恋をしてみたかったあの頃[14]
学校に着いた頃には、8:40を回っていた。1時間目の授業は既に始まっている。
父と私は、教室へは向かわず、まずは職員室に入った。
授業中なのだから、職員室に居る先生は少なかった。
担任の水沢慎也先生や、陸上部顧問の戸田先生は、それぞれの受け持つ授業に出払っている。
私は授業に入る前に、校長先生、養護教諭である山副秋穂先生と面談をした。もちろん1人ではなく、父も付き添っていた。
全てを正直に話すのは、かなりの勇気が必要だった。
その内容。校長先生の受け取り方次第では、戸田先生も不登校の原因になり得る。
それはつまり…、
「本当は陸上なんてやりたくなかったんです。だけど、みんなより速く走れたのは事実で、だから期待されたんだと思うけど…」
陸上部期待の星のように言われた私が、陸上部を辞めた。そこには、期待しすぎたあまり、冷たい目線を送る他の部員や一般の生徒達。
怪我をしたのは、陸上を辞めるのには好都合だった。
だけど、それさえ冷ややかに受け取る周りの人達が怖かった。
怪我は、学校を休むのには好都合だったのだ。だけど、休めば休む程に周りからの目線が怖くなる。実際にその冷ややかさを感じた訳でもないのに、心の中で勝手に思い込んでしまった周囲の反応。そんな架空のものに耐えられなくて、登校前になると体が震え出した。
「戸田先生は悪くないんです。戸田先生は、私の持つ能力に期待してくださっただけ」
そう言ったのに、校長先生は謝罪の言葉を声にした。でもそれは、素直に受け取っておこうと思った。
「私、本当にやりたかったのは…」
そう言って、あの子に着せたい想いで作ったTシャツを鞄から出して見せた。
「ほぉ〜!」
「へぇ〜!」
2人の先生は、これを見てとても感心してくれた。一方、父は、
「麻衣、お前…」
ただそれだけ言うと、絶句した。
お兄ちゃんはスポーツ好きで、しかも野球が大好きなので、希望通りの道を歩んだ。結果云々は別にして、それは素晴らしい事だと思う。
私はというと、確かに人より速く走れた。だけど、走る事は出来てもボールを扱うようなスポーツには向いていない。
それは自覚していたし、きっと両親だって感じていたと思う。
だから陸上を。
短絡的な考え方だけど、そうなってしまった。それは、父が勧めた事…いや、決めてしまった事だった。
でも、それ以上にいけないのは、ちゃんと意思表示しなかった自分自身だ。
父の熱心な想いに水を差さないよう、私が言う事を聞いて頑張ればいい。それが自分を犠牲にしてまですべき事なのかは考えもせず、ただその場を取り繕っていた自分自身が、一番いけないんだ。
「お父さん。そういう事なの。私は球技もろくに出来ない不器用な人だけど、本当にやりたい事は、苦労してでもやり遂げたい。難しい技術だって、習得したい。でもそれは、お父さんやお兄ちゃんが期待したような“スポーツ”とは違うのよ」
「田上さん…凄いわ。上手だわ」
山副先生は、私が作ったTシャツを広げ、前、後、さらには裏返して縫い目を見たりしながら、その仕上がりを称賛してくれた。
「この学校にもだけど、凄く綺麗だったり可愛かったりするのに、華やかな服を着れない人って居るんです。私は、そんな人が手軽に輝けるような服を作っていきたいんです」
この学校にも。
そう、居るの。
1時間目の授業が終わり、私のクラスは臨時のホームルームとなった。
私は担任の水沢先生に率いられ、教室へ向かった。
廊下では、やっぱりみんなの目線が気になって仕方なかったが…。
「おはよう!」
「田上! おはよっ!」
クラスのみんなは、いつもの朝の挨拶のように声をかけてくれた。
「久しぶり」とか、「よく頑張ったね」とか、そんな言葉はなく、ただいつものように「おはよう」を言ってくれた。
とても気が楽になった。
一際高い身長の、綺麗め顔の男子、そら君。
「田上、おはよう!」
そして、想いを込めて作ったTシャツを着せたいその人、久松美咲。
「麻衣、おはよっ」
淑やかな声で、いつものように挨拶を交わす、憧れの女子。
夏休みが終わり、さらに1ヶ月の月日が流れ、美咲は…、
「夏休みに爆食して太っちゃった」
まさかの、Tシャツの着れないポッチャリ体型に変貌していた。
―な、何でぇ???
いよいよ教室へ。
どんな時でも、いつもと同じ挨拶が心を救ってくれるのですね。
で、かのTシャツを着て欲しい人は…?
まさかの正夢!
でも、「あるある」なのかも。
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