友達と呼んだ夏[6]
何でそんな危険を冒してまで?
登頂失敗の報告を受けて、あたしは尚哉に詰め寄った。
「命を賭けるのなら、大切に思う誰かのためにしてよ!」
つい、そんな言葉が出てしまった。
このあたしのひと言は、尚哉に、山岳会メンバーにとって、どのように響いたのだろう。
*
「いらっしゃいませ〜」
歌でも歌うかのように、リズミカルな声が響く。目をやると、どっしりとした安定性を感じさせる服装の小柄な女子が、白い歯を見せて笑っている。
「何ですか? その例え…」
「いえ、あぁ…太っといパンツ履いてるなって」
「変ですか?」
「そう言う訳じゃないけど…」
まぁ、今時のファッションなんだわ。だけど朝比奈さん、あなたの肩幅なら、ボトムスを太くすると上半身の華奢な体型が目立つわよ。
でも、その白いTシャツに重ねたメッシュベスト、可愛いわ。
「凡そ登山する人の服装じゃないね。はっはっは!」
「だって、今日山に登る訳じゃないし」
「今日じゃなかったら、いつ?」
来た! 私が待っていた話題。
8月には、いつからか“山の日”なんていう祝日が出来ている。
朝比奈さんは、その山の日に山へ行こうって、私と谷山さんを誘ってくれた…はずだ。
「海の日!」
「「へ!?」」
何かおかしかったかな? そんな素振りで朝比奈さんはキョトンとしている。
「海の日に山に行ったって、おかしくなくね?」
「そうじゃなくてぇ、8月11日って言いましたよねぇ?」
「あ、れ? あ!」
「とある新聞社が主催した立山大集会という名の山岳イベント閉会日、同会に出席した人からの提案が発端で制定に至った国民の祝日。それが、山の日。海の日は7月だよ」
こんなちょっとしたボケで和ませてしまう。
そんな朝比奈さんが、私の手に触れられている月刊誌を見て、顔を顰めた。
「あたし、剱岳なんて大っ嫌い」
「歩果ちゃんは、簡単に登れない山は嫌いなんだよな?」
あれ? 何だこの空気。
この本を見てはいけない空気になってる?
ふと朝比奈さんの目を見た。
信じられない。山崎さんを睨みつけている。何か剱岳に関して面倒な事でもあったのだろうか。
「ごめん。失言だね」
何故か瞳が濡れている。
―いやいやいや、へんな詮索はやめよう。
私は本をテーブルに置いた。そして場を取り繕うため、話題を変えてみた。
「今日、なんか地下鉄混んでたんだけど…国際会館で何かあるんですか?」
「いやぁ、特に何も…。まあ、あそこは国際会館なんて言うけど、国際会議とかばっかりじゃなくて一般企業のイベントにも使われたりするしね」
「そういえば田上さんって、谷山さんと一緒に働いてるんでしょ? アパレル企業で」
よし! 成功だっ。
「ええ。大して役に立ってないけど…エヘヘ」
「またぁ、そんな事言ってぇ」
謙遜と捉えられるのは、ちょっと嬉しいかも。
ようやく失敗なく作れるようになってきた型紙に、谷山さんや磐田さん、何なら宮地さんまでが褒め言葉をくれた。
だから、出来る人アピールもしてみたいもの。
「歩果ちゃん。そんな事言ったら、田上さんは出来る人になっちゃうわよ」
え? え? 何?
「やだ谷山さんっ!」
「あはっ! いらっしゃいませ〜」
私の“出来る人”なイメージは、この人のひと言で覆されちゃった。
そして、言い返せない自分…。
―あはははははは!
アクセスありがとうございます。
次回「友達と呼んだ夏[7]」
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