友達と呼んだ夏[4]
歩果の脳裏で交差する様々な思考。
佳代ちゃんという人物。
そして、新しい山岳会メンバー・麻衣。
*
佳代ちゃんとの連絡は途絶えた。
「私、結婚するから。歩果は私を『お姉ちゃん』と思っていてくれていいけど、私の生活は変わるし、今までみたいに構ってあげる事は難しいかも」
そうあたしに伝えると、佳代ちゃんは、あたしの目の前から姿を消した。
「俊輔さん」
佳代ちゃんの結婚相手の名前。そう言ったと思う。
「じゃあ、その人と同じ名字になるんだ」
刹那、佳代ちゃんはあたしの中の、お姉ちゃんである佳代ちゃんではなくなった。それが悲しいとかじゃなくて、何故か「悔しい」と感じてしまった。
いつまでもお姉ちゃんでいて欲しかったのに、そうはいかなくなった。当然の事で、人は変わってゆく。
子供から大人に成長したり、学生から社会人になったり、そうしていく事で、自分を取り巻く一角から社会全体に適応できる人になってゆく。
だから、いつかあたしの前から居なくなってしまうのは分かっていた。でもその時が来ると、あたしの大切なお姉ちゃんを奪い取られるような悔しさが、胸に脳裏に溢れ出してしまった。
「佳代ちゃん…」
スマホを取り出し、アドレス帳を開くと、「佳代ちゃん」と記していた宛名は、結婚後のフルネームへと変更した。
これで「お姉ちゃん」から知人へと変わった。あたしはそう割り切る事にした。
「岡崎さんとはそういう間柄だったんだ」
登山用品店ベルグで会った時、尚哉はとても驚いていた。
無理もない。あたしだって、まさか佳代ちゃんがここで働いているなんて夢にも思わなかったし。
佳代ちゃんだって、あたしが登山用品店に顔を出すなんて夢にも思わなかっただろう。
三人三様の驚き方があって、あたし達は笑い合う事が出来た。
「構ってあげる事は難しいかも」
そんな事は百も承知だ。主婦をやりながら働いていく事は、容易い事じゃない。あたしには経験はないけど、そんな事ぐらい分かる。
それなのに、それなのにあたしは、気の迷いから佳代ちゃんに多大な迷惑をかけたんだ。
やがて佳代ちゃんは、以前言ったように本当に結婚し、それを期にベルグを退職して別の会社に就職する事になる。主婦である事を優先しながら、しかも自分の夢に向けて前進出来る仕事に。
「私に悪い事したって思うんなら、バイトでもいいからここで働いて、私がやってた仕事を引き継いでちょうだい」
山崎店長は少し困惑したけど、人手不足の折、「歓迎するよ」と笑った。
そして今、あたしは、登山用品店ベルグの店員として新たな顧客を招き入れる事に成功した。
田上麻衣。
その新しい顧客の名前。
店に入って来たその人の表情は、どこか怖ばり、自信なさげだった。
ただ、登山に興味がある事だけは分かる。だから、山は高くても敷居は低く、そう感じてもらえるような接客を試みた。
案の定、田上さんは乗って来た。
「富士山に登りたい」というのは、山に興味があれば真っ先に思い浮かぶ夢だと思う。
夢は夢として持ち続けて欲しい。そしてこれは、叶った後にさらに上へと目を向ける事が出来るもの。経験を積み、スキルを上げて行けば、きっとさらに上を見る事が出来るはず。
山に賭ける夢ってのは、そんなもんだと思う。
この人、田上さんに、興味が湧いてきた。
山を知り、山に登る事を経験し、登山に魅せられたならば、その先どこまで進んでいくだろう。
折角入門したのなら、どんどん突き進んで欲しいと思う。だけど…。
―命を賭けてまで挑んで良いものなんて、存在しないんだよ。
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次回「友達と呼んだ夏[5]」
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