだ。そんなに騒がないでくれ」


 聞こえてくるのは赤髪と緑髪の溌剌な声。そう、ユダは二人の愉快な友人の後ろについて行っている。

 友人達にとってこの道のりは、日常で何の苦難もないのかもしれないが、ユダには大有りだ。現にユダは、不安だらけで歩くのもままならない。


 「ユダ。そんなに緊張したらきりがないよ」

 「はっ! そうだぜユダ!!」


 (有り難いけど、フェリスうるさいな...)

 

 有り難さとフェリスのうるささを味わう。

 

 「まぁ! 気楽に行こうぜ!! 気楽にな!! それに俺達がついているんだ」

 

 フェリスはユダの肩に軽く手を置きながら、自分の考えを述べた。それにフェリスは肩を竦めながらも賛同した。

 

 「...僕も概ね賛成だ。まぁフェリスの意見に賛成するのは嫌だけど」

 「おい何でだ!! ここは血涙を流しながら俺に賛同するところだろう!!」

 「僕がフェリスのために流せるのは、哀れみを込めた涙だけだよ」

 「ぐぬぬぬ!!」

 

 (アハハ、二人とも元気だな)

 

 二人の友人の軽口の応酬を見ながら、ユダの心はふと軽くなっていった。 

 

 「皆おはよう。既知の事実かもしれないが、今日からユダが正式に任務に関わることとなった。色々と教えてやってくれ」

 

 第一部隊の会議室。長机が並ぶ中、壇上に上がった常世は皆に対してそう話した。

 反応はほぼ同じで、コクリと頷くだけである。さほど今回のユダの件も珍しいことではないのだろう。

 第一部隊の業務を一言で表現するのなら『攻め』となる。

 

 「まず本日の業務についてだ。いつも通りの巡回に加えて、避難所に物資の運搬をアアル騎士団と合同することになる。それと──」

 

 常世は淡々と隊員に共有すべき情報を話していった。

 その最中。ユダには二つの選択肢が与えられた。通常業務である王都の巡回に加わるか、それとも避難所の物資の運搬に加わるか。どちらにしても翌日には王都の巡回をしなければならない。

 ユダのとった選択肢。それは──、



 「──本当にいいのかいユダ?」

 友人の心配そうな声。それが耳に入ってくると、ユダは今朝の出来事の追憶をやめにした。

 「ああ。自分でやりたいって言ったんだ。いいに決まってるだろ」

 

 ユダは物資の乗った荷台をくっつけた馬車に乗って移動をしていた。

 

 「ヘイヘイそこの少年! 何しけた顔をしてんだ! そんな調子だと俺が俺が慰めてやりたくなるだろ」

 

 聞こえてきたのは色気染みた男の声だ。艶やかで耳を疑いたくなるその言葉は、風に吹かれることもなく、ただ一直線にユダ達の耳に入ってきた。それにユダとアルスは会話をやめた

 声の方向から察するに、先導していた馬車の人物なのだろう。

 ユダとアルスは顔を見合わせた。自分の幻聴でないことを友人の困惑した顔で確認すると──、

 

 「...誰なんだあの人は?」

 

 どこか訝しむような声でアルスに訪ねた。すると間髪を容れずにアルスは言葉を返した。

 

 「第三部隊の副隊長だ。名前は...何だったっけな。まぁプレイボーイで有名な人だ。男と女関係なく、しかも見境なく」

 

 「げっ...」

 

 ユダがうめき声──相当変な人に絡まれたしまったと──を喉を震わせながら発した。

 好男ならいざ知らず、男女見境なく愛してしまうということならば、変人や奇人の類に分類するしかないだろう。

 

 「そんなに悪名が広まってるにに、何でアルスは名前が分からないんだ?」

 「色んな名前を名乗っているからかな。何たって本名はギルドマスターと第三部隊の隊長しか知らないっていう噂だよ」

 「へぇ、そうなのか」

 

 偽名を名乗るだけであれば珍しいことではないが、複数も名乗るとなるということは中々見ないことだ。そもそもメリットがなく、いったい何がしたいのかとユダは率直に思った。

 

 (まぁなるべく自分から関わるのは辞めておこう)

 

 自己防衛のため、自分の貞操を守るためにユダは意思を固めた。

 その間にも馬車は王都の街道を進んでおり、一行は『学術区』に到着しようとしていた。一度外を見れば、テロの惨劇を感じることができる。そんな地獄の爪痕にユダは再び赴くのだ。

 

 「ユダ。最後の確認だ。本当にいいのか?」 

 

 アルスの最終確認。

 自分のことを思ってのもにに有り難みを感じつつ、ユダは静かにそして力強くうなづいた。

 

 「あぁ、俺はこの目で見てみたい」

 「──そうかい」

 

 それからほどなくして、ギルドの馬車とアアル騎士団の馬車は学術区に入った。薄々その片鱗を感じることはできたが、やはりキツイものがあった。

 まず最初に異質な魔力の流れだ。自然界で例えるのならば、在来種の住処に外来種を放り込んで生態系をぐちゃぐちゃにしたかのような、混沌した魔力がそこにはあった。

 

 「っ!」

 

 体が正常な動きをし、身の毛がよだつ。 


 (ひ、酷い...)

 

 見た瞬間ユダは直感的に思ってしまった。自分が友人達と馬鹿話をしている間にも、ここでは人が傷ついているのだと。

 

 「──酷い」

 

 何も出来ない自分が酷い。

 この景色が酷い。

 二つの意味がこもったユダの台詞。それはアルスには後者の意味で届いたようで、彼は説明口調で話し始めた。

 

 「これでも大分落ち着いたんだ。今は学術区に住んでいる大半の人達は避難所で生活している。まぁ受け入れ態勢が出来次第、安全な区画の避難所に移動することになるだろうね」

 

 「──」

 「少しは状況がよくなるんだよな?」

 「絶対にそうになる!!って僕は言いたいけど、正直どうなるか分からない」

 「そっか...」

 

 それ以降ユダは言葉を失って黙り、アルスは馬を操つって先導する馬車についていく。数分程経った頃、ユダ達は避難所についていた。

 アルスが馬車から降りると、ユダもそれに無心でついていく。自我のない人形のように、ただ背中を見せる緑髪の少年についていく。

 

 「物資をを降ろすのを手伝ってくれ」

 「あ、あぁ」

 

 不意に聞こえた声。それにユダはうろたえつつも、何とか情けない声で言葉を返した。

 

 「っ!」

 

 少年を追う最中、不意に避難所の方に視線が向いた。

 

 「僕たちだけ遅れている。少し急いでくれ」

 

 その一言を受け、ユダ狭窄したまなざし──まるで世界の広がりを拒むかのように、ユダの瞳はわずかな一点に縫いとめられていた。

  アルスの普段と変わりない対応に、縫い付けられていた自分が解放されると、視線を外に向けた。

 

 (皆精一杯生きているんだ)

 

 微かに光が見えた。本当に些細なことであったが見えた気がした。

 

 「ヘイヘイヘーイ! おせーよ少年達! アアル騎士団から文句を言われるのは俺なんだ。しっかりしてくれよ!!」

 

 物資を所定の所に持っていた所で待ち受けた男──第三部隊の副隊長から怒りというには緊張感がかけたお言葉を頂く。

 彼の口振りから察するに、今回の物資運搬の任の責任者は陽気なこの男なのだろう。

 

 (近くで見てみると、美顔だな)

 

 軽口を叩きながらも、人を安心させる笑顔だ──腹立たしいほどに整った顔に、ユダは思わず目を奪われた

 小箱に乱雑に乗っている男。まったく気持ちのこもっていない「すみません」を口から吐くと、その美顔に魅入られて気を取られた。

 それに気づかれ、副隊長は艶がかった紫色の髪を揺らした。そして嬉々とした表情でユダのことを誘う。

 

 「おっ! 何だ銀髪の少年!! 俺のことを気に入ったのなら、今夜は俺の部屋にきな! 精一杯可愛いがってやるよ」

 「僕の友達にちょっかいをかけないでください!!」

 

 副隊長の魅惑、アルスの真剣な双眸が互いを絡め合う。ユダには火花を散らしているように見える。

 アルスはかけている剣に手をかけていた。流石に冗談であろうが、少し怖くなって顔をひいたユダは、意を決して喉を震わせた。

 

 「すみません副隊長。俺には大切な人がいるので」

 「な、なんだと!?」

 「本当にかユダ!!」

 

 アルスと副隊長。両者とも目を見張ってこれ以上ない程に驚愕を表現していた。そこまで驚くかとユダは苦笑していたが、あまりこういう話はすべきでないと思い──、

 

 「次は何はすればいいのですか副隊長?」

 

 ユダは副隊長に指示を仰いだが、そう簡単に見逃してくれるわけない。アルスは得意とする『俊剣流』を駆使し、副隊長は狙っていた男が既にフリーではない事を憎悪の薪として、一気に距離をつめた。


  「「おい! 詳しく説明しろ!!」」

 



 


 「どうぞ受け取ってください!」

 

 ユダは笑顔を見せて、食料と毛布などの物資を渡していく。少し背伸びをしてみると、自分のところに長蛇の列ができていることが分かった。

 避難所の物資の受け渡しは比較的簡単な業務で、家族構成などを聞いて人数分のものを渡す。注意すべき点は、同じ人が複数回受け取ることぐらいである。

 物資は過剰な程にあり、それを巡った争いなどそうそう起こらないだろう。

 

 (アルスには悪いことをしたな)

 

 少し列が落ち着いた所で、ユダは目線を友人の方に軽く向けた。

 

 「ねぇ...」

 

 ユダは顔を上げた。

 列の向こうに立っていたのは、やつれた女性だった。頬は痩せこけ、眉間の皺が深く刻まれている。疲労と焦燥が、血の色を失った肌に影を落としていた。

 

 「……ユダ君」

 

 掠れた声に、胸の奥で何かがちぎれる音がした。

 

 「え……」


 思わず息を呑む。見覚えがある。忘れるはずがない。

 

 ──アノス。


 彼女は、あの無邪気な友人と同じ目をしていた。馬鹿で、それでいて優しかった大切な友人。それと再び対面したかのような感覚を覚えた。


 「アノスのお母さん……」


 名前を呼んだ瞬間、女性の瞳が大きく見開かれた。

 その光はまるで、閉ざされた闇の中に突如ともる焔のようだった。


 「アノスを……知っているの?」


 声が震えている。縋るように、切羽詰まった声。


 「どこにいるの、あの子は? ……ねえ、教えて。まだ生きているはずなの。あの子の好きだったチェリーパイを、焼かなきゃいけないのよ!」


 両手は宙を彷徨い、ユダの袖を探して掴む。その指は冷たく、痩せて骨ばっていた。

 ユダの心臓は激しく鼓動した。

 言うべきか。言ってはいけないのか。

 

 『……ユダ、水を……』


 熱にうなされ、最後に掠れ声で水を求めた友の姿が脳裏に甦る。

 今思い返せばユダは、あの時アルスを解釈すれば良かったのかもしれない。きっと彼はユダの想像を超える痛みを味わっていた。だからこそユダは彼を楽にするべきだった。

 けどユダは何もできずにただ呆然と立ち尽くした。恐怖に痛みが、ユダの足の動きを止めた。中途半端にあの状況の人に水を与えたらいけないと、知識があったせいだ。

 

 「……」


 喉が張り付いたように声が出ない。

 もし言わなければ、彼女は一生、存在しない息子を追い続けるだろう。けどもし言ってしまえば、その心を深く裂くことになる。

 

 「……アノスは」


  声が震えた。だが、逃げてはならない。だからユダは確固たる『勇気』を持って彼女に、過去の自分の後悔を精算するように言葉を紡ぐ。


 「アノスは……死にました。僕が……この目で、確かに見ました」

 

 女性の肩が、はっと震えた。

 瞳から光がこぼれ落ち、彼女は言葉を失ったまま、ユダの腕を掴んでいた指先を離した。酷く悲しい静寂が場を包みこむ。                                

 皆の視線がこちら側に向くと同時に全員が何が起こったのかを察した。故に誰も声をかけられなかった。全員が全員、彼女の負った『痛み』を理解することができたから。

 

 「ああぁぁぁあっぁ!!」


 刹那的な静寂の後に響くのは、絶叫の雨だった。誰も憐れみの目も同情の目も向けることが出来なかった。ただ自分じゃなくて良かったと、自分自身も知らぬところで安堵した。


  「くっ!」


 彼女と同じように流れそうな涙。それをユダをなんとか押し殺した。今のユダに悲しむ資格なんてない。そんな感じがして。

 







「──銀髪の少年。これやるよ」


 差し出されたのは小さな包みに入ったチョコレートだった。

 

 「副隊長……」

 

 今は業務を終え、ギルド本部の休憩室に戻ってきていた。避難所への物資搬入は無事終わり、皆疲れた顔で椅子に腰を下ろしている。そんな中、艶やかな紫髪を揺らした第三部隊の副隊長が、いつもの軽薄な笑みを浮かべながらユダの前に現れたのだ。

 

 「俺なんかが食べていいんですかね……」

 

 ユダは包みを両手で受け取りながら、俯きがちに答えた。学術区で見た惨状や、アノスの母との再会が胸に残り、甘い菓子を前にしても心は晴れない。

 両手に落ちる影を見つめ、自嘲めいた吐息を漏らした。

 

 「気持ち悪いこと言うな」


  副隊長はすぐさま切り返した。口調こそ荒いが、その眼差しは妙に真剣だった。

 

 「俺はただ、お前が笑った顔を見たいから渡した。それだけだ。俺が抱きたいと思った相手が、暗い顔でいるのは面白くねぇ。……だから変に『俺なんかが』なんて言うな」

 

  周囲のざわめきが一瞬止まったように思えた。

 避難所で見た母子の別れの残滓がまだ胸を締め付けていたユダには、副隊長の言葉はあまりに不意打ちだった。

 

 (……この人は本気で言っているのか? それとも、またいつもの軽口なのか)


 判断はつかない。だが、チョコの温もりだけは確かに手の中にあった。

 

 「お~いユダ!!」

 

 アルスがやって来る。すると副隊長はハッとした顔をして、すぐさま立ち去ろうとした。

 

 「ありがとうございました」

 

 咄嗟にユダは一礼をした。確かに可笑しい人であったが、彼なりの信念を持っていて、それでいてユダの心を少し軽くしてくれた人物だ。

 奇人変人で済ますことはできなかった。

 

 「おう。今夜あたりにでも俺の部屋にきな。可愛がってやるからな」

 

 相変わらずの口説き文句。それに間髪入れずに「いや、遠慮します」と返すと、副隊長は不気味な文句を言いながら手を振ってこの場から去った。

 

 「ユダ! 何もされなかったか!?」

 「あ、アルス!! あぁ大丈夫だよ。第三部隊の副隊長はあれでいて優しい人みたいだし...」

 

 友の名をユダは咄嗟に口走んだ。彼も自分のことを気遣ってくれたのだ。感謝しかない。

  第三部隊の副隊長の話は程々に、ユダは彼に感謝の言葉を伝えていった。アルスはどこか照れながらも、まっすぐに受け取ってくれる。そして...


 「照れるけど...まぁ友達だから気にしないでくれ。僕が何か困った時にはユダが助けてくれよな!!」

 

 アルスの言葉が心に染みる。

 

 このままユダの初任務は大団円で終わるはずだったのだが、そう簡単にはいかない──

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