友達と呼んだ夏[3]
宮地さんは、ただ無口なままでパソコンを睨んでいる。
先日見せてもらったトップスの画像は、あくまでもプランのひとつ。
「奇抜とお洒落は隣り合わせよ」
そんな、村崎さんの言葉。
宮地さんは、今まさにそれを具現化するかのように、デザインに打ち込んでいる。
まずはそれが完成すれば、私が各パーツの型紙を作る。
―うわっ! 凄くプレッシャーかかってきた。
ショーで注目されるのは、デザイン、生地、色、縫製だろう。
逆に考えれば、型紙は何度でもやり直しが効く。
「春を意識してサラッとした素材。襟はバンドカラー、シルエットは細身でも、スリーブはボリュームでいこうと思う」
「シアートップとの組み合わせなんかどう?」
「それも考えてみるわ。キャミと合わせたデザインにしてみるのも良いかも」
「じゃあ、2つの案で進めていきましょう」
「色はボトムス部と相談するから、ミーティングしなきゃね。段取りするわ」
急に高まり出した、ショー出展へのムード。みんなが各自意見を出していく中、私は声も出ない。まだ不慣れな雰囲気の中で、ただただ圧倒されるばかり。
「あんたは私の要求通りの型紙を作ればいいの。意見なんで、デザインが完成してから出してくれたらいいわ」
少しぶっきらぼうに言う宮地さんだけど、この言葉で、私の心を締め付ける激しいプレッシャーは和らいだ。
「はいっ!」
デザイン待ち。待つ事で、緊張感は増大してしまう。
いつものように、有無を言わさずに図面を渡されたら、何も考える事もなく行動に移れるのだけど。
でも、今の宮地さんは優しい。
どうしてか分からないけど、ひと言ひと言に棘を感じる普段とは、明らかに違う。
やれる。きっとやれる。いいえ、やらなきゃいけないんだ。
宮地さんの夢は、テラカジの夢でもあるから。
「いらっしゃいませ〜」
聞こえてくるスタッフの声は、山崎店長だ。
自然を愛する人の声は、いつも優しげ。この店の重いドアを開けた時、ホッとする瞬間がある。それがここに通う理由のひとつでもある。
「あの、朝比奈さん…」
「あぁ、呼びますね」
「忙しそうならいいですよ。しばらくここに居ますから」
常連客。そんな“称号”を手に入れた私は、もう臆する事なく5桁の値札の付くチェアに腰掛ける。
ディスプレイ用に数社の同タイプのチェアが置かれているけど、その中にお気に入りがひとつ。
素材はアルミフレームにポリエステル生地だけど、包み込んでくれるような形状は、体感的には冷たくても、どこか温かみを感じる印象。
おいそれと購入出来る価格じゃないけど、ここに来ると、私はいつもそれを利用している。
ランタンの絵が散りばめられたテーブルには、登山やキャンプ関連の月刊誌や山岳会の会報が置かれていて、その一冊を手に取ると、チェアに包み込まれるように深く座り込み、ゆっくりページを開く。
「剱岳?」
日本有数の高難易度を誇る山。
山岳会の説明を受ける時に聞いた名称だ。
誌面には、その魅力がいくつも、写真付きで綴られている。
魅力? これ、魅力なんだろうか?
ドローンで撮影されたと思しき写真の数々。それを見れば見る程に、その険しさが伝わってくる。
岩肌にへばり付く登山家達。一歩踏み外せば、滑落必至。しかも、5mとかそんなレベルじゃない。死と隣りあわせ。命がけじゃん!
そんな恐怖が、目から入っては全神経を刺激し、胸を激しく打ちながら脳へ。そして私の思考は妨げられていく。
なのに、ここに写る登山家達は皆、本当に素敵な笑顔だ。
何で? 恐怖のあまり、ハイになっちゃったの?
「田上さ〜ん、いらっしゃいませ〜」
アクセスありがとうございます。
次回「友達と呼んだ夏[4]」
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