友達と呼んだ夏[11]
*
何なのよ、あたし。
あんな所でテンション落としちゃって…。
そうね、登山届なんて初めて見たわ。だって、いつも尚哉が書いて提出してくれてるから。
でも本当は、これからは自分で書けるようにしなきゃいけない。
ユウさんや麻衣ちゃんと一緒に行動するんだったら、ちゃんと自分で書けなきゃ。曲がりなりにも登山用品店の店員なんだし。
それに、いつも書いてくれる人が必ず傍に居る訳じゃないから。
いつも尚哉が傍に居る訳じゃないから。
あたし、しっかりしなきゃ。
*
山崎さんのアドバイスを受けて、私の足にもゆとりを持たせた計画書が完成した。
届は登山口にあるポストに提出するも良しだけど、谷山さんは滋賀県警大津署に提出すると言った。
もしもの時の捜索は、まず警察という事になるのだから、その方がより安心よね。
あとは、計画書を。
山崎さんは、山岳会で持っておきたいと言ってコピーを取った。
これも山を知る人達が持っておけば、いざという時に役立つはず。
そして、作成には山崎さん自身も絡んでいるから。
当事者となる3人は、家族用にそれぞれコピーを取った。
谷山さんは一人暮らしなので、実家に送るそう。歩果ちゃんは、ご両親と暮らしているから持ち帰りね。
私はどうする?
持ち帰ったところで、親はきっと無関心だろう。
「それじゃあ、遅くまでありがとうございました。麻衣と歩果には、あとで待ち合わせとかをメッセージで送るわね」
そう言って私達は、この日は別れた。
歩果ちゃんはもう少しの時間、仕事に戻った。
いつものように、その日が近付くにつれて喜びと不安が同時に込み上げてくる。
私って、いつもそうだ。
きっと、不安になる事を避けたいから、走るのを拒んだのだと思う。
怪我のあとの学校への復帰も、みんなの反応が怖いから登校を拒んだ。
そして今回は、ハイキング。
ハイキングに行くのは、そんなに不安なの?
確かに足の心配はないでもない。だけど、私の足の曲がらない方向は横向き。歩行には何ら問題ないはず。
じゃあ、何が?
何が不安なの?
自問自答してみる。でも、不安要素なんて見つからない。ただ漠然と、自ら不安感を煽り立てているだけじゃないの。
もっと、もっと成長しなきゃ。谷山さんにも、歩果ちゃんにも、嫌われたくない。
「ほら、ここでいい?」
「ありがとうございます」
いつもの交差点。スーパーのある角を右折して、信号をひとつ過ぎた所で、谷山さんの車は停まった。
そこはもう、私の自宅のすぐ近く。
「また明日ね!」
「お疲れ様です」
車のテールランプを見送り、歩いて1分にも満たない距離を進み、ドアの前で深呼吸した。
「ただいま」
別に玄関まで出迎えて欲しいとは思わないけど、奥のリビングから素っ気なく「おかえり」という声が聞こえると、思わず溜め息が漏れてしまう。
帰りが遅くなった事についても、この人達は何も言及しない。
「今度の週末…」
「ん?」
父は私の顔を見ようともせず、相槌だけを打った。
話したくなる雰囲気なんて、微塵もない。
「ご飯、ないわよ」
「そう…、分かってる」
そんなものだ。
私はバッグの中からコンビニで買っておいたおにぎりを取り出し、頬張る。1日分の栄養は昼食で摂れているはずなのだから、これで充分。
「一応言っとくけど、私、週末にハイキングに行ってくる。職場の先輩と山岳会の人と3人で」
「そうか。気を付けろよ」
ノーリアクションじゃないけど、振り向く事もせずに父は言った。
「これ、登山計画書のコピー」
「見ても分からん」
「分からなくても持ってて。いざという時は大事なものになるそうだから」
ようやく父は振り向いた。そしてひと言言い放った。
「何かありそうな所なんか行くな」
無関心?
思い通りにいかなかった事への不満?
ご両親、もうちょっと話聞いてあげてもいいのに…
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次回「友達と呼んだ夏[12]」
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