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星空に願いを[8]

     *


 麻衣ちゃんは、何も知らない。だからあたしは、本気で怒ってはいけないんだ。

 あの楽しかったはずの1日を、あたしは全部潰してしまいそうになった。


 でも、麻衣ちゃんもユウさんも、あたしのこんな態度を受け止めてくれた。

 逆にあたしは救われたんだ。


 今回あたしが反省しなきゃいけない点は、それだ。麻衣ちゃんは、ちょっと悪ふざけしてしまっただけ。



「いらっしゃいませ〜」

「こんにちは〜」



 あの日、先に下山してひとり泣いた。

 ユウさんと麻衣ちゃんが下山してくるまでの間、どれぐらいの時間か分からないけど、あたしは号泣してしまった。

 麻衣ちゃんの悪ふざけは、確かに他の人達の反応を想像すれば、良くない事。これについてはユウさんが叱ってくださったって聞いている。

 だから、もうこれには触れたくない。


「朝比奈…さん…」

「はいっ!」


 あたしの、あたしを奔放な人とイメージ付ける、いつもの空元気いっぱいの返事に、麻衣ちゃんは逆に畏まってしまった。


「いえ、あ、あの…、この間は、急に不機嫌になって…、嫌な思いしましたよね? ごめんなさい」

「え? あ、いえいえ、あれは私の悪ふざけが過ぎたので…」


 本当は、ただふざけてるだけなら感情的になんかならないのよ。


「じゃあ、もうこれでこの話はおしまいね。また楽しくやっていきましょ」



 ユウさんのこの言葉で、本当におしまいにしたかった。


 だけど山に登るのなら、そこが野生動物の生息域である事は避けられない事実。そしてその事実は、いつもあたしの心の片隅に居て悪戯にしゃしゃり出てくる。

 形の上ではおしまいでも、あたしの中では終わる事のない(わだかま)りのような事実。


 熊だって、猿だって、鹿だって、リスだって、虫たちや草木だって、みんなそれぞれに棲家を持っていて、ハイカーはその中に遠慮なく踏み込んで行く。


 一体何のため?

「そこに山があるから」とは、イギリスの登山家ジョージ・マロリー氏が残した言葉で、名言として伝えられていて、その後の登山家達の間で知らない人は居ない程。


 だけど、あたしみたいな捻くれ者は、これに賛同出来ない。


 山はどこにだってあるもの。山があるから登るのなら、人は全ての大地を我が物とし、動植物達の生息域に踏み込んでいる事をも正当化し、木々や草花を傷付け、動物達を怯えさせ、それで「可愛いリスが居たよ」なんて嬉しそうに語る。


 そして、あたしの大切な人も同様に…。



「朝比奈さん?」

「は、はいっ!」


 何よあたし。お客様が来られてるというのにボーっとして。


「す、すみません。え、え、えーっと…」


 麻衣ちゃんは、クスッと笑った。

 あたしを、先日までの自分のようだと言った。


 そんな風に言われたあたしは、確かにそうなのかもしれない。様々な事柄が脳裏を行き来し、名前を呼ばれて慌てるその様。

 まるで、初めて山の話を聞く麻衣ちゃんそのものだわ。


「何かお悩み?」


 ユウさんは悪戯っぽい口調であたしに訊く。

 そしてすぐに麻衣ちゃんの顔を見て、


「お悩みは麻衣よね」


 と言って笑った。


「麻衣…田上さん、え? お悩みなんですか?」

「山の事じゃないんだけど…」


 ユウさんと麻衣ちゃんは、顔を見合わせるとプププッと笑った。


「何ぃ? 何の事か教えてくださいよぉ」

「言っていい? 麻衣…」


 許可を取るなんて、ユウさんも気遣うぐらいの……?


「男よ、オ・ト・コ」

「いやあんっははは…」

「この間ね、足が痛いからって、仕事休んで病院行ったんだって。そしたらサブマネが怒って、仕事の納期を無茶振りしたの。で、誘われてたバーベキューに行けなくなってぇ」


 何? 何がそんなに楽しいの?


「お2人、そのサブマネさんに引き裂かれたって事? それでそんなに笑うんですか?」

「いえいえ、そもそも私にオトコなんて、おかしくない?」


 駄目だこの2人。テンションが異常だわ。まともに話したら、あたしまでおかしくなってしまいそう。

 いいえ、いっその事おかしくなっちゃったらどうかしら。


「朝比奈さん、どうしたの?」


 ちょっと引きながら少しだけ席を外そうと思ったあたしに、ユウさんは素早く気付いて声をかけた。

 ここには気付いて欲しくなかった。でも、いつも周りを気遣うユウさんだから、気付くだろうとは思っていた。


 あたしは、その言葉に応えを予め用意していた。


「ちょっと目が乾くので…あたし、ドライアイなの。目薬さしてきますね」


 1人スタッフルームへ入ると、また自然と涙が溢れてきた。


     *

アクセスありがとうございます。

次回「星空に願いを[8]」

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