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星空に願いを[21]

麻衣とそら君。

優しく見守ってあげてくださいね。

 土曜日とて、朝の電車はそこそこ混雑している。

 夏の終わり、まだまだ暑さを引きずる京都の街。地下鉄の広報キャラクターの可愛い女の子達が描かれたポスターを横目に、自分もこんなに明るく居られたら…などと、また自分を卑下してしまう。


 今日、私は笑えるんだろうか。


 半袖の、リブ編みの白いカットソー。すっかり筋力の落ちた足には、フレアジーンズを。一応こなれ感を出してみたが、化粧がどうしても上手く乗らない。


 電車の窓ガラスに映る私。あぁ…。



「おはよう!」

「おはよ…」


 ぎこちない作り笑いで挨拶すると、何となく歩き始める。京都に住んでいれば、京都観光なんてする事もない。

 みんな、こんな時って何をしてるんだろう。


「見たい店あったら言ってよね」

「分かった…」


 正直なところ、何もない。服だって自分達で作っているのだから、プライベートで見に行く事もしない。

 遊びで仕事目線なんて、あの伊吹山で懲りた。仕事を離れて楽しむのに、何で仕事の事ばかり考える?


「メシ食うにも時間早いなぁ」

「そうね。そら君は見たいものないの?」


 これといって個性的ではない、Tシャツにジーンズという定番スタイル。

 無理してお洒落感を上げるぐらいなら、普通でいい。

 そら君は、そんなところも私の思う男性ファッションと同じ考え方だ。


 価値観も同じ。


「ここが私の会社のお店」

「TmCって言うんだ」

「元は寺町カジュアルって言って、古くからのお客さんは“テラカジ”って呼んでくれてるの」


 そう言って足を止めてみるんだけど、いかんせんレディースブランド。そら君には無関係だ。


「そうかぁ。メンズがあったらいっぱい買うんだけど…。うちの家族も、母さん以外みんな男なんだ」


 全く噛み合わない。私が自社の店を教えたところで、そら君が着れるものなんてない。


「バスケなんかやって、こんな体に育っちまったもんな。小柄だったら着れる服もあったかもね。ごめんな」

「そんな…それはそら君が悪いんじゃないし。誰も悪くないし」


 やっぱりこの人は、こんな感じなんだ。

 目的がなくても、ただ一緒に歩いているだけで時間は加速度的に過ぎ去って行く。

 きっと、きっと不安になる事なんてないんだろう。無理しようと思ってみても、全くその必要のない人。



「なぁ、田上」

「うん?」

「今日もありがとうな。変な意味じゃなくて…」


 1日2人で過ごして、少しずつ“その時”は近づいてくる。

 お互いが元々から知らない人同士ではない。だから、きっとここからは次のステップへと進むんだろう。


 それなら、答えを出すのは今日しかない。


「ねえ、そら君」

「うん」

「今の段階でどうこうってなると、勇み足になるのかもしれないけど…」


 そら君は、チラッと私の顔を見た。その眼差しが、とても柔らかく優しいものに思えた。


「……」


 上手く言葉が出て来ない。苦し紛れに思いを絞り出してみる。


「もしそら君がね、次も、また次も、この先ずっとこんな風にって思うんだったら……」


 私が先に言い出したものだから、そら君は焦りと困惑の表情を浮かべ、苦笑いした。

 そしてここから先は、私もどう言葉を発していいのか分からず、長い沈黙の時をもたらしてしまった。


「何だよ。言ってくれよ」


 そりゃあ、そら君だって落ち着いていられない。だから、早く言ってしまいたいのに、言葉を選ぼうと必死になる自分が、ただ遠い目をしてここに居る。

 でも、言わなきゃ。


「私ね、ごめんなさい。今は…今はね、何よりも大切にしたいものがあって…」

「その大切なもののために、俺が協力する事は出来ないのかな?」


 言えない。正直なところ、私自身の本音が分からない。

 ただひとつ、分かっている事…。


「出来ないの。大切なのは、ある人の笑顔。私はその笑顔が見たい。いつも笑っていてくれたら安心なのに、時々不安げに、不機嫌になってしまう事があって、だから私がいつも笑顔にしてあげられたら…って思うの」

「好きなんだ…」

「恋とか、そんなんじゃないのよ。でも、その人から笑顔がなくなった時、私は他の誰かの事を考えられない。だから…」


 いつしか空は暗く落ちて、ビルの間に微かに輝く星が見えている。

 2人は空を仰いで、しばらく黙り込んだ。


「なあ、田上…」

「うん…」

「俺は田上の全部の事を受け入れる事は出来ないかもしれないけど、受け止める事は出来ると思うし、その努力は惜しむつもりはない。だからあえて言うけど……俺と…付き合うなんて事は出来ないか?」

「私がそら君の事を考えてるのって、1週間のうちの8時間程しかないの。それ以外の時間は、他に考える事が多過ぎて、その中にはきっと、そら君を傷付けてしまうような事もあるかもしれなくて…」

「だからさ、それも全部受け止められるように…」


 ―ごめんなさい。やっぱり駄目なの。


「私、そら君が嫌なんじゃなくて、さっき言ったその人の笑顔が大切過ぎて…だから…そら君を、嫌いじゃなくて、どっちかって言うと好きなそら君を…傷付けて傷付けて、毎日傷付けてしまうから…」


 そら君は両手で拳を握り、北の空に浮かぶ5つの星を仰ぐかのように上を向いた。

 私からは到底見えない高さにあるその目。きっとそこに、あのM形の星座が映っているに違いない。


「だから、もう…」


 言ったら、それで終わる。だけど、大切な選択をしなければいけない。だから…。


「出来る事なら言わないで欲しい」


 その気持ちは私も同じなの。だけど、これ以上傷付かないで欲しいから、


「もう…、そら君とは会えない」

アクセスありがとうございます。

次回「星空に願いを[22]

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