頂へ[3]
佳代ちゃんは、お兄ちゃんこと亮君とは何も話さなかったそうだ。
ぶっきらぼうだけど、人一倍愛情深く、実はとても優しい姉だって事は、あたしもよく知っている。
過去の登頂失敗を悔やみ続け、落石に対するトラウマと闘い、亮お兄ちゃんはようやくこの日を迎えた。
そんな心の事情を誰よりも知り得るのは、他ならぬ実の姉ゆえの事。
心配だから話せなかったのか、それとも成功への確信があったからなのか、それさえも佳代ちゃんは語らない。
早朝のベルグ店舗前に集まった、登山パーティ。
ヒョロリと背の高い市川さん。
小柄で一見華奢だけど筋肉モリモリな山崎さん。
岡崎亮。お兄ちゃんも、しっかり絞って無駄のない体に。
そして、あたしの大切な生田尚哉。その体格は、例えるならプロボクサー。スラッとしているのに筋肉質。無駄な贅肉は蓄えない。
京都からはこの4人。そして現地でガイドが合流し、5人でパーティを組む。
登山家って、体重が増えれば負担が大きくなるけど、筋力は高次元に求められる。
だからみんな、こんなにカッコ良くなるんだ。
そんな4人を送り出す。
その間、店は藤野君とあたし、そしてアルバイトの男女2人で運営する。
パーティと店員それぞれが、互いに激励し合う。
店を任されつつ、あたし達はパーティの登頂成功を神に祈るんだ。
いよいよ旅立ちの時。
佳代ちゃんは、やっぱり来なかった。
このお店を辞めたとはいえ、店員として働いていた頃は、市川さんや山崎さんにはお世話になった。パーティには実の弟である亮お兄ちゃんも居る。
きっとエールを送りたいはず。成功を祈っているはず。
それなのにこの日、佳代ちゃんは見送りには来なかった。
「私は疫病神だから」
そんな事を言っていたと思う。もしかしたら前回の登頂失敗の時、この店の前で、今のあたし達と同じようにパーティを送り出したのかもしれない。
それはあくまでもあたしの憶測であって、佳代ちゃん本人からも、亮お兄ちゃんからも聞いた訳ではない。市川さんや山崎さんも、何も言わない。
だけど、そう思うんだ。
当時、まだ高校生だったあたしは、佳代ちゃんから「学校に行け」と言われ、ここに来る事は出来なかった。
ここに居たのは佳代ちゃんと、当時まだ研修中だった藤野君。他にもう1人店員が居たそうだけど、あたしはその人を知らない。きっとその人だって、アウトドアが大好きな人のはず。もしかしたら、店長レベルで仕事をこなす人だったのかもしれない。
お店だって営業しなきゃいけない。この日だって、シャッターを開けておかなければいけない。
そんなだから、佳代ちゃんはきっとここで、今日この日と同じように互いを激励し合い、パーティを送り出したに違いないんだ。
ただ、それは今さら追求すべき事じゃない。佳代ちゃんが来なかった理由として、憶測のまま心に留めておくべきだと思う。
「きっと! きっと成功だよ!」
あたし達の声をシャワーのように全身に浴びて、4人を乗せた車は走り出した。
あたし達は、千切れそうな程手を振った。
無事に帰って来れば、それでいい。だけど、4人はきっと、嬉しい報告を抱き締めて帰って来る。
あたしはそう信じた。
信じなければ、尚哉と交わしたあの約束も受け取る事にならないから。
だから、きっとだよ。
そして、旭川市郊外のログハウスで、尚哉の大好きな高山植物に囲まれて、2人で暮らそうね!
アクセスありがとうございます。
次回「頂へ[4]」
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