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「残された温もり」

週末が近づき、学校での注目が少しずつ薄れていったことに安堵しながら、僕はマンションへ帰宅した。この部屋は公安が保証人となって借りてくれた仮住まいのような場所だが、そこは公安選定物件、静かな廊下と「ありすぎだろ」と思ってしまうセキュリティ込みのマンションとなっている、これは、一般的な高級マンションのそれと同レベルのものであることは安易に想像できた。


ーしかし、今日は何かが違う。

マンションは現代風タワーマンションとは違い、行動しても直ぐに対応できるよう低階層級マンションに居を構えている。これで世の中のエレベータ問題などのぼくには無縁の問題にさらされることはないだろう。しかし今日はドアを前にして、人の気配を感じた。


「……誰かいる」


胸のざわめきが小さく警鐘を鳴らす。鍵は開いていた。いつもなら当然上下の鍵は施錠されているはずなのに——。


僕はゆっくりとドアを押し開けた。部屋の中から漏れる柔らかな光、そしてリビングから漂ってくる、妙に香ばしい匂い。


「帰ってきたわね、綾人〜!」


リビングには、一人の女性が似合わないエプロンをつけ、何かを調理していた。似合わない理由はその金髪のポニーテール、青い瞳、そして整った顔立ちが印象的な彼女——ローラ・オニキスだからだ。


「……ローラさん。」


思わず肩の力が抜けたが、同時に困惑する。


「なんでくる事連絡しないんだよ。」


「保護者特権よ。ほら、用意したからこれ食べて元気出しなさい。」


彼女は得意げに和風ハンバーグらしき皿を差し出してきた。肉汁が滴る美味しそうな一皿だが、よく見ると付け合わせにアメリカ風のマッシュポテトが乗っている。さらに味噌汁の具は……なぜかブロッコリーとチーズ。


「相変わらず独創的だな。美味い。」


そう苦笑しながらも、僕はスプーンを手に取った、実際に美味いのである。

---

食卓を囲み、僕たちは久しぶりにゆっくりと会話を交わした。元々、彼女はアメリカ中央機関のエージェントであり、日本におけるポストヒューマン犯罪の対策に奔走しているバリバリの現場はのキャリアである。


「最近はどうなの、そっちの仕事とか……。僕もいつ参加できるか学校とかあるからまだわかってないし」

「まあ、相変わらずよ。海外からの連絡、協力要請、こっちの捜査……。毎日が戦争ね。でもこうやって一緒に食事できているってことは緊急性はないわね」


ローラはそう言いながらグラスに注いだワインを軽く飲む。その表情にはほんの少し疲労の色が見えた。


「じゃあ、今日は何で何も言わずに来たんだよ。」

「は〜、わかんないかなー。私だってたまには息抜きしないとやってられないの。しかも、君はいいリフレッシュ対象なの。だって話しやすいし、癒されるし・・・あれ?理解してない?」

「……癒される?」


冗談めいた彼女の言葉に困惑していると、ローラは急にいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「そうよ。だってほら、君、可愛い顔してるし…この後どうする?お風呂また入る?」

「なっ……!」


思わず顔が熱くなる。ローラは僕の反応を楽しむかのように笑いながら、肩をすくめた。


「家に帰ってきて一緒に久しぶりにごはん食べれたんだからやっぱお風呂でも入るでしょ!」

「はあ?ちょっと色々無理でしょ。そういうの無理なので茶貸さないでくださいよ・・・」

「えーそんなルールとかどうでもいいっしょ、はいろーよー。まあ、そういう君の青春リアクションが良いんだよね。」


うーん、まだこの人は何を考えているのか読めん。

---

「でも本当の話をするなら、私はね、こんなに気軽に話せる相手って少ないの。」


少し真剣な表情に変わったローラは、グラスをテーブルに置きながら語り始めた。


「ボストンのポストヒューマン絡みのテロ事件が、私の人生を大きく変えた。あれがなければ、私はただのエージェントで終わってたかもしれない。」


彼女が語るのは、数年前にアメリカで起きたポストヒューマンによる大規模テロ事件。ある男が「炎を操る能力」を使い、街の中心を焼き尽くしたという。


「……あの時、私は自分の能力を使わざるを得なかった。人々を落ち着かせて避難させるために、感覚操作をしたの。」


それがきっかけで彼女はポストヒューマンを専門とする機関に引き抜かれ、世界各地の事件に関わるようになった。そして日本では、公安の高倉とバディを組み、彼女は我々側の能力者として、国際犯罪を追うことになる。


「高倉は最初、私を信用してくれなかった。「感覚捜査」能力ですものね、当然よ。でも、彼は自分にないもの、私たちで言えば「能力」かしら、それをゆっくりと、真剣に考えて理解してくれた本当に優しい人だった。最後には、家族みたいに思えたわ。」


彼女の瞳がわずかに潤む。その背後に、いまだ癒えない痛みが見え隠れしていた。

---

「高倉は君のことを本当に大事にしてた。『普通の生活を送らせたい』って言ってね。」


ローラはそう語りながら、僕をじっと見つめた。


「だから、君がここで頑張ってるのを見守るのが、私の役目だと思ってる。」

「……うん…でもどこまで一緒にいてくれるの?ほら、BAU忙しいでしょ?」


僕の問いかけは、先ほどから進んでいる彼女のお気に入りの白ワイン(シャブリーちょっとデイリーワインより高い)の勢いを進める結果となった。その結果彼女の言動は「offline」モードとなった。


「あら、じゃあ今日は一緒にいましょうかね、仕事はoncallだしね」「一緒に寝るかね?」と笑みを浮かべた。

「ちょ、ちょっとワイン飲み過ぎでしょ」

僕の言葉に

「あら本気よ、あなたを立派なエージェントに育てるための工程ですもん」

とツッコミを入れつつ、一言

「でも、無理に進まなくても良いんじゃない、無理しない」


彼女の声には不思議な温かさと切なさが入り混じっていた。

---

夕食を終え、ローラは帰る準備を始める。玄関先まで見送った僕に、彼女はふと振り返って言った。


「綾人、君はもっと自分の力を信じていい。普通を望むのも大事、だけど、きっとそれだけじゃ足りない時が必ずくる。」


その言葉には、どこか未来を見据えたような確信があった。


「その時にどう使うか、どうあるべきかの基本的な考えはこれからビシバシ鍛えるから覚悟してねっ!」

「だからポジティブにね。私もいるし、みんながいる。合鍵、まだ持ってて良いよね?」

「・・・・うん。」


いたずらっぽく笑うローラの背中を見送りながら、僕は彼女の言葉を反芻していた。

---

ローラが去った後の部屋は静寂に包まれていた。

彼女が残した料理の余韻と、彼女の匂い、温かさが胸に残る。だけど、その背後にある切なさも同時に感じ取れてしまう。


「普通じゃいられない……か。」


ベッドに横たわりながら、その言葉が静かに胸を打つのを感じていた。

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