廃線を歩く
都心に上京してから3年、初めて地元に帰って聞いたのは、親友の訃報だった。
え、って思って親にLINEを見せる。
3日前の空とのLINEで、空帰るよー!愛に会えるの激楽しみ♡などとふざけた会話が並んでいる。
両親が力無くわたしの肩に両手かけて言った。
「それも自殺なんだ」と。
「嘘…」そういうわたしに、ドアノブに首を吊った状態で発見されたことを教えてもらった。
警察も他殺でも調べているが、今の所自殺説が濃厚らしい。それを裏付けるように、部屋は終活を終えた人のように空っぽだったとか。
父親がわたしに尋ねる。
「今夜、お通夜だ。行くか、愛」
わたしはただ呆然と頷いた。
読経の音色が寺院に響く。みんな喪服を着て辛気臭い顔をしている。
周囲の憂鬱な言葉に空の両親は、私達が悪いんですというだけだった。確かに諍いの絶えない夫婦で、その度に空が潤滑油になっていたのは知っていた。
「私達がもっとちゃんとしていれば…」
そんな言葉も、もう死人には聞こえないだろう。
空の両親や親戚、友人が滂沱の涙を流しながら線香を上げる中、わたし1人、泣けもせず淡々と線香を上げた。
「愛ちゃん」
通夜が終わった後、空の母親がわたしを引き留めた。
「これ…」
そう言って渡されたのは空の手帳型のスマホケースだった。
「愛ちゃんに貰って欲しい」
「いいんですか」
思わず聞いてしまった。本当は喉から手が出るほど欲しいくせに。
空の母親は首を振って、これ位しかできることがないから。と、呟くように言った。
深夜、自室で空のスマホケースを見る。手帳型のスマホケースには、空と行った映画のチケットや、プリクラが有った。それを見てもまだ、空がもういないことを実感出来なかった。
手帳型スマホケースの奥の方に切符が有った。
もう廃線になった郎電駅行の切符だ。まだわたしたちが学生の頃は、ここが1番の最寄り駅だった。
行ってみよう。ふとそう思った。なんでかは分からない。ただ、空がいないことを実感したいだけかもしれない。
翌朝、まだ日の出前にわたしはこっそり家を出た。親に余計な心配をかけたくなかった。
スマホの案内図で、駅の線路の途中まで辿り着いた。
線路は見事にさびていて、でもまだ電車を走らす気マンマンに見えた。
ここから郎電駅まで歩いて2時間。
わたしは前を向いて歩き出した。
このままでは終われない。そう強く思う。
駅は無人だった。
錆びた看板には郎電駅と書かれている。
駅のホームに立ってみる。
からっ風が冷たい。
ここまで歩いてきた足がキシキシと唸りをあげているようだ。
フェンスがもうひしゃげていて、塀の意味をなくしている。
駅のベンチに座った。長らく使われて無かったせいで、座ったとき、ギシギシと音を立てた。
片田舎の電車のダイヤルは一時間に一本程度だ。
電車を逃したときはよく空とここでお喋りをして電車が来るのを待った。
どうして、と思うと同時に、有り得ることだとも思う。
いつそうなっても可笑しくなかった、とも思う。
空はいつも悩んでいた。
親との関係、学校での人間関係、進路、世間、全ての事象が空にのしかかり、いつも考えていた。
笑顔の裏では私には理解出来ないくらい膨大な、いっそ自己犠牲的な悩みがあったのだろうか。
空は私が必死に語りかけて、ようやく少しの愚痴を吐き出す。それさえ罪悪感を覚えるような、優しい、真面目な人だった。
だった。なんて思いたくない。
気がつくと私は声を上げて泣いていた。
線香を上げた時ですら泣かなかったのに。
顔をくしゃくしゃにして、鼻水すら拭かず泣いた。
冬の木枯らしが、そんな涙さえ攫っていった。