星空に願いを[1]
第5話スタートです。
麻衣の心の葛藤。
激しく揺さぶられていきます。
「治るとも治らないとも…田上さんの頑張り次第ですね。普段の生活には差し支えないという事ですから、ゆっくり考えてみてください」
整形外科医・嶋村先生は、全て私の判断に委ねる素振りを見せた。
確かに仰る通りで、別に通勤でも痛みを感じる事はなかった。駅から職場までダッシュしたって、別段違和感があるわけでもなく。
兎に角、折角ハイキングに入門したのだから、万全な状態にしたい。
「いずれ富士山に登りたいんですけど…」
「無理だね。少なくとも今の状態ではね」
山に登る。そう言った途端、医師はバッサリ切り捨てた。
「ん? 何? 900mの標高差で根を上げちゃったんでしょ? 富士山って何mあるの?」
即答出来ない程に、私の知識は乏しい。
5合目からが登山になるのだから…、3776mを半分で割ったら…?
「吉田ルートが一番標高差が少なくて、それでも1470m程あるんですよ」
空っぽの引き出しを手当たり次第開けてみて、尚も答に至らない私の脳に、医師は直球を投げてきた。
「え? そんなもんなんですか?」
「そんなもんって何だよ。あなたが根を上げたより、570mも高いんだよ」
そう言われれば、確かにキツイ。
3776mに対しての1470mだから、意外とマシ? そんな風に私の脳は、勝手に自分の都合の良いように書き換えてる。
「登りたいんだったら、リハビリに通いなさい。まだあなたの状態なら、何とか登山に適応出来るまでは回復出来るかもしれないから」
―かもしれない?
それって、「無理」が基本形って事?
あぁ、絶望感が期待感を上回り、胸を締め付ける。
「あとは頑張り次第ですよ。富士山に登る事に、どれだけの情熱を持てるか…だね」
「はい…」
覇気のない返事をして、診察室を出た。
会計を済ませると、そのままリハビリの予約を入れた。
―もしリハビリで駄目だったら、登山なんて出来ないのかしら? でも、軽いハイキング程度なら行けるのかな?
手術。そんなものも考えてみたりして。
だけど、単なる趣味でしかない事に対してそんなにお金をかける値打ちって、果たして…?
もう私の両目は2m先ぐらいまでしか見えていない。凹んでしまって顔を上げられない。
―ああ……。
「ん? 田上? 田上…麻衣?」
病院を出た私に、どこからともなく名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
どこかで聞いた事のある、男子の声。
「そら…そら君?」
「やっぱり田上だ」
「ええっ!? そら君なんだ。どうしたの?」
「リハビリ通ってんだ、名誉の負傷…なんて、昔は言ったそうだけど。あはは、バスケで肉離れだってさ」
そら君…。西山宇宙。
高校時代、数多居る男子の中で、私の胸の奥で少しだけ輝いていたその人。
「まだバスケやってたんだ」
「あぁ。社会人になっても、それだけはね」
今も変わらず、バスケに熱中してるんだ。
背が高くて、スポーツ何でも来い。やっぱりこの人、輝いてる。たぶん私が知ってる男子の中で、一番…。
そんなそら君、友達とも上手くやっているようで。
「今度さ、琵琶湖でバーベキューやるんだ。ほら、仲良かっただろ? 笹川。彼女も来るよ」
「それって私を誘ってる?」
「ははは! 決まってんじゃん」
聳え立つような長身。キリッとしていながらも優しい目。滑舌の良い話し方もそう。全てが懐かしい。
私はそら君に恋をしたかった。
なのに恋する事ができなかった。
そんな、自分でも理解不能な感情を、私は笹川明日菜に向かって、「興味がない」と突っぱねてしまった。
そんな過去を悔やんでいる訳でもない。
ただ、そら君が好きである事は間違いない。それでも、恋とはまた別の話だ。
そら君に恋をしたい。なのに恋に至らない不思議な感情を、また私はコントロール出来ずに戸惑うばかり。
―バーベキューかぁ。
「ちょっと、仕事の関係で休めるかどうか分かんないんだけど…」
断る? それもありかな。
久しぶりにあのクラスのメンバーに会ったって、また陸上部辞めた事や怪我の事を言われるだけだろうし。
「じゃあさ、アドレス交換だけでもしとこう。都合付きそうだったらメッセージ送ってよ」
そう言ってそら君は、スマートフォンを振った。私も同調するかのようにスマートフォンを振った。
クラスメイト。
久松美咲…、どうなってるだろう。また痩せて綺麗になってるのかな?
私をアパレル業界へ導いたその容姿。
寧ろ彼女を思い出して、胸を熱くした。
そら君との再会。
実はちょっと好きだったかもしれない。
運命なのか、それとも?
麻衣とそら君、注目です。
アクセスありがとうございます。
次回「星空に願いを[2]」
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