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星空に願いを[10]

 週末、浜大津駅、改札を抜けた歩道橋で、往来する電車を眺めるそら君。


「オッス!」

「お、おっす…」


 学生に戻ったかのような挨拶を交わすと、私達は歩き出した。湖岸のプロムナードを、近江大橋へ向けてゆっくりと。


 (そび)えるような高い身長。スリムで軽快ながらも鍛え抜かれた体。

 厚底サンダルを履いても届かない目線を、彼は俯くように私に向けて話す。その仕草に、優しさを感じてしまう。


「高校生の頃ってさ、男ってみんなイキリたいじゃん。でも俺はそういうの好きじゃなかったなぁ」


 たぶん、心の距離を縮めるなら、高校生の頃の話がいいんだろう。共通かもしれない話題は、きっといくつも在るんだと思う。


 陸上部を辞めて以来、私はクラスのみんなとも少し距離を置いてきた。ましてや卒業後なんて、みんなどこで何やってるのかも知らない。


「今ね、私。え〜っと、山岳会に入って、ハイキング行ったりしてるの」

「そうなんだ。いいね、自然の中でさ、美味い空気吸って…」

「うん。その山岳会の中に、朝比奈さんって子がいて…」


 え? 何の話してんの?


「凄く元気で可愛くて…」


 それってそら君に話す事なの?


「明るくて」

「いや待ってくれよ。その朝比奈さんって子は知らないけど、田上は山に登ってんだ?」


 あ! 


「そ、そうなの。足の動きが良くないから、高い山には行けないけど」

「足、まだ良くないのか」

「うん。後遺症なんだけど。私、陸上部に戻りたくないからって、リハビリをちゃんとやらなかったから…駄目なの」

「それでこの間、整形外科にいたのかぁ」

「そういう事よ。あの前の土曜日にね、朝比奈さんに誘われて武奈ヶ岳に登ったんだけど…」

「朝比奈さん…か」


 そら君の呟きで、また余計な事を言ってると気付く。

 思えば、事あるごとに歩果の名前を声に出している。


「その子は友達? 単なるハイキング仲間?」


 こう訊かれて言葉に詰まった。

 友達でありたい。だけど、歩果はそう思ってくれているんだろうか。


「山岳会の…メンバー…かな」


 ふうん…と言って、そら君は目線を水辺へと逸らした。

 釣りを楽しむ人、はしゃぐ子供達。

 湖には、楽しいが溢れている。だから私達は、この場所を選んだ。

 そのはずなのに、どうして? このままでは、会話さえも失ってしまいそう。


「そら君って…何で宇宙って書いて“そら”なの?」


 苦しい。本当に苦し紛れの言葉だ。

 段々としらけてきたこの場を繕うために、「私はそら君に興味があります」とでもアピールするかのように、脳の奥から絞り出して声にした言葉だ。


「そうだね。よくは知らないけど…、宇宙みたいなでっかい人になれ。でも宇宙って言えば未知数すぎるから“そら”って読んだ…みたいに、俺は解釈してるよ」

「本当に大きくなったね」

「体じゃなくて心だよっ! ははは…」


 ―心だって、充分すぎるぐらい大きいじゃない。


「田上は? 麻衣…」


 私の名前の由来は知っている。お母さんから何度も聞かされた。それは嫌なものではなく、今の私の理想像。


「麻は自然、衣は衣服。自然体で人を包み込める優しさを持つ人…。何か、名前負けしてる別物に育っちゃったけど」

「名前に衣服の意味があって、仕事は服飾かぁ。自然は山だな。最高じゃん!」


 繋いだ。何とか繋がったわ!


「そんな名前付けといて、「陸上やれ」なんて言ってたのよ、私の親は」

「そう言うなって。でもさ、言ってたよね。スポーツやりたいんじゃないって」


 そこもそら君は知っているんだ。クラスでもさほど話さなかった人なのに。

 そんな事を知る由もなく、私はそら君を興味の対象外に持って行ってしまってたんだ。


「作ってたんだよね? 久松に着せようと思って。ほら、可愛いTシャツ持ってたじゃん」


 ―え?


 もっとドキッとした。鼓動は激しくなった。


「今は仕事なんだよね? 朝比奈さんだっけ? その人が着るイメージかな?」


 確かにそら君ではない。TmCはレディースファッションのブランドだから。

 だけど、全てが図星。新しい作品が出来上がる時、私の中にはいつも、歩果が身に纏っているイメージが張り付いて離れないでいる。


「田上って…女の子が好きなんだね」

そら君…

文中の情報からどんな容姿をイメージされますか?

麻衣の心は、ここからどう動くのでしょう。

目を離さないでくださいね。


アクセスありがとうございます。

次回「星空に願いを[11]」

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