山に魅せられて[8]
週明け。
また職場に戻ります。
どんな展開になるのでしょう?
靴、良し!
リュック、良し!
レインウェア兼ウインドブレーカー、良し
ウェア、良し!
自宅に帰った私。
まだ下ろしていない靴を部屋で履き、揃えたウェアを着てリュックを背負ってみる。
カーテンを開けると、自分の姿がガラスに映る。
「一端の山ガールじゃん」
誰も居ない部屋。
誰に聞かせるわけでもなく呟き、ニヤニヤする。
当然誰も見ていない。
それって、1人だから成せる事。
買ってきたウェア類は、クローゼットに収納もせず、ベッドから見やすい位置にハンガーで吊るしておく。その下に、まだ汚れる事を知らない靴を綺麗に並べて置く。
そしてまた眺めては、ニヤニヤする。
「これ着て山に登るんだ。みんなどう思うかな? 似合うって言ってもらえたら嬉しいな」
そんなひとり言を、また繰り返す。
そんな週末が終わった。
「谷山先輩! 昨日『ベルグ』に行って、ウェア買ったんです」
月曜日。
いつもと違う満面の笑みに、職場の皆さんも些か驚きを隠せない様子。
そりゃそうだわ。自分から話す事なんてなかった私が、笑いながらこんなに声を張り上げてるんだもの。
きっと、こんなテンション高い私なんて、この職場で見せた事なんかなかったはず。
「そうなの! 買ったんだ。どんなのかなぁ…。楽しみね! 天気良かったらいいね」
こんな私に、谷山先輩も嬉しそうな笑顔で応えてくれる。
その瞬間がとても嬉しい。
天気が良かったら…。
それは即ち、レインウェアを着る必要がない事を意味する。
だからこそ地味でいいと思ったのだけど、結局好きな色をチョイスしたのだから、着てみたい気持ちも少なからずある訳で。
「あら、そうなの? でもね、そこは考え方よ。だって普通、雨に降られたら気持ちも凹むでしょ? そんな時にレインウェアが好みの色だったら、気分は晴れるじゃない?」
確かにそうだ。
さすが谷山先輩。気持ちの切り替え方までが素敵。
「あとほら、レインウェアってウインドブレーカーの役目も出来るからね」
そうなんだ。
そうなのよ。そもそも私、ウインドブレーカー買うつもりでいたのだけど、朝比奈さんがレインウェアを兼用すればいいって言ってくれたのだから。
同じ山岳会に居る2人だから、同じ事をアドバイスしてくれるのね。迷う事もなくてありがたいわ。
「さ! 仕事しよっ」
村崎マネージャーのひと声で、職場の雰囲気は変わる。
一気に仕事モードだ。
私はまだ、デザインに関しては勉強中の身。パソコンの画面と睨めっこ。そして、村崎マネージャーが先生として寄り添う。
こんな時の先輩達の表情は真剣そのもので、まだその中に参加出来ないレベルである私は恐縮しっぱなし。
「田上さん、どんな色のウェア買ったの?」
―え!? 村崎マネージャー…え?
不意の質問に、戸惑ってしまう。
まさか真剣モードの時に、しかもマネージャーからこんな言葉が出るとは思ってもみなかった。
兎に角応えなきゃ。色ね、色…。
「あ、私…よく分からないけど好きな色で…」
「うん。何色?」
白ベースに赤いボーダーの速乾性素材のTシャツ、ライトベージュのハーフパンツにチャコールグレーベースのトレッキングタイツ、そして濃淡ピンクの切り返しのレインウェア…。
「間違いない色合いだわね。帽子は? 帽子も買ったの?」
「あ、は、はい、いいえ…、買ったんじゃなくて、ベージュのバケットハット…」
「いつもよく被ってるあれね? 良いんじゃない?」
「ありがとうございます」
そういう事ね。
つまり、色の相性を私がどう見てるかを質問された訳だ。
不意打ちだけど、アパレル業界ではとても重要視される案件。
何で仕事中に別の事を訊かれるのかなって思ったけど、こんな質問の仕方なら、私も答えやすいわ。めちゃくちゃ緊張したけど。
幸いダメ出しは喰らわなかった。おかしなバランスじゃなかったっていう事ね。
村崎マネージャーは、私の肩を軽く叩いてグーサインをして見せた。
そんな感じで、職場の1日は過ぎていく。
そしていよいよ…。
次の週末は、初ハイキングだ!!
正直、私も色の相性なんて勘に頼るだけ。
服飾学校などでは、チャートを見て学んだりするそうです。
あと、一人ひとり相性の良い色合いなんかもあって、好きじゃない色が実はとても似合う…なんて事もあるようですよ。
アクセスありがとうございます。
次回、「山に魅せられて[9]
更新は、X または Instagram にて告知致します。