友達と呼んだ夏[17]
この景色が名残惜しい。いつでも見れるものじゃない。
だけど、下山予定は16:00なのだから、そろそろ下って行かないといけない。
「同じルートを下って行くの?」
「当たり前じゃない。反対側に下りたら、私の車はどうなるのよぉっ」
「堅田から坊村行のバス出てんじゃん?」
「私達、電車で帰るから…」
―あはははははは!
そんな冗談で笑いながら、いよいよこの景色とお別れ。尾根伝いの開けたパノラマも、下りだとあっという間に過ぎて行く。
相変わらずキャッキャ騒ぎ、笑いながら歩き、気が付けば御殿山も過ぎて、坂はどんどん急勾配になっていく。
何となく…いいえ、違うと思う。思いたい。けど、違和感がある。
この左足首に。
「急な下りだから、出した方の足に全体重が乗ると思った方がいいわ。下りって決して楽じゃないから、小股で慎重にね」
ユウさんからのアドバイス。だからこそ小刻みな歩幅を意識したいのに、引力によって体が引っ張られるかの如く、勢い余ってつい足を出してしまう。
その違和感は、歩数が一歩一歩積み重ねられていく程に確信へと変わっていく。
足がジンジン痛む。疼痛が出始めている。
知らず知らずのうちに、かなりの負荷をかけているんだ。
だけど、2人に心配をかける訳にはいかない。このまま下りきらなきゃ。
そう思えば思う程に、痛む足首に意識が向いてしまう。
「あの、ユウさん」
「どした?」
「もうちょっとなんだけど、休憩入れていいですか?」
これ程の長い山行をしたのは初めてだからと、心配する2人に、私は切り返した。
あと少しだから、心配かけたくない。頑張れば何とかなる。
いいえ、それは間違っている。そんなの痩せ我慢じゃないの?
だけど私は、無理をして平静を装ってしまった。
歩果は姿勢を低くして、見上げるような仕草で、とても心配そうな目をして私を見た。その目に少しドキッとした。
こんな時も、歩果は可愛いんだ。
「歩果…」
何か言わなければ。そう思ったのに、何も言えない。痩せ我慢してるなんて、口が裂けても言えない。
そんな心境にある最中、私は思わず馬鹿なことを口走ってしまった。
「麻衣ちゃん…」
「歩果っ! 熊よっ!!」
無理矢理何か言おうとして、つい口にしてしまった言葉は、とんでもないものだった。
「嘘っ!?」
ユウさんと歩果は辺りを見渡し、それが悪いジョークである事に気付いた。
歩果の表情が豹変した。
「熊って何よ! 冗談にも程があるわっ!!」
この時は分からなかった。この冗談がそんなに酷いものだという事を。
その無知さは、さらに私自身の口を滑らせた。
「な、何よ! さっきは私の足元に枝を投げて、蛇だって笑ってたじゃない!!」
「それとこれとは訳が違うのよ!!」
ユウさんは、めちゃくちゃ焦ったと思う。
すぐに私達の間に割って入り、荒れる私達を止めた。
「あたし、先に下りてる! 麻衣ちゃん、せいぜい痛い足引き摺って下りてくればいいわ」
「歩果っ! やめなさい」
歩果はユウさんの制止を振り切って、1人去って行った。
辺りは静けさに包まれた。
本当に熊が出たらどうしよう。そんな不安が私を襲ってくる。
「足、痛むのね? 歩けそうなら、ゆっくり下ろう」
こんな馬鹿な私に、ユウさんは優しくそう声をかけた。大丈夫だなんて、尚も強がる私。その横に、憧れの先輩が寄り添った。
「熊っていうのはね、ハイカーが一番恐れるものよ。麻衣が冗談のつもりで言ったのは分かるけど、もし他のハイカーさん達が聞いて真に受けたら、それこそパニックよ。あれだけは言っちゃ駄目。ね」
勉強不足では済まされない、本当にいけない事を言ってしまったんだ。
私は項垂れて「はい」と呟いた。
これを書き認めている時、まさか全国的に熊による被害が拡大するとは、思いもよりませんでした。
こんな最中、敢えて文面を変えなかったのは、山行上でのタブーというものを知り、安全に登山・ハイキングを楽しんでいただきたいというメッセージを発信したかったからです。
決して無理をしない。
2025年秋、今は山行は控えるのがいいかもしれませんね。
亡くなられた方のご冥福をお祈りし、また、怪我された方にはお見舞い申し上げます。
アクセスありがとうございます。
次回「友達と呼んだ夏[18]」
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