星空に願いを[8]
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麻衣ちゃんは、何も知らない。だからあたしは、本気で怒ってはいけないんだ。
あの楽しかったはずの1日を、あたしは全部潰してしまいそうになった。
でも、麻衣ちゃんもユウさんも、あたしのこんな態度を受け止めてくれた。
逆にあたしは救われたんだ。
今回あたしが反省しなきゃいけない点は、それだ。麻衣ちゃんは、ちょっと悪ふざけしてしまっただけ。
「いらっしゃいませ〜」
「こんにちは〜」
あの日、先に下山してひとり泣いた。
ユウさんと麻衣ちゃんが下山してくるまでの間、どれぐらいの時間か分からないけど、あたしは号泣してしまった。
麻衣ちゃんの悪ふざけは、確かに他の人達の反応を想像すれば、良くない事。これについてはユウさんが叱ってくださったって聞いている。
だから、もうこれには触れたくない。
「朝比奈…さん…」
「はいっ!」
あたしの、あたしを奔放な人とイメージ付ける、いつもの空元気いっぱいの返事に、麻衣ちゃんは逆に畏まってしまった。
「いえ、あ、あの…、この間は、急に不機嫌になって…、嫌な思いしましたよね? ごめんなさい」
「え? あ、いえいえ、あれは私の悪ふざけが過ぎたので…」
本当は、ただふざけてるだけなら感情的になんかならないのよ。
「じゃあ、もうこれでこの話はおしまいね。また楽しくやっていきましょ」
ユウさんのこの言葉で、本当におしまいにしたかった。
だけど山に登るのなら、そこが野生動物の生息域である事は避けられない事実。そしてその事実は、いつもあたしの心の片隅に居て悪戯にしゃしゃり出てくる。
形の上ではおしまいでも、あたしの中では終わる事のない蟠りのような事実。
熊だって、猿だって、鹿だって、リスだって、虫たちや草木だって、みんなそれぞれに棲家を持っていて、ハイカーはその中に遠慮なく踏み込んで行く。
一体何のため?
「そこに山があるから」とは、イギリスの登山家ジョージ・マロリー氏が残した言葉で、名言として伝えられていて、その後の登山家達の間で知らない人は居ない程。
だけど、あたしみたいな捻くれ者は、これに賛同出来ない。
山はどこにだってあるもの。山があるから登るのなら、人は全ての大地を我が物とし、動植物達の生息域に踏み込んでいる事をも正当化し、木々や草花を傷付け、動物達を怯えさせ、それで「可愛いリスが居たよ」なんて嬉しそうに語る。
そして、あたしの大切な人も同様に…。
「朝比奈さん?」
「は、はいっ!」
何よあたし。お客様が来られてるというのにボーっとして。
「す、すみません。え、え、えーっと…」
麻衣ちゃんは、クスッと笑った。
あたしを、先日までの自分のようだと言った。
そんな風に言われたあたしは、確かにそうなのかもしれない。様々な事柄が脳裏を行き来し、名前を呼ばれて慌てるその様。
まるで、初めて山の話を聞く麻衣ちゃんそのものだわ。
「何かお悩み?」
ユウさんは悪戯っぽい口調であたしに訊く。
そしてすぐに麻衣ちゃんの顔を見て、
「お悩みは麻衣よね」
と言って笑った。
「麻衣…田上さん、え? お悩みなんですか?」
「山の事じゃないんだけど…」
ユウさんと麻衣ちゃんは、顔を見合わせるとプププッと笑った。
「何ぃ? 何の事か教えてくださいよぉ」
「言っていい? 麻衣…」
許可を取るなんて、ユウさんも気遣うぐらいの……?
「男よ、オ・ト・コ」
「いやあんっははは…」
「この間ね、足が痛いからって、仕事休んで病院行ったんだって。そしたらサブマネが怒って、仕事の納期を無茶振りしたの。で、誘われてたバーベキューに行けなくなってぇ」
何? 何がそんなに楽しいの?
「お2人、そのサブマネさんに引き裂かれたって事? それでそんなに笑うんですか?」
「いえいえ、そもそも私にオトコなんて、おかしくない?」
駄目だこの2人。テンションが異常だわ。まともに話したら、あたしまでおかしくなってしまいそう。
いいえ、いっその事おかしくなっちゃったらどうかしら。
「朝比奈さん、どうしたの?」
ちょっと引きながら少しだけ席を外そうと思ったあたしに、ユウさんは素早く気付いて声をかけた。
ここには気付いて欲しくなかった。でも、いつも周りを気遣うユウさんだから、気付くだろうとは思っていた。
あたしは、その言葉に応えを予め用意していた。
「ちょっと目が乾くので…あたし、ドライアイなの。目薬さしてきますね」
1人スタッフルームへ入ると、また自然と涙が溢れてきた。
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